17 夜釣りで
「一緒に育ったというのに、私は全く感じないんです。ただ、兄は何か見えてたり感じたりしてしまうようです。」
そう教えてくれたのは、だいずさんという物腰柔らかな女性。
霊感が全くないというだいずさんとは対照的に、お兄さんは何者かの気配を感じ取れるそうで、
家の階段を上がった先に足だけの幽霊が見えたり、心霊スポットに行けば写真に妙なものが写ってしまうことがあったのだとか。
そんなお兄さんの体験談をお聞かせ願えました。
「兄は小学生の頃から釣りをしていて、16歳から25歳くらいまで独身の間は本格的にはまっていました。月に2、3度は川や海、沼など色んな場所に釣りに出かける程です。海釣り用、川釣り用の釣竿、ルアーも沢山持っていました。」
妹であるだいずさんから見て、お兄さんの釣り好きは相当なものだったようです。
類は友を呼ぶと言いますが、同じく釣り好きの友人とよく釣りに出かけていたのだとか。
お兄さんが20代前半頃、その友人と2人で夜釣りに出かけた時のお話です。
行先は小さな灯台がある地元の漁港。
お互いに少し距離をとって、夜の海に潜む魚を狙います。
気心の知れた友人といるのもありますが、臆病なお魚が相手ですので、一言も発せずじっと水面を睨んでいました。
釣り下げた糸についたウキが静かな波の動きに合わせて揺れています。
「釣れますかー?」
突然、少し高めの若い女性の声が話しかけてきました。
何の感情もこもっていない、静かな調子で。
お兄さんは思わず周りを見渡しましたが、友人以外に誰もいません。
こんな夜遅く、田舎の漁港に女性がいるはずがない。
怖くなって友人の側に行き、気持ちを落ち着けてまた持ち場に戻ると、そこは先ほどよりも増した気味の悪さを感じたそうです。
このまま1匹も釣らずに帰るのはもったいない気がして、その異様な空気の中、平常を装って釣りに集中します。
しかし、それは許されませんでした。
「ねー、ねー。」
「あー、あー…。」
先ほどと同じ高い女の声が感情をこめず静かに、ずっと話しかけてくるのです。
耐えきれなくなった彼は、渋る友人を引っ張るようにしてその場から逃げ帰ったのでした。
一緒にいた友人はというと、彼の側で釣りをしていたにも関わらず、不気味な女の声は聞こえなかったそうです。
「兄はその夜釣りに行く前から、その漁港には何かが出るという噂を聞いていたらしいです。」
釣りが好きな気持ちが噂よりも
まさか自分が恐ろしい体験をするなんて誰も思いませんから。
作者はこの話を、幽霊に話しかけられた体験として聞くことが出来ませんでした。
どうも、この声の主が人間ではないように思われるのです。
だいずさんも仰いました。
その漁港には何かが出る。
女、でも、幽霊でもなく。
何かが出る、という不確かな存在を匂わす噂。
では、それは何だというのか。
それは、
自分の存在に気づける人間を見つけるための判断材料として、ただ、人の声真似をしていた、海に潜む妖。
だから、女性の声に感情がこもっていなかった、声に驚いて離れるなどの反応をしたお兄さんに激しく存在をアピールするようになったのではないかと思うのです。
そうだとしたら、男性が興味を持つと思われる女性の声で、釣り人が興味を引くであろう「釣れますか?」なんて言葉を言って自分の存在に気づかせようとしたのがなんとも計算高く、気味悪く感ぜられます。
もし、お兄さんがその場に居続けて、声に耐え切れず心が折れてその存在がつけ入る隙を与えてしまったとしたら、どうなっていたでしょうか。
「そのまま海に引きずり込まれたり、道連れにされなくてよかったです。」
お兄さんの体験を話された後、だいずさんはそう仰いました。
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