8 鞄を引っ張るくらいなら


妹が成人式の前撮りをするので

家族全員揃って外食しようかと

母からメールが届きました。


一人暮らし、

食費を抑えてなんとかやりくりしている

私にとっては嬉しい誘い。

二つ返事で食べ放題のチェーン店に

向かったのです。



通された席で向かい合わせになった妹は

私服に着替えているものの、

前撮りの化粧を落としてはいない。


家族で集まって外食に来ているだけなのに

妹の華やかな顔や髪が

どこか非日常を思わせます。



久しぶりに会ったとはいえ気の知れた妹。

最近の学校や今後のことを聞いても

話題はすぐにつきてしまいます。


そして、出てきたのは

「あんた、昔から勘が鋭かったよね。」

という言葉。


妹は霊感とまではいかないけれど、

妙に勘の鋭い子で、

何者かの気配を感じとっていたことが

度々ありました。


今こうして小説を書いているのだから

何かネタはないか聞き出そうと

思い立ったのです。


お祝いの席に不釣り合いな私の発言に

妹は動じることなく

「今の方が強くなってきたよ。」と

返してきました。



妹が言うには、今通っている専門学校は

曰く付きとまでは言わないものの

どこか空気が悪く、変な体験をしてしまうのだとか。



教室がある階のトイレを使った時。

用をたして当然のごと、

手を洗うために洗面台へ。

手元に視線を落としていても、

眼前に取りつけられた鏡の下側は視界に入る。

突然現れた髪の長い白いワンピースを着た女性が、

背後を音もなく通ったかと思うと、

ガチャリ、と鍵の閉まる音。

恐る恐る振り返ればどのトイレも誰も使っておらず扉が開いたままだった。



また別の階のトイレに入った時。

そのトイレの中に入った瞬間

すぐ側の教室で騒いでいるはずの人の声が

ピタッと消え静かになった。

電気が杲杲(こうこう)とついているのに

なぜか薄暗い。

早く出ようと支度する耳元で

「あー…。」と

男の声が聞こえた。



そんな経験をするような環境に通っているのなら

勘が鋭くなったということに納得がいきます。




「少し前、といっても最近なんだけれどね。」



その頃、妹はある現象に悩まされていたそう。


それは、歩いている時に鞄の紐を引っ張られるというもの。


駅や学校、なんでもない街など

場所は選ばずに歩いていると必ずそれが起こるのでだんだんと辟易してきました。


「そりゃ最初は友達のいたずらかと思ったけれど、振り返ったら誰もいないし、あ、これはそういうことかって。あんまり続くから嫌になってたよ。」



話の話題にはなるだろうと

ある日、妹は友達にこのことを話しました。


友達は反応よく怖がり

「何がしたいんだろうね。」と。


このまま怖い空気で終わるのも

なんだか気が引けたのかもしれません。


妹はふざけた調子で

「私と手を繋ぎたいのかな?」なんて

言ったあと、

「手を繋ぎたいならさ、鞄じゃなくて直接手に触れば良いのに。いつでもあいてるんだけどな。」

と明るく笑いに変えたのです。




その翌日、

妹は右手を眺めあるものを見つけました。


右手の甲、親指と人差し指の間

青あざでも、赤い内出血でもない

黒いあざのようなものがそこに出来ていたのです。


痛みはないけれど、それは1週間残っていたのだとか。




「それってどれくらいの大きさだったの?」

と聞くと、

妹は片手の人差し指と親指をくっと曲げて輪っかをつくりました。



その大きさは、例えるなら

成人の親指ほどの大きさです。



相手方の手の甲、

人差し指と親指の間に親指をおく形で握るのは

前から手を差し入れるのが自然な形です。



それを再現するならば、

相手を自分の方へと引っ張るような

仕草でしょう。




その者は

妹をどこに連れていく気だったのでしょうね。


今回はあざだけでしたが、

もし、そのまま何かが手を引き続けていたとしたら…。






ともかく、

うんざりするようなちょっかいをかけられても

下手な挑発をしない方が、

身のためなのかもしれません。




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