第22話 おいで様
暦の上では秋と言うけれど、
まだまだ残暑が厳しい。
9月から中間服を着ることが校則で決まっている。
しかし、私を含めほとんどのクラスメイトは
ベストを脱ぎ、カッターシャツ1枚で過ごしていた。
バスケ部の
額に汗が
長い髪を高めのポニーテールにして500mlのスポーツドリンクを飲む…いや、流し込んでいた。
お昼休憩になり、
いつものように友達3人で集まったけれど、
気温のせいか話す気力がない。
静かにスマホをいじっていた
「ちょ、明梨、みお!聞いて聞いて!
鼻息を荒くしながら言って明梨の肩をバシバシと叩く優菜。
優菜は大ファンのアイドルグループ山風のことになると大はしゃぎする。
明梨と私は呆れ顔を見合わせて、苦笑した。
「へー。そうなんだね。すごいじゃん。」
「そうなの!ヤバくない!?」
「なんていう映画なの?」
「んーとね、『
その映画のタイトルを聞いて気がかりが出来た私は、忠告するようにさりげなく優菜に言う。
「優菜ちゃん、それ、めっちゃ怖いって有名なホラー小説がもとになった映画じゃない?
たしかホラーとか苦手だったでしょ?大丈夫?」
不安げに尋ねるが、優菜はけろりとした顔で、「あたし、ホラーとか好きだよ。」と答えた。
そんな言葉信用できない。
だって、つい先月の夏休み、期間限定で駅前にオープンしたお化け屋敷に3人で行った時も、入る前は「めっちゃ好き!」と言っていたくせに、いざ中に入ったならば、絶叫するわ足踏むわの大騒ぎ。
終わった後なんて悶絶して1時間も口がきけなくなっていた。
「みお、優菜って中学の時からこうなんだよ。
好きなのに怖がりで派手に騒ぐの!
自然教室の肝試しの時なんてさ、
最後に鈴をお地蔵さんのところに置かなきゃいけないのに、そんなこと忘れて先に走って逃げてったの!
おかげで、脅かし役の先生が出るタイミング逃して、足痺れて動けなくなっちゃったんだよ。」
「あん時は子供だったもん!もう高校生になったから大丈夫!」
「ははは。」
優菜と明梨は中学生の頃からの付き合いで高校に入ってから知り合った私は、
時々出る2人の思い出話で知らなかった一面を知ることが多い。
それが、ちょっと羨ましかったりする。
「優菜ちゃんのそそっかしさはその頃からなんだね。」とほんのりとした寂しさを隠して笑う。
「げっ。みおにもそそっかしいイメージついてる…。高校に入ったら大人っぽくなろうと思ったのに…。」
「「いや、無理。」」
明梨と私の声が重なって、思わず噴き出した。
「2人ともマジで酷い…。」
「そういえば、明梨ちゃんはホラーとか平気なの?」
落ち込む優菜を放っておいて明梨に尋ねた。
「私?結構好き!
優菜みたいにはしゃいだりしないけど、
時々、都市伝説とか調べたりするよ。」
「へー!意外。
そういうの信じないかと思ってた。」
「あー…半々かな。
話題になるから見てるけど、本気で信じてないよ。面白いから見てるだけ。
幽霊とかお化けとか見たことないしね。
ある?そういうこと。」
「ないよー。全くない。」
「うちもない!霊感0!見て見たいんだよね~。」
「あ、それならさ…。これ、知ってる?
おいで様、っていう一種の降霊術なんだけどさ…。」
おいで様。
聞きなれない言葉に私と優菜は首を傾げた。
「え?おいで様って何?知らな~い。
てか、こうれいじゅつ?って何?」
「ほら、こっくりさんとか、ひとりかくれんぼとかそういうやつ。」
「ああー!そういうのね!」
「なんでも、このおいで様をすると絶対に霊か何かが見えるんだって。」
「ええー!」
「マジ!?やってみたい!」
「あ、でも、条件があるの。2人ともさ、家にテレビドアホンってある?」
「ん?何それ?」
「ほら、インターホン押した人を中のモニターで確認できるやつ。」
「ああ!」
「あるよ!宅配便以外は中で対応しちゃったりしてる。」
「そう、それ。
あのさ、それに録画機能ってついてる?留守中でもインターホン押した人が分かるやつ!」
「うん!」
「ああ、あるよ。後で写真を見返して確認してる。」
「じゃあ話が早い。このおいで様はそれを使ってやるの!」
明梨は、おいで様の方法が載っているオカルトサイトを見ながら教えてくれた。
条件は録画機能の付いたテレビドアホンが家にあること、家に誰もいないこと。
必要なものは2枚の小皿と塩、そしてお米。
手順だが、最初に家の中や周りに誰もいないことを確認する。
確認が出来たら、
一軒家の場合はその周りを、
マンションなどの集合住宅では部屋の前で反時計回りに2回、目が回らない速さで回る。
終わったら、インターホンを押してその場で2~3秒待機。
この時間はドアホンが写真を撮るまでにかかる時間なので、なるべく長めに待つ。
時間が経ったらもう一度、今度は時計回りに2周して家の中に入る。
この時、必ずすぐにドアのカギを閉めること。
ドアの隅に塩を盛った皿を置き、モニターの履歴を確認する。
すると、そこに自分以外の何者かが写っているというのだ。
終わるには、ドアに置いていた盛り塩を捨てて、代わりに米を混ぜた塩を盛った皿を置き、ドアホンの応答ボタンを押し、
「ここは私の家です。何も差し上げられません。お帰りください。」と言えばいいらしい。
明梨の静かな声で読み上げられる奇怪な儀式の内容に、私たちは唾を飲み込んだ。
「ほら、これサイトのコメント。
どれも写真付きでほんとに見えちゃうみたい。中にはドアホンが壊れたり、ドアを叩かれた人もいるんだって!」
「え、マジで?めっちゃ怖いじゃん!でも、やってみたい!」
優菜のやる気に触発されて、
私の中にも恐れを知らぬ好奇心が湧いてきた。
「私も気になる…。両親が共働きだし、部活もないからやってみる。」
「え、ほんと!?私の家、なくてさ…。
明日感想聞かせてよ!」
「うん!」
「あ、授業始まるよ。戻ろ戻ろ。」
椅子を動かして自分の席に戻ってからも、
おいで様の儀式に対する期待と不安が入り混じった気持ちは静まらず、
高校入学して初めて、授業を上の空で聞き流した。
「誰もいない…。よし。」
マンションの6階にある自分の部屋の前で、
辺りに誰も居ないことを確認して深呼吸する。
明梨が言っていた手順を思い返し、
頭の中で繰り返した。
照れ笑いしながら、ゆっくりと左に回る。
視界に入る景色が移動していく様が面白くて
笑いが込み上げた。
一周終わり、もう一度回る。
この時、肌の感覚で空気が変わったのを感じた。
上がっていた口角が固まり引きつる。
(なんだろう。心がざわざわする。)
ピタッと足を止めて鉄製の鼠色のドアに対峙した。
いつもは「ただいま」と言う私をすんなり受け入れてくれるのに、
今日はどこか私を拒むような冷たい顔で佇んでいる。
ここでやめた方が良いと本能が警鐘を鳴らすが、好奇心によって指は伸ばされてインターホンのボタンをカチッと押した。
ぴ…い~ん、ぽ~…ん。
いつもは室内にいてはっきり聞こえる音が、
外で聞いているせいでこもって聞こえ、
その異質さに体が震えた。
(思ってたより、怖いかも。早く終わらせよう…。)
時計回りに2周して、ガチャッと扉を開ける。
バタンと扉を閉めるや否や、すぐに鍵を閉めた。
靴箱の上に用意していた盛り塩を足元に置き、改めて室内を見る。
誰もいないリビングを、窓から差し込む夕日がオレンジ色に染めている。
自分が一人だと再認識すると同時に、急に孤独感に襲われた。
ふと、点滅する光が目に入る。
ドアホンのモニターについている通知ランプが、私の訪問を知らせていた。
モニターの前に静かに行き、ふーっと口から息を吐く。
そして、履歴の再生ボタンを押した。
ぱっと画面が明るくなり、
画像が映し出された瞬間、思わず目を閉じた。
何かが写っていた訳ではない。
そんな一瞬で確認できるほど、私の反射神経は良くない。
写っているかもしれない幽霊に対する防衛によって、私の目は強く閉じられた。
自ら降霊術という禁忌に足を踏み入れながら、いざその瞬間が来ると怯えてしまっているなんて情けない。
ゆっくりと瞼を開く。
「あれ…。」
荒い画質で家の前に立つ、緊張ではにかんだ私が写っている。
しかし、それ以外は何もない。
本来なら残念に思うところだが、
ほっと胸をなでおろす。
米を混ぜた盛り塩と取り換えたただの盛り塩を捨て、モニターにある応答ボタンを押し、
「わ、私の家です。何も差し上げられません。お帰りください。」と言った。
ちっ…。
「え!?」
ばっと玄関を振り向く。
そこには何もないのだが、確かにそちらの方から舌打ちが聞こえてきた。
バクバクと心臓が早鐘を打つ。
後ずさりしながらモニターから離れて視界の端に入るリビングに、ちらっと白い人影が見えた。
「ひっ。」
慌ててそちらを見ると、
それはただの白いソファ。
すっかり日が沈み、暗くなったリビングでそのソファがはっきりと見えただけだった。
人と思っていたものがただのソファと分かり、急に馬鹿馬鹿しくなった私は、
カーテンを閉め、テレビをつける。
そして、いつものように親が返ってくるまでの自由な時間を過ごした。
「みお、おはよ!」
「明梨ちゃん、おはよう!」
「ね、昨日出来た?」
翌日、登校してくると明梨は恐る恐る聞いてきた。
私は静かに頷く。
「え、ほんと!?どうだった?」
「いや、それが何もなかったんだよね。人かと思ったらソファで。」
「なんだあ。じゃあ嘘だったんだ。」
「ははは。写真も加工だったのかもね。」
「がっかりー。あ、優菜、おはよう!」
「おはよー!ね、みお、昨日やった?」
「うん!やったよ。でも、何も。」
「え、そうなの?実はさ…。」
優菜が不敵な笑みを浮かべる。
「写ったよ、しっかりと!」
「ええ!マジで?見せて見せて!」
「ふふん!いいよ。ちょっと待って。探すから。」
優菜がスマホの電源を入れ、
パスワードを入力し始めた。
「やってみてどうだった?」
「結構簡単に出来たよ。途中手順が飛びそうになったけど。」
「へえ。そうなんだ。」
「事前に手順を復習してたから大丈夫だったかな。
特に、鍵をかけるのは忘れないように意識してたの。なんかあったら怖いから。」
「ああ!たしかにね!」
「え?」
優菜が目を見開いてこっちを見た。
「どうしたの?」
「え、あ、どうしよう。うち、鍵閉めるの、忘れてた…。」
「な、なんだ。そんなことか!大丈夫でしょ!」
「大丈夫じゃない!」
優菜が叫んだ。
教室内が静かになる。
「ああ、そっか、だから。うちが、鍵閉めなかったから、どうしよう。入ってきちゃった…。」
優菜はぶつぶつと呟いている。
また優菜がヒステリーを起こしたと判断し、
明梨は周りに気にしないでと言って、
優菜の背中をそっと撫でた。
「どうした優菜?何があった?」
明梨の静かな声に徐々に冷静さを取り戻した優菜が顔を上げる。
「う、うちね、鍵、忘れちゃって。」
「うん。」
「それに気づかずに履歴確認して、写っててテンション上がって写真撮ってお帰りくださいって言って安心しちゃって…。」
「うん。そうだったんだ。でもさ、ちゃんとお帰りくださいって言ったんでしょ。大丈夫だよ。」
優菜は首を振った。
「終わった途端、チーが激しく吠えるようになって…。今まで、吠えたことなんて一度もないのに。
パートから帰ってきたお母さんは、家が生臭いって言って…。それ聞いて臭いに気づいたの。一晩経つのに臭いは全然消えなくて、今も家全体が生臭いの。」
優菜は可愛いチワワのチーちゃんを飼っている。
常日頃、チーは大人しい子で、滅多に吠えないと自慢していた。
彼女の家は掃除が行き届いており、
生臭い
「ただの偶然かと思ってたけど、違うんだね…。うちが…うちが、鍵を閉めてなかったから、招き入れちゃったんだ…。こいつを。」
優菜は震える手でスマホを見せてきた。
「…何これ…。」
明梨と私は思わず絶句した。
それは、モニターが表示する優菜の写真を撮ったもの。
彼女以外誰もいないはずなのに、
カメラの真ん前に何かが写っている。
その何かとは、髪の毛の生えていない、ぼんやりとした輪郭の半透明の白い人の頭。
その肌は鱗のようにひび割れていて、顔の左右の端にある小さすぎる目は、黄色い瞳孔で輝きがない。
まるで、魚の顔を正面から見たような、異様なものだった。
「ねえ、どうしよう。うち、どうなっちゃうんだろう…。」
優菜は肩を震わせて泣き始めた。
それを必死になだめるが、
かける言葉が見つからなかった。
優菜は帰ってすぐに両親においで様をしたことを話した。
お父さんからは変なことをするなとこっぴどく叱られて、お母さんに連れられ近所のお寺にお払いに行った。
あれから一カ月経ったが、優菜は今でも玄関に塩を盛っている。
ただ、それが時々、水を掛けたように、突然溶けて消えてしまうことがあるらしい。
チーも吠えなくなったし、家の中が生臭くなることもなくなったけどそれだけが気がかりだと、優菜は言った。
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