第4話 トラック
こんなじじいになるまで平凡に生きてきたが、
一回だけ変なことに巻き込まれたことがあったかな。
今年の梅雨の時期だった。
幼馴染みの隆やんと雀荘で打ってたんだ。
ただ打つだけじゃなくて無駄話もするから遅くなって。
たしか、夜の10時になってたよ。
タバコくさい部屋から出るとさ、いつもは新鮮な空気を吸えるんだが、その日はむわっとベタつく湿気とざあざあの雨が降ってたのさ。
思わず舌打ちしちゃったね。
まあ、車だからいいやって乗り込んで家に向かったのさ。
このぐらい遅くなるとさ、
さすがに母ちゃんがグチグチ言ってくるから
普段通る大通りの道じゃなくて、
裏道を通ってくことにしたんだ。
大通りで家に行くなら、
雀荘からわざわざ家のある道を通り越して
右にぐるっと回って行かないといけない。
たしかにその方が安全なんだが、
裏道から行けば斜めに突っ切る感じで
すぐに着くんだよ。
そんなわけで、
太い道路を左折せずに横切って
真ん前にある家と家の間の狭い隙間に入ったんだ。
普段は近所迷惑だと思ってやらないけれど、
暗いし雨も強くてよく見えないから、
ヘッドライトをハイビームにしたわけよ。
そしたらさ、その通りたい道に先客がいたのが分かったんだ。
まず簡単に説明するとな、
今、俺の車は家と家の間にいるだろ?
そのすぐ前は突き当たりだから
前の細い道を左方向に進んでいく。
一本隣の道へ右折して入って左にいけば
俺の家に着くんだよ。
その細い道ってのが、車一台がギリギリ通れるぐらいの道。
少し高いところにカーブミラーが設置してあるんだが
その鏡に、トラックが向かってきているのが
映ってたんだ。
また舌打ちしたよ。
でかいトラックなんざが前にきちゃ、
ただでさえ見通しが悪いのに余計に視界が狭まっちまう。
だけど事故になるのはごめんだから先に行かせることにしたんだ。
だんだんとあのゴロゴロっていう荷台が揺れる音とライトが近づいてくる。
そんで目の前を徐行で通りすぎてった。
えらくでかいななんて眺めたよ。
多分あの大きさは4トントラックだな。
荷台が見えなくなって完全に過ぎ去ったのを確認してからハンドルを左に切る。
目の前にはあのトラックのケツだ。
向こうが徐行でいくもんだから、
こっちもノロノロ運転で付いてくわけよ。
まあ、きっと向こうはこのまま突っ切って、
大通りの方に行くんだから少しの我慢だって
ブレーキ踏みつつ速度を調節してた。
そしたらそのトラック、
俺が曲がる予定の角で右にウィンカーを出したんだ。
参ったな、またしばらく付いてかないといけないのか。
苛立ちっていうより不安が込み上げてきてさ。
視界が狭いのがずっと続くのは慣れた道でも怖いもんだからよ。
トラックが角に吸い込まれるように消えてったから、
今度はうんと待って後に続くように角を曲がる。
ふと、あることに気づいたんだ。
なんでこのトラックこの道通れてんだって。
普通車でギリギリのここら辺の道を、
4トントラックが走れるわけないんだ。
普通車の幅ってのは1.7メートルぐらいだろ。
トラックの幅は2.5メートルぐらい。
通れるわけないんだ。
だから、そんな道で旋回して曲がれるわけないんだよ。
いや、まさかなって左折したら、いたんだよ。そのトラック。
ご丁寧にテールランプ消して停車してたんだ。
俺の車が完全に道に出たとき、
ぱっとライトが点いてブロロロってエンジンがかかった。
俺を待っていたかのようにさ。
そう思った途端に鳥肌がぞわぞわって立って、
ようやくおかしなことに巻き込まれていることを知ったんだ。
するとさ、トラックの変な所がよけいに見えてくるんだ。
家の外壁とトラックの車体は隙間なくぴったりくっついてんだよ。
それなのに擦れる音なんてしないで静かに進んでく。
ふと見えたナンバープレートは、
錆び付いていて何が書いてるかさっぱり。
ただ、地名のところに何とか岬って書いてるのは分かる。
とにかく怖くなっちまってその場から動けなくなってさ。
もうどうしたらいいか分かんなくてハンドル握るしかなかった。
何か出来ねえかと前を見てたら、
右側のトラックと壁の隙間、
枝豆みたいにぬるんって人間の頭が出てきたんだ。
それから、手、体、足が順に出て
俺の方に向かってゆらゆらと歩いてくる。
すぐにこいつは人間なはずないって思ったが、体が固まっちまって動けないんだ。
全身から汗が吹き出てバカみたいに体震え出して言うこときかない。
口から「うわ…うわ…」って言葉しか出なかった。
そいつはとうとう運転席側の窓まで来て、
握った手でコンコンっとノックしてきやがった。
心臓が止まるかと思ったよ。
恐る恐るそちらに目を向ける。
男の顔が見えた瞬間、
うわっと身を引いたが
その顔がはっきり見えたとき
「え?」って思わず窓に顔を近づけて
もたつきながら窓を開けたんだ。
「源さんっどうしたんだよ。
こんなところまで!」
源さんっていうのは俺のこと。
話しかけてきたそいつは誰かっていうとな、
町内会のよしみで仲良くしてた松田っていうやつなんだ。
「源さん大丈夫か?こんな夜遅くに。
どこに行こうとしてたんだ?」
いつもの調子で話しかけてくるから少しばかり落ちついた。
そんで俺は、
雀荘で遅くまでいたから裏道通って家に帰る
ところだって話したのよ。
そしたら不思議そうな顔してさ
「源さん…あんたの家、
とっくに通りすぎてるじゃねえか。」って
呆れたように言うんだよ。
おかしいのはそっちだ、
角から1メートルも走ってないのに
通りすぎるわけないじゃないかって言い返したら、
「見えないのかね。そこが俺の家だよ。
な?とっくに通りすぎてるだろ?」って
前を指差したんだ。
そんで前を見るだろ、驚いたよ。
トラックの姿がなくなってたんだ。
ちょっと話したこの瞬間にだ。
混乱して何度も松田と前を交互に見ちまった。
おい、トラックを見なかったかって聞いたらさ
は?って顔して首かしげるんだ。
そんなもんこっちには来てないって。
松田が言うにはね、
丁度自分が仕事から帰って車から降りた時、
車がハイビームつけて来てるのが分かったんだと。
こんな夜中に住宅街で迷惑なヤツだと思って
新しく越してきた奴かと顔を確認したら
俺だったわけよ。
えらくゆっくり走ってその場で停まったから
何かうちに用事かと思って声をかけに来たんだと。
たしかに、左手すぐに松田の家がある。
俺の家から松田の家ってのは同じ通りにあって、50メートルぐらい離れてるんだ。
角からの長さを足すと80メートルぐらい動いていたことになる。
一歩も動いていないはずなのにおかしいだろ?
結局、その後はわざわざ大通り通って遠回りして家に帰ったよ。
母ちゃんが起きててかんかんでさ。
色んな所に電話しても帰ったっていうから心配したんだよ!って怒鳴り散らすんだ。
こういう時に限って寝てないのな。
だけど、家に帰っていつも通りの母ちゃんがいて安心したよ。
トラックでも化けてでるのかって?
知らないよ!そんなこと。
ま、以上が俺が体験した気持ちの悪い話さ。
とにかく、二度と会うなんてごめんだね。
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