カミナリさがし

 ある日の夜、ぼうやの住む町に台風がやってきました。

 窓の隙間からごうごう、びゅうびゅうと低い風の音が聞こえてきます。恐る恐るカーテンを開けると外は真っ暗で、絶え間なく窓ガラスにぶつかってくる雨粒以外にはっきり見えるものはありませんでした。

 突然外がピカッと光ったかと思うと、ほとんど同時にドーンと大きな音がしました。

 びっくりしたぼうやは一目散にベッドに飛び込み、布団にくるまって耳をすましているうちに眠ってしまいました。


 翌朝はとてもいいお天気でした。ママが鼻歌を歌いながら洗濯物を干しています。

 ぼうやはパパに昨夜の眩しい光のことを聞いてみました。

「それは雷だよ。家の近くに落ちたみたいだね。台風は遠くに行ってしまったから、もう心配いらないよ」

「だれかの落としものなの? ちゃんと見つけられたかな?」

 パパは少し困った顔をしました。

「ああ、きっともう誰か拾ったさ」

 ぼうやは朝ごはんを食べ終わると、お腹の部分に大きなポケットのついたオーバーオールに着替えて家を出ました。

「もしまだ落っこちたままだったら、届けてあげなくちゃ」


 ぼうやは道路をうろうろと歩いていました。何か光るものが落ちていないか足元を気にしながら(昨夜のようにピカピカ光っているはずだと思ったのです)

 ところが道路は「何か落ちていないか?」どころか、落し物だらけでした。葉っぱ、木の枝、ぐしゃぐしゃになった雑誌、空き缶……どれも湿っています。まるで町中のごみを集めてかき混ぜたかのようです。

 それらを見ているうちに、ぼうやは不安になってきました。

 カミナリがポケットに入らないほど大きかったらどうしようかしら。びちょびちょになっていたらどうしようかしら。ハンカチを持って来ればよかったな。

 公園のそばにさしかかった時、どこからか物音が聞こえてきました。


 にゃあにゃあ……カリカリ……


 猫の声?でも、姿が見えません。

 気になって音の出所を探すと、そこはごみ捨て場でした。音は、そこに置かれた炊飯器の中から鳴っているようでした。

 ぼうやがコンコンと炊飯器をノックすると音が激しくなり、炊飯器がぐらぐら揺れました。

「そこに誰かいるのか? 開けてくれ! 開けてくれよー!」

 よくよく聞くと人の声ではありませんか。ぼうやは慌ててフックボタンを押しました。炊飯器のフタが勢いよく開き、中から小さくて真っ黒な猫が飛び出してきました。

「ああー助かった!」

 黒猫は思い切り伸びをしました。それからハッとしたようにぼうやの顔を見、へなへなと寝転がりました。

「また人間の前でしゃべっちまった……ぼうやでよかったぜ……。おいらのことは内緒にしといてくれよな」

「わかってるよ、シロヒゲ」

 シロヒゲはヒゲだけ白い黒猫で、ぼうやの友達です。ぼうやがどうして炊飯器に入っていたのか聞くと、シロヒゲはばつが悪そうに言いました。

「昨夜は雨風がひどかったろう? おいら、粗大ごみのかげに隠れていたんだけど、でっかい雷が落ちたんでびっくりしてそこへ飛び込んじまったんだ。そしたら出られなくってよう。ぼうやが来てくれて助かったぜ」

「カミナリを見たの? どこに落ちたか知ってる?」

「さあなあ。このごみ置場のどっかじゃないか?」

 ぼうやはシロヒゲに事情を話して、カミナリ探しを手伝ってもらうことにしました。それからぼうやとシロヒゲは手分けして散らかったごみを掻き分け、カミナリを探しました。

「おーいぼうや、これはなんだろう?」

 見ると、シロヒゲは前足でペットボトルをつついているところでした。ペットボトルにはラベルがついていなかったので、中に入っているものがよく見えました。

 ペットボトルの中には米粒くらいの大きさの光る石ころのようなものが入っていました。時々線香花火のようにパチッと火花を吐いています。

「やった! きっとこれがカミナリだよ」

 ぼうやはペットボトルの口に手を当ててカミナリを取り出そうとしました。カミナリがボウヤの手に触れるとバチバチッと大きな音がしてぼうやが光に包まれ、近くにいたシロヒゲの黒い毛が逆立ちました。

「ぼうや! 大丈夫か?」

 ぼうやは目の前がチカチカして、口の中がピリピリしましたが痛いところはありませんでした。フラフラしているとカミナリが手から転がり落ちて、スーッと逃げて行きました。

「シロヒゲ、つかまえて!」

「よしきた!」

 ジグザグ滑るように離れて行くカミナリを、シロヒゲが追いかけます。ぼうやも走り出しました。

 カミナリはなかなか捕まらないようで、シロヒゲがどんどん離れて行きます。ぼうやはだんだん体が重くなっていくように感じました。それになぜだか動くたびに後ろからコンコンと音がします。

 立ち止まって振り返ると、ぼうやはびっくりしました。背中にびっしりと空き缶がくっついていたからです。

「あれれ? いつの間にくっついたんだろう」

 ぼうやは不思議に思いながらも空き缶を掴んで投げ捨てようとしました。けれども、空き缶は掴んだ手から離れません。

「ぼく、磁石みたいになっちゃった!」

 あたふたしていると、頭上から「カァー」と声がしました。見ると、キラキラするものが大好きないたずらカラスが塀の上からぼうやを見下ろしています。

 カラスはあっという間に近づいて来て、ぼうやの背中の空き缶をつつき始めました。

「やめて! やめてー!」

 ぼうやは逃げ惑いますが、行く先々で空き缶は増えるばかりだし、カラスも離れてくれません。

 ぼうやが泣きそうになったその時、真っ黒な猫がどこからか飛んで来て、前足でぴしゃりとカラスを打ちました。

「ぼうやから離れろ! 食っちまうぞ!」

 カラスは忌々しそうにシロヒゲを睨み付けてから、ゆっくり飛び去って行きました。

「シロヒゲ、助けてくれてありがとう」

「どうってことないさ。でもごめんよ、カミナリは見失っちまった」

 ぼうやはしょんぼりしているシロヒゲを撫でてあげました。

「落とした人のところに帰ったのかな? もうちょっとだけいっしょに探してくれる?」

 シロヒゲは頷き、ぼうやのポケットに潜り込みました。


 ぼうやは体にくっついた空き缶をカンコン鳴らしながらカミナリが去っていった方に歩いて行きました。その間、シロヒゲはしきりに顔を擦っていました。

 にわかに真っ黒な雲が空を覆い、あたりが暗くなりました。

「シロヒゲ見て。あの木のてっぺん、光ってる」

 ぼうやが指差した先には細長くて高い木が一本立っていました。そのてっぺんが、うっすらと白く光っているように見えます。じっと見つめていたらパチッと線香花火のように火花を吐きました。

「カミナリだ!」

 その時です。あたりがピカッと真っ白になったかと思うと、ビシャーンと大きな音が鳴りました。ぼうやはその一瞬の光の中で、空から伸びた青白い手がカミナリを摘まみ取ったのを見たような気がしました。

 次に大きな水の塊がザブーンと落ちて来ました。ぼうやもシロヒゲも、頭のてっぺんからしっぽの先っちょまでびしょびしょになってしまいました。

 その後すぐに黒い雲は消え、おひさまが顔を出しました。

「ぼうやも見たかい?」

「見たよ」

「おや、缶が取れたな」

「あ、ほんとうだ」

 ぼうやがホッとして笑うと、シロヒゲも笑いました。


 ぼうやはシロヒゲと別れて家に帰りました。いつもぼうやが濡れて帰ると怒るママが、今日は何も言って来ませんでした。

 なぜなら濡れたのはぼうやだけではなかったので、ママはとっても忙しかったのです。

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