ぼうやとシロヒゲ
好永アカネ
ぼうやとシロヒゲ
ある日の昼下がり、ぼうやは庭にビー玉を並べて遊んでいました。
すると、頭の上の方からバサバサッと音がしてカラスがやってきました。
カラスはよちよちとぼうやの目の前まで歩いてきたかと思うと、何食わぬ顔でビー玉をくわえて飛び去ってしまいました。
「待って! ぼくのビー玉を返して!」
ぼうやは慌てて追いかけましたが、カラスはどんどん遠ざかっていきます。
「待って! 待ってよ!」
しばらく走っているとカラスは塀に隠れて見えなくなりました。でもすぐに「フギャー!」というなにかの鳴き声と争う物音がして、カラスが塀のかげから出てきました。
カラスは下の方に向かって「カァ」と一声鳴き、どこかに行ってしまいました。
ぼうやはカラスを見失ってしょんぼりしましたが、何があったのか気になって塀の下まで行ってみました。
そこでは一匹の小さな黒猫がゴロゴロと転がりまわっていました。
誰かの声がします。
「あんちくしょー! おいらの缶詰をひっくり返しやがって! 今度来たら食ってやるからなー!」
ぼうやは周囲を見渡しましたが、自分と黒猫の他には誰もいません。
「誰かいるの?」
そうぼうやが言うと黒猫がびっくりして跳び上がり、ぼうやとバッチリ目が合いました。
ぼうやは「もしかして、きみがしゃべっていたの?」と聞こうとしましたが、「もしかして」までしか言えませんでした。黒猫が小さい前足でぼうやのほっぺをムギュッと挟んだからです。
ぼうやの唇がぎゅっととんがりました。
黒猫がまん丸の目を細めて言います。
「ぼうや、見ちまったのかい? おいらの声を聞いちまったのかい?」
ぼうやがこくこく首を縦に振ると、黒猫が顔を近づけて来ました。
「ぼうや、誰にも言わないと約束できるかい?」
ぼうやはもう一度こくこくと頷きました。
それでようやく黒猫が前足を離してくれました。
「乱暴して悪かったな。人間に見られたってわかったら親分にどやされちまうんだ。くれぐれもおいらのことは内緒にしてくれよ。
おいらはシロヒゲってんだ。おいら黒猫だけどヒゲだけ白いんで、親分がそう名付けてくれたんだ」
ぼうやは、胸を張って得意そうにしているシロヒゲを可愛いと思いました。
「ねえシロヒゲ、ぼく、カラスを追いかけてるんだ。どこに行ったか知らない?」
シロヒゲは忌々しそうに牙を剥きました。
「あいつにはおいらも困ってんだ! ヒカリモノと見りゃどっかから飛んで来てよ、悪さばっかりしやがる。居場所を知ってたらとっくに行ってらぁ!」
「シロヒゲも困っているんだね」
それならあのカラスをいっぺん懲らしめてやらなくちゃ、とぼうやは考えました。
「あのカラスはどうしていたずらするのかな?」
「あいつはどうやらヒカリモノに目がないんだ。キラキラしてたり、ピカピカしてたり、ニンゲンが持ってる宝石みたいなやつを見つけるとちょっかい出さずにいられないらしいぜ」
「宝石が好きなんだね」
ぼうやはニッコリ微笑みました。
「ぼく、いいこと思いついたよ」
ぼうやは家に戻ってくると、シロヒゲを抱いてそーっとキッチンの扉を開けました。
幸いママはいなかったので落ち着いて探し物ができました。
「あったよ。シロヒゲ、これを見て」
ぼうやが取り出したビンの中には、ぼうやの指先ほどの大きさの水晶のようなものがたくさん詰まっていました。
シロヒゲはまん丸い目をぱちぱちさせました。
「こいつは綺麗だ! ぼうや、これはなんだい?」
「ママがお料理に使うチョウミリョウだよ。ガンエンって言うんだってさ」
「ガンエンか。あんまりキラキラしてないが宝石みたいだな。きっとあいつも気に入るぞ!」
ぼうやとシロヒゲは意気揚々と(でもこっそりと)キッチンを出て庭に向かいました。途中でぼうやが緑色のタオルケットを持ち出しました。
「これに隠れよう」
ぼうやとシロヒゲは庭の真ん中に大粒の岩塩をぶちまけると、隅っこで腹ばいになってタオルケットを被りました。それからじーっと岩塩の山を見張りました。
シロヒゲの体が暖かかったので、ぼうやはだんだん眠たくなって来ました。
「ぼうや、ぼうや、起きな」
シロヒゲのひそひそ声でぼうやは目を覚ましました。空はうっすらオレンジ色に染まっていました。
「ほら見なよ。あいつが来たぞ」
見るとカラスが一羽、庭に降り立ったところでした。
カラスは一度だけきょろきょろと首を降ると庭の中心に向かってまっすぐ歩いていき、真っ黒なくちばしで岩塩をつまみました。
「やった!」
ぼうやとシロヒゲが大きな声で叫んでタオルケットの下から飛び出しました。
カラスはびっくりして、「カァ」と鳴いた拍子に岩塩がころころと口の中に入っていきました。
カラスは飛び上がりました。
「カァライ! ショッカァラーーイ!」
それを見てぼうやとシロヒゲはゲラゲラ笑いました。
シロヒゲが大声で言います。
「ざまあ見やがれ! おいらたちの縄張りに二度と近づくんじゃねーや!」
カラスはペッペッと唾を吐きながらフラフラ飛んで行きました。
「うまくいったね」
「ああ。気持ちがいいや。ぼうや、ありがとな」
シロヒゲが小さな前足を持ち上げたので、ぼうやはぎゅっと握手をしました。
「いいかい、おいらのことは内緒だぜ」
「わかってるよ」
「ぼうやのこと気に入ったよ。またつるもうぜ。あばよ!」
ぼうやが声をかける間も無くシロヒゲが駆け出しました。シロヒゲはぼうやの庭を出て、道路をまっすぐ走って行きます。
ぼうやはシロヒゲの背中に向かって手を振りました。
「またね!」
ぼうやはその晩、洋服とタオルケットを泥だらけにしたことをママにこっぴどく叱られてしまいました。ぼうやはとってもいい子でしたが今日はもう十分怒られたと思ったので、岩塩を庭に撒いたことは黙っていました。
次の日もその次の日も、ぼうやは庭でいつものように遊びましたが、いたずらカラスが来ることはありませんでした。
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