第12話 心霊スポット

「失踪した友人の真実を知りたい小沢さん以外は、程度の差こそあれ、みんなふざけた動機でここに来ています。

 常習犯の三津木チーフディレクターを始め、」

「おいおい、僕は至ってまじめに心霊取材をしているよ?」

「却下です。

 今回の収録プランを立てた丹羽さんは、心霊なんて全然信じてなくて、どうやって怖く盛り上げてやるかと、あることないこと脚色して、心霊スポットの真ん真ん中でわざと霊たちを怒らせるようなことをスタッフにさせました。

 先に来ていた大学生諸君も、単なる冷やかしの、面白半分の肝試しに来たんでしょう? 一人取り残されていた佐藤さんは、本気で恐れて残ったわけではなく、むしろ他の三人を怖がらせてやろうとお芝居したんでしょう? お仲間三人にしても、そんな佐藤さんのお芝居を見抜いて、逆に置き去りにして本当に怖がらせてやろうと内心笑いながら思っていたんでしょう?

 一生懸命お仕事していた美羽さんはお気の毒でした。

 皆さんを糾弾しているこのわたしも、分かっていながら、皆さんの舐めた態度を正してやろうと、あえて危険へ無防備なまま送り出してやりました。

 そんな我々の態度が、

 ここに住んでいる霊たちを本気で怒らせてしまったのですね。


 まず大学生の皆さん。

 皆さんも気の毒と言えば気の毒で、タイミングが悪かったですね。たまたまこの日、大学生が失踪する怪談と同じメンツで来てしまって、霊の逆鱗に触れて、取り憑かれてしまった。

 トンネルの出口を車を横にして塞ぎ、気を失っていたあなた方は、猛スピードで飛び出してきた車に激突されて、命を失うところだったんですよ?

 それにしても、よりにもよってこんな日に、不吉な大学生4人というメンバーでやってきて、まるで怪談をなぞるように1人だけ入り口で車を降りてしまって、出来すぎた偶然ですね? 取り残された佐藤さんに至っては鈴木達也を名乗って、その記憶がまったくない。

 あなた方は悪霊に取り憑かれています。

 けれど、そもそもどうしてここに来ようと思ったんです?」

 四人は顔を見合わせ、佐藤が代表して言った。

「特にこれと言って……。いつもの仲間で集まって、暇だな、何か面白いことはないか? って、ことで…………」

 しかし一人が、紅倉のとなりで芙蓉に支えられるようにしてぼんやり立っている美羽を見て、あっ、と驚いた。

「魔城魅衣華(まきみいか)!」

 美羽はぼんやり反応した。

 何?と分からない者の為にマネージャー小沢が職業意識を取り戻して説明した。

「美羽が演じていたドラマ『魔界代理戦争 八王子』のヒロインです。ああ、そうか、東京での放送は終了したけど、こっちでは放送中ですね」

 大学生はうなずき、

「そうだ、昨日放送があったんだ。その話をしていて、オカルト系の話になったんだ」

 と、仲間とうなずき合った。紅倉が言う。

「となると、これもあなた、小沢さんの執念が引き寄せた偶然ということになりそうですね。担当する美羽さんのドラマを介して、彼らをここに導いたのですから」

「そう、なるんでしょうか?」

 小沢にはまったく自覚がなく、半信半疑に首をひねった。紅倉が続ける。

「まあ、いいですよ。どうせはっきりした答えなんて出やしないんですから。ただ、あなたは自分たちの事件で本当は何が起こったのか知りたくてしょうがなかった。逆に、知るのを恐れる気持ちも強くありましたが。だから他の同じような事例があれば、間接的に自分を納得させられると考えていました。彼らがそのサンプルになったわけです。

 彼らを、猛スピードで暴走する車ごと殺してしまおうとしたのは、鈴木達也さんの凶暴な怨念でしょう」

 紅倉は再びトンネルの方を向き、解説した。


「ここには長い年月に渡る数多くの無念の霊が住み着いています。

 彼らは一体となり、混沌として、自分でも自分というものが分からなくなってしまっています。

 他の霊魂の思いが自分の思いに思えてしまったり、同様に自分の思いが他の霊魂にしみ出して、自分の思いがぼやけてしまったり。

 特に怒りや憎しみ、復讐心といった強い思いは、次々に伝播して、全体をカアッと一つの思いに染め上げます。

 数多くの霊たちが集団で住み着いていますから、全体の霊力となれば非常に強力です。もともと山には自然由来の強い霊力もありますしね。

 先に言ったように、残念ながらわたしにも鈴木さんを見つけ出すことは出来ませんでした。もうこの山の霊集団の一部に溶け込んで、個が曖昧になっているからです。

 しかし、彼の強い怨念は、確かに感じます。

 あなた方をまとめて殺してしまおうとしたのは、鈴木さんの怨念が先導したことです。

 まず大学生の諸君に取り憑いて操り、事故の起こるお膳立てをして、

 次にやってきた、厚かましくもはた迷惑なテレビの取材班を、彼ら自身も死に追いやる、凶器の弾丸にしようとしたのです。

 トンネル内部を魔界化し、後ろから執拗に追い立て、死の恐怖に追いやり、目一杯スピードを上げさせ、魔界から現世に戻った途端に、トンネル出口を塞いだ軽自動車に激突し、後続も激突し、3台とも大破、乗員は全員死亡、というシナリオだったのです。

 それを阻止してやったのは、当然、このわたしです」

 えっへんと紅倉は威張った。


「わたしはトンネル内の異変を察知すると、幽体離脱して、皆さんのところへ飛びました。

 最初に美羽ちゃんに取り憑いて、車を止めるよう言ったんだけど、」

 美羽が目を丸くして紅倉を見つめた。何か脳裏に甦ったものがあるらしい。

「なんか知らないけど逆効果だったみたいで」

 紅倉は憮然としたが、あの車内にいた運転手とカメラマンにすれば、目から血を流す美羽の姿はどう見ても悪霊に取り憑かれたとしか思えなかった。あれで運転手は完全にブチギレてしまったのだ。

「それでしょうがなく、車の前に立って『止まれよ、こらあっ!』って睨みつけて、なんとかギリギリで止まったのよね?」

 あの白い幽霊は紅倉の生き霊だったのか、と、紅倉がぴんぴん生きていることに特に運転手のADは心底ほっとした。

 それにしても本当に大事故になる寸前で、改めてぞうっとした。

「わたしが幽体離脱している間、」

 と、紅倉は芙蓉に話しかけた。


「わたしの体は意識を失って、魂の抜けた無防備な状態になっていました。

 これはとても危険なことで、特に、こんな無念の亡霊たちがうじゃうじゃいる所に魂の抜けた生身の体を放置したら、生への未練のある霊が入り込もうと集団で押し寄せてくるわ。

 押し寄せてきたでしょう?」

 芙蓉はうなずいた。山とトンネルから溢れてきた、あの霧だ。

「わたしがあなたにお願いしたのは、彼らがわたしの体に入り込まないように、しっかりふたをしておくことだったんだけど、」

 と、紅倉は自分の首の後ろに手を当てた。頭蓋と頸骨のつなぎめ、ぼんのくぼ、と言う部分だ。

「生への執着のあるところ、罰当たりなちん入者で気が立っていて、そんな悠長な場合じゃなかったかな? お坊さんの団体まで現れて、あれは、おまえさんはそっちじゃなくてこっちの人間だから、成仏してさっさとこっちに来なさい、ってことだったのかしら? まったく、失礼しちゃうなあ」

 紅倉は口を尖らせ、芙蓉は、

「先生。そういうことは事前にもう少し詳しくおっしゃってくださいね?」

 と注文した。


「はい、以上、こんなところです。

 事故が防げたのはよかったですけれど、ここの状態は、なんにも解決してあげられませんね。

 仕方ないんです、こういう所は。

 ここはね、もう、一種の彼らの天国になってしまっているんです。

 ここが彼らのいるべき世界で、こっちの世界の我々は、彼らからすれば平穏を乱す敵なんです。

 この状態が彼らにとっても幸せとは思えないんですが、慰霊をして、地道に解きほぐしていくしかないんです」

 けっきょく真実を知りたかった小沢の思いは果たせず、紅倉も彼には申し訳ない顔をした。

「霊能力者なんてのが分かった顔でしゃしゃり出ても、彼らを怒らせるだけです」

 紅倉は自嘲し、ニッと、三津木にいたずらっぽく笑いかけた。

「いい画は撮れた?」

 三津木は肩をすくめた。

「今のお話ほど面白い画が撮れているかは疑問ですが、ま、局に帰ってからじっくり再チェックしますよ」


 こうしてこの度の心霊ロケは大した事故もなく終了した。

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