第7話 トンネルへ
「霊能師の紅倉美姫先生においでいただきました。まずは先生にトンネルの様子を霊視していただきたいと思います。
紅倉先生、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
紅倉がちょこんとお辞儀して、斜め後ろに控える芙蓉も一緒にお辞儀した。
紅倉はトンネルの方を向き、じいっと見入った。カメラが移動し、紅倉の横顔をとらえる。
しばらく待って美羽が緊張した低い声で訊く。
「先生、いかがでしょう?」
「うーん……、あんまりいいとは言えないわねえ」
紅倉は困った顔を美羽に向けた。
「これからあの中に入るの?」
「はい。その予定ですが、いけないでしょうか?」
美羽も本心では行きたくないだろう、深刻に紅倉を見つめながら返事を期待した。うーん……、と紅倉はまだ迷うふりをして美羽をじらした。
「じゃあねえ、あんまり中の人たちを怒らせないように、気をつけて行ってらっしゃい」
「はあ……」
美羽は「やだ~、怖い~~、行きたくない~~~!!」と、泣いて駄々をこねて、「かわいい」と喜ばれるタイプではない。
「では、先生の注意を守って、これから検証に向かおうと思います」
と、青ざめた、悲壮な顔でカメラに宣言した。
ずいぶんあっさりした霊視に物足りなく感じ、丹羽が声を出した。
「紅倉先生。ここから何か、具体的に視えませんか?」
美羽も聞くのが怖いようにしながら見つめた。
「そうねえ」
紅倉は再びトンネルを見たが、
「見えない。入り口を黒い渦がふたをして、中を視せないようにしている」
と言い、ますます美羽を青ざめさせた。今回実質的な監督を任されている丹羽も、
「危険じゃないんですか?」
と今一度確かめた。
「危険、ねえ? ま、お化けのやることなんて、どうせ幻を見せてドッキリさせるくらいのことだから、カメラに写せたら万々歳なんじゃないの?」
そういうものなのだろうか? と、素人の丹羽と美羽は思わず顔を見合わせ、丹羽は総監督の三津木にお伺いを立てた。しょうがなく三津木も紅倉に確認した。
「中に入った者たちが霊たちから何か危害を加えられるようなことはありませんか?」
「ないんじゃないの?」
紅倉の方も首を傾げて訊いた。
「そんな話、あるの?」
「いやあ…………」
三津木も丹羽と顔を見合わせ、つい、横にスタッフにまぎれて見学している鈴木を見た。
クルッと、紅倉の目が鈴木を見た。
強い視線を発し、赤く濡れ光る紅倉の瞳を見て、鈴木はビビった。
「ふうーん、先客がいたんだあ? まだ帰ってこないわけ?」
鈴木は答えていいのかどうか、三津木を見た。
(鈴木の友人たちが車でトンネルに入ってから……)
三津木は腕時計を確認して、言った。
「1時間30分。これは、やはりただ事ではないかも知れないなあ」
鈴木も深刻な顔になって紅倉に訊いた。
「あなた、霊能師なの?」
「知らないのお?」
紅倉は不満げに口を尖らせ、「はあ」と鈴木は頭を下げた。
「すみません、心霊番組って見ないんで。それで、俺の仲間、どうしたんでしょう? 無事でいるんでしょうか?」
うーん、と紅倉は眉根を寄せた。
「見えないんだものなあ。ここ、霊がうじゃうじゃいて邪魔だから。生きてる人間が近くで命の危険にさらされているようならその思念波をとらえることが出来ると思うんだけどなあ……」
うーーん……、と紅倉は顔をしかめて、面倒くさそうに言った。
「やっぱり無い。あなたを置き去りにして反対側からそのまま帰っちゃったんじゃないのお?」
「そんな、まさかいくらなんでも」
こんな携帯も通じない山奥に、と鈴木はうろたえ、うらめしそうに紅倉を睨んだ。
「そこまで薄情な奴らじゃないですよ」
「じゃあどうする?」
紅倉にズイと顔を突き出されて鈴木はまたうろたえた。
「どうする?って、なんですか?」
「あなたも検証に参加してお友達を捜しに行く? それとも、ここで女の子を怖~いトンネルに送り出して、見つけて来てくれるのを待ってる?」
「それは…………」
鈴木はうつむき、両手をぎゅうっと握りしめて、額に脂汗を浮かべた。彼は、どうしても悪い予感がして、車を降りたのだ。明らかに危険な、怪現象が起こったトンネルに、今になって行きたくはないだろう。
三津木も考えた。
予定ではセダン一台を検証に向かわせ、何が起こるかは、美羽と、同行のスタッフの撮影したビデオで検証することになっている。メンバーは、運転手の男性ADと、助手席にカメラマン、後部座席に美羽、の3名。後部座席に美羽一人なのは、幽霊が乗り込んでくるのを期待してだ。その余裕分に鈴木を乗せるか……
考え、決めた。
「紅倉先生。先生はどうされます?」
「わたしはここで美貴ちゃんと見守っていますよお?」
「そうですか」
紅倉にも同行を求めたいところだが、彼女には何か考えがあるのだろう。
「では僕とスタッフ1名が残りましょう。
鈴木さん、あなたはどうします?
他のみんなは、ロケ車でセダンと一緒に検証に参加してもらう。
鈴木さんも、どちらかの車で一緒に行きませんか? これだけの大人数が一緒なら、大丈夫でしょう?」
「あなたは残るんですか?ここに?その霊能師の人と一緒に?」
鈴木は不満そうに言い、スタッフたちの顔にも、なんでボスのあんたが率先して一緒に行かないんだ? と不満が露骨に出た。
三津木は鉄面皮に言った。
「俺は、紅倉先生の方に興味があるんでね」
紅倉が危険な心霊スポット探検に臆病や面倒で素人たちに同行しないわけはなく、何か企んでいるのだろうと睨んでいた。
紅倉もつーんとすました顔をしている。
「どうします?」
鈴木は、
「分かりました。じゃあ……、ワゴンの方で」
と、アイドルの女の子と一緒より、安全そうな大人数の方を選んだ。
「よし、決まりだ。じゃあそっちの方は、丹羽君、よろしく頼むよ?」
「はい」
時間が迫っている。丹羽はここに残す1名を選び、他に準備にかからせた。
スタッフたちの慌ただしい様子を眺め、三津木は紅倉に寄って行くと、何気ない風を装って訊いた。
「先生。視えないなんて、先生に限ってそりゃないでしょう?」
紅倉はフーンとすましている。
「わたしだって万能じゃありません。見えないったら見えないんですう」
「ああそうですか」
三津木はニヤニヤし、芙蓉のきつい目に気付いて辟易した。
「あのお……」
と、美羽のマネージャー小沢が青い顔で三津木に声をかけてきた。
「わたしもこっちに残っていていいんですよねえ?」
そう言えばこの人はどういう扱いになっているんだ? と、
「おーい、丹羽君」
と呼び、どうなっているのか訊いた。すると案の定丹羽も彼のことはすっかり人数に入れていなかったようで、
「どうしようかな」
と、2台の車の配分を考えた。三津木とAD1人が抜けて、その代わりに鈴木が入って、撮影のことを考えると座席の余裕が欲しいところだ。その様子を見た小沢はほっとした顔で、
「いえ、わたしはここで待ってますから、美羽のこと、よろしくお願いします」
と頭を下げた。
話がまとまって、三津木は小沢に訊いた。
「あなたはお化けは苦手ですか?」
「得意な人なんていないでしょう?」
と小沢は嫌な顔で答えた。いや、いるんだがなあ、と思いつつ三津木は続けて訊いた。
「じゃあこの仕事を受けたのはどうして? 好き好んで受ける仕事でもないでしょう?」
岡田美羽をキャスティングしたのは三津木ではない。プロデューサーだ。プロダクション間の力関係だの面倒なことはごめんなので、芸能人のキャスティングはプロデューサーに一任している。
美羽の所属する中堅芸能プロダクションはタレントの売り込み方に関しては担当マネージャーの裁量に任せていると聞く。この仕事の前に出ていたドラマの役柄もある。
「美羽ちゃんをオカルト路線で売り出すつもりですか?」
ホラー映画に出演してその後ブレイクした女優も多く、ホラーはいわば若手女優の登竜門になっていると言っていいだろう。
小沢はまた嫌な顔をした。
「いえ。元々美羽は普通のアイドルに憧れていたんです。若い頃にはアイドルグループのオーディションを受けたりもしていましてね、それでうちの事務所に。でも憧れのアイドルの世界にはふられてしまって、グラビアの方に。グラビアからもテレビに進出する子はいますからね、それを狙っていたんですが、なんて言うか、『顔が恐い』と言われちゃいまして、それで半ばやけになってオカルト系のドラマのオーディション受けたら、ヒロインに合格しちゃいまして……」
「じゃあ美羽ちゃんは本当はこういう仕事、したくないんだ?」
「まあ、本音を言えば。ロケをこなせば、スタジオに呼んでもらって、一流芸能人の皆さんとからませてもらえるかと本人も期待してるんですよ」
だからお願いしますね?というように三津木に愛想笑いした。
なんだ、こっちの片思いだったか、と三津木はまたも内心苦笑させられた。
やっぱり好き好んで真夜中の心霊スポットに来る女の子なんていやしないか。
「もちろんスタジオにも来てもらいますから、頑張ってください」
「はい。ありがとうございます」
小沢はほっとして笑顔になった。
しかし、とセダンに乗り込む美羽を眺めて三津木は思った。
才能というのは当人の望む物が与えられるわけではない。
三津木の見るところ、美羽には霊媒、つまり、霊を呼び寄せる性質が強くあるように思う。これは単なる見た目のインスピレーションだが、幽霊の方だって、理屈なんかじゃなくインスピレーションで取り憑く相手を選ぶのだろうから同じことだろう。
実は幽霊嫌いの幽霊に好かれる性質のアイドルが、確実に霊がうようよいると思われる心霊スポットに入って行って、どうなるのか?
悪い奴だなあ、と自嘲しつつ、三津木は大いに期待しているのだった。
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