第5話 入り口の怪異
車のメンバー構成が変わっていた。
このロケの主役である岡田美羽の表情を撮る為、美羽はスタッフと一緒に先行するワゴンに乗せ、後続のセダンには運転手の三津木と、マネージャーの小沢と、男性スタッフ2人の、男だけになっていた。
15分ほど、他にまったく交通のない夜道を登っていき、最後の急カーブを曲がって、後はトンネル入り口までまっすぐだ。
実を言えば、心霊スポットとして有名なトンネルであるが、湖越しに富士山を望む絶景ポイントとしても有名で、休日昼間となれば普通に観光客が訪れる。トンネル手前には文豪ゆかりの展望食堂もある。
夜景を楽しむ所ではないから、この時間には訪れる観光客はいないはずだ、
三津木たちと同じ目的ならいざ知らず。
斜面へ丸く張り出した展望所を過ぎ、食堂前にさしかかろうという時だ、
ワゴンがギイイーッと音を立てて急ブレーキをかけた。車間距離は十分とっていたが後続の三津木も慌ててブレーキを踏んだ。
どうしたのだろうと三津木は右に寄ってワゴンの先を眺めた。
ゾクリとした。
ワゴンのヘッドライトを受けて、道ばたに男がたたずんでいた。
向こうも驚いた様子でこちらを見ている。若い男だ。
どうやら先客のようだが、それにしても一人きりとは。車も見当たらないようだし、どうやってここまで来たのだろう?
ガラガラガラ、と、ようやくワゴンのスライドドアが開き、丹羽がカメラマンと共に降りてきた。
丹羽が話しかけた。
「こんばんは。あなた、一人ですか?」
「ええ、まあ」
男は相手がテレビの取材らしいと分かって、ばつが悪そうに答えた。
「車かバイクは? まさか、歩いて来たんですか?」
「まさか」
男は呆れたように笑い、深刻そうな顔をすると、こちらを値踏みするようにして眺め、言った。
「あなたたち、テレビの人? トンネルにお化けを取材に来たの?」
「そうですよ。あなたも怪奇現象を確かめに?」
「まあ、そうなんだけど……」
男はしきりとワゴンの窓を見て、丹羽に訊いた。
「その車に、霊能師の人って乗ってるの?」
「ええと、いや、これには乗ってないんだけど……」
丹羽はどうします?とドアを開けて外に立った三津木に顔で訊いた。三津木は続けろ続けろと手で促した。丹羽は男に向き直って訊いた。
「あなたは、どうしたんです? 何か事故ですか?」
「実は……」
テレビカメラを前にどうしようか迷っていたが、決心したように言った。
「仲間が車で入って行って、それっきり、戻ってこないんだ」
「それ、どれくらい経つんですか?」
男は携帯の時刻表示を見て、
「ちょうど0時くらいに入っていったから、40分くらいだな」
三津木も腕時計を確かめた。確かにちょうど0時40分だ。
40分。三津木は考えた。
トンネルを抜けると、向こうにはこちらのような店や展望所はないから、車種にもよるがUターンする場所を見つけるのは難しいだろう。けっきょく終点まで行くしかなく、すると、40分というのは時間的には微妙なところだ。
しかし丹羽は、
「そうですか。それは心配ですね」
と深刻そうに言い、訊いた。
「あなたは何故仲間と一緒に行かなかったんですか?」
「それは…………」
若い男は不機嫌そうな顔になって言った。
「すごく嫌な感じがしたんだよ。なんかすげえヤバイ感じがして、俺はやっぱりよそうって言ったんだが、あいつら俺を臆病者呼ばわりして、それで俺も腹が立って、じゃあおまえらだけで行け、俺はどうなっても知らねえぞ、って車を降りて、そしたらあいつら、本当に俺を置いて行ってしまったんだ。車の中で『臆病者。戻って来たら笑ってやる。泣きながら待ってやがれ』ってはしゃぎながら行っちまった。それっきりだよ」
(それっきり、戻ってこなかった、か)
三津木も男の所へ向かった。
放送では顔にマスクをかけるからという約束で取材の許可をもらった。
「君は大学生?」
「はい」
「友達も、みんな? 何人で来たの?」
「俺と、後3人です。みんな地元の同じ大学の2年生です」
「そう。あのね、ちょっと確認したいんだけど、君、うちの番組ホームページにメッセージなんて送ったりしてないかなあ?」
「いえ。番組って、何です?」
「『本当にあった恐怖心霊事件ファイル』」
「いや、見ないなあ。ああ、すみません。俺、少し霊感があるみたいで、そういう番組、見ないようにしてるんです」
「でも、心霊スポット巡りには来たんだ?」
「話の流れで。俺は最初から嫌だって言ってたんですけど、押し切られちゃって」
「ふーん、そうなんだ」
この彼がここに残っていなかったら自分たちは彼らの存在を知らず、何事もなく検証ロケを開始しただろう。
これは何かの先触れだろうか?
「ええと、後で何か問題になると悪いから、名前と連絡先教えてくれるかな?」
「はあ……。名前はすずきたつやって言います」
ぴくりと、三津木と丹羽は一緒に反応した。
「字は、どう書くのかな?」
「すずきは普通の鈴木で、たつやはたっするなりです」
三津木は携帯で文字を入力して見せた。
「そうです。これです」
「メールアドレスも教えてくれますか? なんならフリーメールでもかまわないから」
「フリーメールは使ってません」
男性、鈴木達也は、三津木の渡した携帯にアドレスを打って返した。三津木はそれを丹羽に見せ、二人はまた意味深に視線を交わした。
「ちょっと待っててください」
二人は鈴木から離れ、彼に背を向けて話した。
「メールアドレスは別ですね」
「ああ。だがシチュエーションといい、名前といい、偶然にしちゃあ出来すぎている」
三津木はじっと丹羽の目を覗き込んで言った。
「おまえの仕込みじゃないだろうな?」
この偶然をごく論理的に説明するならば、そう疑うのが最も自然だ。だが、
「僕じゃないですよ」
と、丹羽の方こそ、あなたなんじゃないですか? と疑いの目で見返して来た。
「俺じゃあねえよ」
三津木は白けた顔で反り返り、鈴木を振り返った。
鈴木達也を名乗る青年は、短髪で目がぎょろりと大きく一見怖そうだが、そう見られることに傷ついてきたようにナイーブな感性も感じられる。服装は黒っぽいデニムにライトな渋緑色のブルゾンジャケットを合わせ、なかなかおしゃれに決めている。
三津木も厚手のジャケットを着ているが、春とはいえ山の夜はかなり冷える。丹羽に向き直る。
「ともかく、面白いネタだ。まずは予定通り撮影を進めて、後は成り行き次第だな」
「分かりました」
丹羽はうなずき、スタッフたちの所へ軽く駆け足して行った。
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