第3話 佐那美の暴走


 ――クリオを迎えに行く当日…つまりオールナイト女子会明け。


 「――――――――!」


 僕は女性の悲鳴で目が覚める。

 それも頭痛でガンガンする状況で非常に目覚めが悪い。


 「――うるさいなぁ…」


 布団が丁度温々として、もう少し寝たい気分であるが、悲鳴があまりにも悲痛で大声なので半身を起こして目を擦ろうとした。


 しかし、身体ががっちり固定され身動きが取りにくい。

 特に右腕がしがみつかれている感じだ。

 しかも、何か生暖かい…上腕に若干弾力性のある突起物が当たっているのも気になる。


 やがて、悲鳴が金切り声に変わり、そのままフーッと止まってしまった。


 何が起きている?


 僕は左手でまずは目を擦った後に布団を剥いでみる。

 僕の腕にしがみついて寝ていたのは佐那美である。


 「えっ、佐那美…さん?」


 そう言えば、賭けに勝てば添い寝するって言っていたなぁ…それにしてもしがみつくのはありなのか?

 それにしてもなんで妙に生暖かいんだ?佐那美はジャージを着ているのに…


 さらに左側から半身を起き上がろうとしたときに状況がわかった。


 僕の腕が佐那美のジャージの喉元から内側にダイレクトに突っ込んでいた。

 佐那美はジャージの上から僕の腕をがっちりホールドして、気持ちよさそうに寝ている。


 また、彼女から僕や美子が使っている良い匂いがするシャンプーの匂いと彼女の温々とした体温が相乗効果を発揮して心が和む。


 だが気になるのはアレである。そうするとこの突起は――――


 「ちょ、ちょっと佐那美さん起きてくれる!?」


 僕のまどろむ目が一発で冷めた。


 「いや…ムニャムニャ」


 「当たっているから! 当たっているから!」


 「えへへ……」


 佐那美は完全に夢の住人である。


 眞智子や美子はいないのか?

 そういえば先ほどの金切り声の悲鳴がしたな。


 その方面に身体を起こして見てみると、ベッドの右下の床に布団が敷かれおり、その布団の上に女の子ががっちり抱き合って寝ている状況が確認できた。


 手前側の女の子が黒髪を束ねており、奥側の女の子がフワフワ茶髪のところをみると眞智子と美子であろう。


 眞智子は両手両足で美子をがっちりホールドしており、寝ぼけているのか彼女に頬ずりをしている。一方の美子は手を伸ばしたまま寝ている…ていうか白目を剥いて気絶しているみたいだ。


 「おーい、起きてくれよ!」


 声をあげるが、誰一人起きる気配がない。


 しかも、佐那美に関しては僕が腕を振り払おうとするとぎゅっとキツく絞め、力を抜くと力を抜くといった感じで埒があかない。動かせば動かすだけなかなか良い感じの当たりがあるが…いやいやイカンイカン、あとで美子に殺されてしまう。


 それにしても、美子と眞智子は何をしているのだ?

 何で彼女らが抱き合っているのか?

 何かの罰ゲーム?


 いや、寝ていて罰ゲームはないだろ!? 普通に考えれば眞智子が佐那美のように寝ぼけて美子を抱き枕にしていると考える方が妥当だろう。


 諦めてそのまま寝るか…そう思ったとき、僕の部屋のドアが開いた。

 

 「お兄ちゃん、お留守番ご苦労様、お土産買ってきたわ…よ」


 うちの母である。手土産をぶら下げて帰ってきたが、僕の部屋のあまりの光景に絶句しお土産をその場に落としてしまった。


 

――それから10分後。



 全員、僕の部屋で正座させられ母から説教を受けるハメになった。


 僕の左脇には佐那美、次に眞智子、美子の順に正座して怒られているわけだが、美子が歯ぎしりしながら眞智子と佐那美を交互に睨み付けている。眞智子はどうしてこうなったのかなぁとばかりに首を傾げている。そして怒られ慣れている佐那美は一応頭を垂れて反省している様に見せかけてはいるが、黙って嵐が過ぎるのを待っている感じである。


 「お母さん言ったでしょ? 意中の女の子と間違いは良いとしても…」


 …それは良いんだ。じゃあ何が気に入らないんだ?

 母の話が続く。


 「なんで男1人に対して女の子3人で寝ている4Pなんて――ちょっと考えられないんだけど!」


 ――すみません、そこに美子を含めないで下さい。それに僕、記憶がないんです。


 王様ゲームで彼女らの罰ゲームを見せつけられて――しかも、何なの?佐那美は眞智子と美子にキスさせるわ、眞智子は僕を自分の膝に呼び寄せ膝枕させるわ…最後のは何なの?デスソーズって奴?美子が佐那美にそのタバスコみたいなものを飲ませるわ…


 たしか佐那美があまりの辛さに悶絶して僕にしがみついていたところまでは覚えているのだけど…


 そこからトイレ行くって言って自室で寝たんだっけ?


 そんなことを悶々考えていたら、頭にゴツンとげんこつが落ちてきた。


 「お兄ちゃん私の話聞いている?」


 お母さんに怒られてしまった。

 それを見ていた美子が騒ぐ。


 「ババア! お兄ちゃんに手をあげるな、死ねっ!」


 ――庇ってくれるのはうれしいが、火に油を注がないで欲しい。

 案の定、美子の頭に脳天唐竹割りが食らわされた。


 「美和子さん、それはまずいって…美子の良いところが全くなくなっちゃう!」


 眞智子がフォローに入るが――美子は性格はアレだけど…勉強以外にも料理も上手だし可愛いぞ!


 僕はいつも心の中ではそう思っているのだが、以前にそれを口にしてしまい、予想以上に感情が高まった彼女にいつの間にかマウントを取られて、危なく一線を越えそうなった。


 そうかと言って殴られ損は気の毒なので、ここは言葉少なめに礼を言っておこう。


 「美子さん、とりあえず…ゴメン」


 「ちょ、ちょっと謝られると、何か拒まれている様で嫌なんですけど!」


 美子は今にも泣きそうな表情で僕の眼前に座り、両襟を掴み前後に揺する。

 逆に美子を悲しませてしまう結果になった。


 「ゴメン…」


 「そこ! ゴメンじゃなくて『美子さんありがとう!』だから」


 ――おぉ、そうとも言う。確かにこれはこれで言葉が足らなかった。


 「あっ、そうか。悪かった。言い直すよ…美子さんありがとう!――」


 僕がそう言っている最中、眞智子がちゃっかり僕の左腕にしがみつき、自分の左腕の薬指の付け根辺りに右手の人差し指と親指を摘まむ…まるで、そう、そこにないはずのエンゲージリングを摘まむような仕草で微笑んでいる…


 ――っておい!何どさくさ紛れに挑発するのかなぁ、元ヤンとは言え『喧嘩上等』のオーラがダダ漏れである。


 眞智子のトドメの一言。


 「私達幸せになるから」


 そしてあかんべーと舌を出す。


 「ギヤアアアアア!」


 美子は頭を抱え絶叫をあげ、ひきつけを起こしその場に卒倒した。

 ――完全に違う意味になってしまった。

 泡を吹いて骸の様に転がる美子――後で何か買ってご機嫌をとろう…


 「こらこら…私のお説教まだ終わっていないんですけど…」


 母である。下から見上げると恐ろしく迫力がある。


 そうだ、まだ怒られている途中だった――

 ビビる僕。一方で眞智子は顔色が悪くブルブル震えている…僕以上にビビっている?! あの現役ヤンキーが裸足で逃げ出すほどの眞智子さんが?!


 そして母から、また面倒くさい一言。


 「どうせなら、違う子にうちの息子お願いしちゃうおうかな…」


 これで眞智子は美子が受けたダメージを負った様で、無言で土下座の体制をとった。一方、佐那美は一生懸命自分の方に指差し、自分をアピールしている。


 ――佐那美よ、今はそれは逆効果だぞ。


 幸い、母は彼女に気づくことなかったが、この場を丸く収めるため僕は頭を母の前に差し出した。


 …結局のところ、僕は誰も手を出していないし、もし何かあれば美子以外責任を取れということで納得してもらった。


 これについて意識を取り戻した美子は納得せず、無謀にも母に挑みかかるのだが、いつものパターンで轟沈させられた。



それから1時間後――



 今度は佐那美のお母さん佐那子さんの運転する高級ワゴン車に乗り成田に向かう。ようやく、今回の題名となっているクリオを迎えに行く。


 「いつも佐那美が悪いわねぇ。神守君と妹さん、小野乃さん」


 「いえいえ…」


 眞智子さんと美子は引きつった笑みを浮かべながら愛嬌を振りまいている。


 ――ところで。なんで、僕は佐那美さんと3列目のシートで座っているのかしら。

 前のシートに座っている眞智子と美子の視線が痛いんですけど。


 「あっ、神守君。うちの子馬鹿だから、面倒みてやって頂戴。顔とスタイル以外ホント可哀想な子で…」


 あっ、それ知っています。


 とりあえず言葉にしては気の毒なので頭の中で相槌打ちました。

 でも、その言葉でちょっと気になることがある。


 『面倒みて』ってまるで責任とって下さいって言わんばかりじゃないか?

 それって僕が何かしたという前提で話をしているみたい。


 …っていうか僕自体あれやこれやしていないと言い切る保証はない――寝ている時に無意識にいかがわしい行為していたらどうしよう…不安が過ぎる。

 それに本当に佐那美の奴、僕になにもしていないだろうな、もし何かあれば僕が何かしたという風に取られてしまうじゃないか。


 二人の視線が妙に刺さる。

 もしそうなったら僕は間違えなく二人から殺されてしまうだろうなぁ――


 そう思ったときに、今までならこういう事になる前に必ず彼女らが実力行使で止めていたのに何故止めてくれなかったんだろう? という疑問が浮上する。なんで眞智子は美子を抱き枕にしていたのか? 苦し紛れに聞いてみよう。


 「ところで、眞智子さん? なんで美子さんを抱き枕にしてねていたの?」


 「えっ…」


 眞智子は想定外の僕のキラーパスに動揺している。


 「お、お前、何誤魔化しているんだよ…」


 「いや、いつもならこう言う事になる前に眞智子さんや美子さんが守ってくれるから、逆に驚いているんだよ」


 ――まるで、僕を守らない君らが悪いという言い回しである。

 僕はなんて酷い男なんだろう――


 眞智子は渋々、顔を赤くして「私、抱き枕がないと寝られないのよ」と答えたが、横に座る美子が顔を左右に振りそれを否定した。


 「今思い出すだけでもゾッとするけど…こいつ『礼君、礼君だぁ、礼君の匂いがするぅ』って言って頬ずりしてきたのよ。どうやら寝ぼけてお兄ちゃんと間違えて抱きついていたんじゃないの…超最悪…」


 美子は白い目で眞智子を見る。確かに使っているシャンプーも同じだし、兄妹だから匂いが似ているかもしれない…が、眞智子は恥ずかしそうに顔を下に向けた。


 「ところで、お兄ちゃんは何で佐那美と一緒に寝ていたのかなぁ、かなぁ? 賭けに買ったの私だよね? なのに何で佐那美と一緒に寝ていたのか? しかも生乳が腕にあたるというおいしいハプニング付なの? それって私が本来することだよね? ねえどうして?」


 美子が一気にまくし立てた。


 「じゃあ、何で――」


 僕は眞智子にキラーパスを丸投げしたように美子に仕掛けるが、美子の方が一本上手だった。


 「――だって、眞智子の馬鹿が私に抱きついてきたんだもの。こんな美味しい展開を佐那美に横取りされて見せつけられば気がおかしくなるのもわかるよね」


 ――だから悲鳴あげて金切り声がしたんだ…


 「えっ、そうだったんだ…じゃあ何で佐那美さんが僕の脇で寝ていた訳?」


 僕は張本人である佐那美に尋ねる。


 「いやぁ…神守君が眠くなって部屋に戻た後、私が寝ちゃったのよね…」


 佐那美が腕組みしながら考え、何かを思い出したように「そうそう…」と語り出した。


 「その後起きたら誰もいなくて。神守君の部屋に行ったら眞智子と美子が抱き合っていたから…神守君の横が空いていたので、つい…」


 あっ、そうか。途中眠たくなったんだ。そう言えば罰ゲームの時に眞智子から『王を含めた1から3までの全員は、さっき渡した薬飲んでくれる?』という命令を受けて眞智子からもらった睡眠導入剤を飲んだんだっけ。


 眞智子が口を挟む。


 「みんな薬飲ませたのになんで佐那美だけは途中で起きちゃったのかなぁ」


 「私にマムシドリンク飲ませたからでしょ? それも2本も! ギンギンになっちゃったから起きちゃったのかもしれないし!」


 ――あぁ、そういうことなのか。納得。

 ところが、それは否定された。それは佐那美の母からである。


 「マムシドリンク飲んだの? あれ、男の人じゃないと効かないわよ」


 えっ?

 佐那子さんの話が続く。


 「どうせ、お父さんの猥談を真に受けて実践したのでしょうけど…」


 彼女らドリンク頼って悶々としていたから僕に襲い掛かろうとした訳じゃないの?

 そして佐那子さんの一言。


 「根っからスケベなお姉ちゃん達だこと、神守君よかったわね襲われなくて」


 ――チーン!


 『スケベ』と断言された女子、3人――

 口からエクトブラズムか何かを吐きだして真っ白になっていた。



 そうこうしているうちにクルマは成田国際空港に到着。



 佐那子さんは僕らを第2ターミナル入口で降ろすと、

 「お母さん、駐車場代金が勿体ないのでちょっと時間潰してくる。あっ、クリオちゃんと合流して、『落ち着いたら』電話頂戴!」

と言い残し逃げるようにどこかに行ってしまった。


 ――何故そこまで慌てるのだろうか? それは後で知ることとなる。


 ターミナル内に入るとそこは国際線到着ロビーとなっていた。

 そこでは色々な国籍の人達が行き来している。


 ふと辺りを見回すとテレビ局のクルーと思われるカメラとマイクをもった人達が外国人に対してインタビューをしているのが確認できた。日本に来た理由を聞いてあわよくば一緒に同行してその外国人の日本の生活を取材するといったものだろう。


 ひょっとしたらクリオ達もここでインタビューされるのかもしれない。

 僕は佐那美達にこの辺で待っていたらクリオ達と合流出来るのではないかと伝え、ここで待つことにした。


 待つこと20分。金髪三つ編みお下げでジーンズに格子模様のYシャツといったラフな格好でクリオは現れた。彼女はアメリカ人の割には体付きが華奢。でもスタイルはいい…が明らかに胸の辺り盛っているだろ?

 後ろにはサングラスを掛けたアロハシャツを着た地端の親父さんが彼女に案内をしている。


 案の定、クリオはテレビ局の取材を受ける。

 遠巻きで見ている限りでは日本語で丁寧に応対している。ホームステイで日本文化を学びに来た旨答えている。

 いくら天然のトラブルメーカーとは言え、この辺は佐那美と違うところであり、無難な対応が出来る子である。


 しかし、ここには同じトラブルメーカーが1人いる。


 「あっ、ふぁっきゅうー!」


 佐那美がクリオを見つけると大声で彼女に手を振る。


 到着ロビー中の外国人が一斉に佐那美と見る。そりゃそうだ。相手を侮辱する放送禁止用語が大声で叫ばれていれば、『俺に言ったのか?』とばかりに彼女に注視するだろう。


 眞智子と美子が頭を抱えながら、さっと佐那美から離れる。

 そして、多くの人達は彼女がどちらに向いて声を掛けていたのか確認する。

 皆の視線がクリオに向けられた。

 テレビクルーも呆然と佐那美とクリオを交互を確認している。

 地端の親父さんはそっとクリオから離れ知らん顔をしている。


 ――ひでえ、酷すぎる。佐那美のお母さんが逃げた理由はこれか! 


 ただでさえ、人との接点を避ける彼女が注目を浴びるわけである。

 彼女は顔を一瞬で赤くさせ、汗がドクドク額から流れる。


 そして、『自分ではないですよ』アピールをするため、彼女も辺りを見回した。

 佐那美は大きく手を振ると、今度は僕の手をぎゅっと握り締め、僕を引きずるかのようにクリオに向かって走って行く。

 不特定多数の注視に耐える僕とクリオ。


 「ふぁっきゅうー、元気だった?」


 佐那美はテレビクルーを押しのけながらクリオにハグする。

 クリオは恥ずかしさの余り、今にも泣き出しそうである。


 僕はその場からそっと逃げだそうとする親父さんの行く手を阻み、

 「親父さん。あなたの娘なんだからなんとかしてよ…」

と釘を刺す。


 「あははは…やっぱり?」


 親父さんは引きつった笑みを浮かべながら佐那美に


 「げ、元気だったか?」


と声を掛けると佐那美はクリオを介抱し、今度は「パパ、久しぶり」と言って親父さんにハグをした。


 さすがの往年の大スターで芸能プロダクションの社長とはいえどはっちゃけた娘の暴走の巻き添えに手を震わせながら恥ずかしがっている。いい気味だ。


 ――注目の的が地端の親父に移った。よし今だ!


 僕はクリオに挨拶するより前にクリオの手を握り「クリオ、逃げるぞ!」と告げ、その場所から彼女を連れ出し、そのまま空港内人混みの中に逃げ込んだ。


 

 それからどれくらい逃げたのだろうか。


 

 ある程度その場から離れると、僕らに注視する人はいなくなった。

 走るのをやめると、クリオが乱暴に僕の手を振り払った。


 「誰? 助けてくれたのは感謝しているけど」


 クリオは一瞬、僕がレインである事に気がつかなかった。

 怪訝そうに僕を上から下に視線を往復させると、ようやく僕が誰なのか気がついた。


 そして…ゴン! と僕の股間に一蹴り。


 「あああああ…なにゆえに?」

 

 僕はこのあまりにもご無体な仕打ちに縮こまって恨めしく彼女を睨む。


 「当たり前でしょ! あれだけいっぱい連絡したのに無視した報いよ」


 「それは、佐那美から連絡あったでしょ? うちの妹が勝手に消したって」


 「しらないわよ。あのビッチは『神守君はあたしのものだから、あたし通してくれる』って言っていたわよ!」


 ――端折り過ぎで、本来の意味が異なっている。


 「ちがあう! 『うちの妹がブラコンでやばい人なので、日本のマネージャーの佐那美通して連絡してくれ』って佐那美に話したの!」


 クリオは「あぁ…そうなんだぁ」と納得して、僕の腰をコンコンと叩いた。

 こうするといくらか痛みが和らぐ。僕はこれで何度彼女からの無意識な金的蹴りから救われた――


 「レイ、私とこのまま逃げない? マジで佐那美の所に行きたくないんだけど」


 「そうも行かないだろ? 日本に来た本当の理由は映画『カントリーサイドストーリー』のプロモーションなんだろ?」


 そう、彼女のしばらくぶりの主演映画である。

 今まではレイン=カーディナルとダブル主演だったのだが、今回は彼女1人のみ。

 僕は日本にいるのでこちらには参加すらしていない。


 地端の親父から聞いた話によると、今回は大コケしたらしく日本で相当売り込まないと今後は単独での仕事がやばいらしい。


 そもそも単独での彼女の演技は下手だし、彼女がとんでもないトラブルを起こすから共演NGという役者も多い。


 「癪に障るけど…そうよ。これで私は引退ってところかしらね」


 彼女自体も諦めている。


 「だから、今回のプロモーションは私の最後の仕事になるかも…そう考えたら折角なんでレイのいる日本を楽しもうと思って長めに滞在する事になったの。でも、滞在先が地端社長のところでしょ、あの子いるわよね…スクリューってホント彼女の為にある様な言葉よ…」


 ちなみにスクリューも侮辱語である。全く『ふぁっきゅうー』と『スクリュー』で言いコンビである。むしろこの二人で『トラブルガールズ』という映画を作った方が売れるのではないか?


 ――さすがにダブル佐那美だと僕の寿命が確実に縮むので共演したくはない。


 「アンタが引退しなければ私だってこんな目に遭わないですんだのに…」


 恨めしい言葉で僕を卑屈に睨む。

 でも、それは誤解だ。ハッキリ言えないが、そもそも彼女にそういうセンスはない。


 弾丸すら避けるレインが、彼女のドジによって危機一髪になるところが醍醐味の一つだったからこそ、コメディ色で彼女がバーターになっているだけである。


「僕には僕の生き方があるさ。今は失った日常を取り戻すのが目標。取り戻したらまた一から次の目標を目指すだけだから」


 「んじゃ、またいつか一緒に映画出てよ」


 「それも目標の一つに加えるとするよ」


 僕はそう言って彼女を慰めようとしたが、彼女も美子同様に感情の起伏が激しい様で、僕の両頬を両掌で挟むとキスをしようとする――って?!


 ちょ、ちょっとそれやばいから、マジで!!


 僕が首を後ろに避けようとするが、思ったよりも力が強い。

 や、やばい!!

 あと1センチで僕の唇が彼女の唇に当たる。


 「レイ…良いよね…」


 ヤバイヤバイヤバイ!

 僕は咄嗟に目をつぶった。


 ――チュッ

 

 唇に何かが当たる…ああ、終わった…これただでは済まないよね――


人生が終わった…そう思ったとき、辞世の句じゃないが唇の感触を確かめて諦めることとした。

 だが唇が妙につるつるしているのがわかった。

 目を開けるとクリアファイルで僕とクリオが遮られており、遮った相手は意外な人物であった。


 「――ちょっと『ふぁっきゅうー』、何してくれているの?」


 佐那美である。明らかにご機嫌斜めで乱暴に僕を彼女から引き離した。

 これには後追いの眞智子と美子も驚いている。


 「役者同士のスキャンダル…シャレにならないんですけど」


 今までの佐那美とは違い、怒らせると怖いんだなと実感した。

 さすがのクリオも驚いているが…


 ――佐那美のその後の一言が酷かった。


 「これ、あたしの!」


 ここぞとばかりに僕に抱きつく佐那美。挙げ句にさっき止めに入ったキスを自分で実践しようとは…もちろん、クリオと眞智子、美子の強制執行でそれは未遂に終わった。

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