第2章 クリオの休日
第1話 いつもの日常
僕は神守礼。茨城にある市立中高一貫校工科院学校の1年生だ。
今でこそは普通の高校生であるが、中学の終わりまでアメリカで映画俳優をやっていた。
――レイン=カーディナル。
それが向こうの俳優名である
自分で言うのもなんだけど、その頃はそれなりに人気はあった。
そもそも、爺様の命で武道を極めるため武者修行にアメリカまで来ていたのだが、そこで路銀稼ぎに映画俳優のボディガードを引き受けたところ、どこをどう間違えたのかアクション俳優になってしまった経緯である。
もっとも今に思えば、俳優になったことで、当初の目的以上のものが得られたるので、それが武者修行だったのだと思うようにしている。
――僕が仕事を辞めた理由は、その爺様が死んでしまったこと。
それまで容認してきた両親も『いい加減帰ってきなさい』と言い出したし、とりあえず爺様との義理も果たしたことから、自分の人生を歩むことにした。
所属事務所の社長が支援してくれたこともあり、高校は今年の4月からなんとか入学することができた。
社長はうちの父親の友人であり、家族づきあいをしているので、事務所を退所せず、たまに映画の手伝いもしている。
社長には申し訳ないが、徐々にフェイドアウトしていくつもりである。
――さて、僕の自己紹介はこれ位にして…僕の一日を通して僕の仲間を紹介していきたいと思う。
基本的に僕の朝は早い――
朝、5時には起床し、軽いジョギングをすることにしている。
健康が全てだからね。
だが、たまに時間が狂うこともある…例えばこんな風に。
「…起きて、起きてよ…」
朝一番に雀のような可愛らしい声で目が覚める。
妹の『美子』である。僕の一つ下で同じ学校の中等部3年生。
髪の毛はいくらか茶色がかったふわふわのショートカールで、体型は全てに年齢標準的なかわいい系の女の子だ。
ひいき目無しで非常に可愛いとおもう。
彼女はパジャマ姿で僕の布団の上にまたがって、前後に揺すって僕を起こす。
「――おはよう…美子さん…」
「お兄ちゃんおはよう」
「…今、何時?」
「4時半だよ」
「…ちょっと早いかな…もう少し寝ていい?」
「ごめん、お願いがあるんだけど…ちょっとだけでいいから」
「…何でしょう」
僕は上半身を起こし、目を擦りながら彼女の話を聞く。
この子は血の繋がっている実の妹で、僕がらみで色々問題がある子なのだが、僕が中学時代ずっと構ってやれなかった負い目もある。兄として多少のわがままは聞いてあげたいと思う。
美子はモゾモゾしながら恥ずかしそうに話し始めた。
「――いやぁ、お兄ちゃんの夢見ちゃってさ…」
「ほうほう、夢の中で何かあったのかい?」
「うん…一線越えちゃったの」
「えっ?」
先ほどまでの僕は寝ぼけながら話をしていたと思う。だけど美子のこの言葉で一瞬で目が覚めた。
「後生なんだけど…」
彼女はそう言うと来ていたパジャマを脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと一発やらせてくれないかなぁ…」
もちろんこれは僕が言ったわけではない、妹の美子の要求である。
「きょ、兄妹でまずいでしょ…」
「大丈夫、だいじょーぶ。お兄ちゃんが黙ってくれればそれでいいから。ちょちょっと終わらせてお互いスッキリしたいでしょ?」
――もう一度言う、実の妹である。大事なのところなので2回言いました。
こんな状況下で彼女の事を説明するのも変だが、一応説明させてほしい。――
彼女の良いところは、可愛らしい外見とそのずば抜けた頭脳にある…こんな言動こそはしているが、これでも中等部どころか高等部を含めて全学年トップの成績の持ち主で、模試で県下1,2位を争う実力者である。
それに僕にとことん優しく尽くしてくれる。
反面、悪いところは…僕がらみだと理性がぶっ飛んでしまう事だ。
――彼女は何故か僕と結婚を夢見ており、そのためにはあらゆる障害を乗り越えるため物事を極めると公言している。
もちろん、可愛らしくしているのも、
『僕が可愛い彼女持ちであることをアピールする為のマーキング行為である』
と言っていた。
学業トップもその一環だそうで、彼女曰く
『それだけの実力があれば、妊娠や子供作って学校クビになっても、大学入学資格検定を取れればなんとかなる位にしか思っていない』
とのことだ。
――そんなのはまだ良い方である。彼女が一番問題なのは、『ヤンデレ』であること。
僕につきまとう女子はあらゆる手段を使ってまで排除すると公言している。
それに嫉妬も半端ではなく、自宅に居るので監禁こそはされていないが、いつも一緒に居ないと怒るし、女の子と話しているだけでも不機嫌になる。
さすがに僕に対して殴る蹴るの暴行はしないけど、
『万が一、他の女といかがわしい行為や結婚する位なら一緒に死のうね』
と脅されている。
実際、僕の同級生女子に得物を使って攻撃してくることすら厭わない。
…ていうか、何度もそんな光景を目の当たりにしている。
まぁ、攻撃されている子もクセのある女の子で、怯まず反撃している強者なんだけどね…
――話を戻そう。
こういう女の子だから、選択する言葉も慎重に選ばなければならない。――
「いや、さすがにどうかな…倫理的に」
自制を促す僕の言葉に、若干ムッとした表情になる美子。
「お兄ちゃん、倫理って誰が決めたの? 昔の人でとっくに死んじゃった人だよね? それに実の兄妹から生まれる子って特異な子が生まれるっていうけど、あくまでも確率の話であって、基本的にさほど変わりないって話よ」
――どこからそんな情報を集めてきたのか?
いや、そういう問題じゃない。
「イヤイヤイヤ、今はそういう気分ではないから」
とりあえず、そういう形でやんわりと断るが、美子はやめる気はないらしい。
「ホント、ホントだからちょちょっとお兄ちゃんのシンボル貸してくれればいいから、すぐ終わる、ちょっと。ほんのちょっとでいいから」
美子はハアハア呼吸を荒げながら、自分の下着に手を掛けた。
「で、でも…お兄ちゃんのシンボルは…拒んでないんじゃないのかしら。朝の生理現象もあることだし…」
妹がエロ漫画のヒロイン化としている
いや、これはこれで正直生殺しだ。確かに美子は可愛い。血が繋がっていなかったらそう…しちゃうかもしれない。でも、僕は実兄である。ここは自分や彼女に対して心を鬼にして拒まなければ人生が終わる気がする。
だからといって、ヤンデレ化する言動は以ての外だし、キツく言って彼女の心を傷つけたくはない…
――こうなったら彼女の天敵に出動願うしかない。
「おかーさーん!」
僕は母に助けを求めることにした。
彼女が暴走したときにはこれが一番手っ取り早く、彼女の心を傷つけない方法である。
「おかーさーん、美子が…モゴォ!」
美子は慌てて僕の口を塞ぐ。
「(シーーーーーッ! なんで声出すのよ! 聞こえたらどうするのよ)」
美子は小声で文句を言い、声を潜め辺りの音を確認する。
異常がなさそうと判断したのか、ほっと安堵のため息を漏らし再び下着を脱ぎ始めた。
「あのクソババアに見つかったらまた私ぶっ飛ばされちゃうじゃない…さてお兄ちゃん、私と一緒にスッキリしましょうね…」
真っ裸の美子の呼吸がさらに荒くなる。僕の布団を剥ぎ取ろうとしたとき…
バタン!僕の部屋のドアが豪快に開く。
「なにしとるんじゃ、この近親相姦娘が!」
母の『美和子』である。
彼女は美子の唯一の天敵であり、彼女がどんなことをしても勝てない強者である。
仮に美子が得物を持ち出したとしても、美子が攻撃に入る前にはすでに美子が轟沈している状況である。
つまり、得物があろうがなかろうが、美子が暴走したときは、結果として美子の『処刑』が確定されるのである。
その彼女はそのまま美子を抱き上げるとバックブリーカーで轟沈させた。美子は「ギブギブ…」と叫びながら母の背中を叩くが、泡吹くまで技を解くことはなかった。
――ていうか、真っ裸の美子の股や胸が丸出しなんですけど?!
この一件で今日は…ランニングする気が失せてしまった。
ありがとう母トラマン。まあ、身体的には…であるが――これで彼女の心は傷つかないで済んだ! 僕は引きずられていく美子を見送りながら惰眠を貪るとしよう。
そして、朝食――
うちでは朝6時に皆で食べる事となっている。
「おはようございます」
僕は朝一で新聞を広げていた父親『礼治』に挨拶をする。
「おはよう」
お父さんはそう言いながら新聞の新車チラシを見つけ出しジッと眺めている。
お父さんは警察官である。真面目な人だけど、ちょっとやり過ぎちゃう人で…この前、暴走族轢いて署長さんにエラく怒られたそうだ。
「母さん。これ、いいとおもわないか?」
お父さんはクルマのチラシを見ると必ずお母さんにその話をする。
「ハイハイ、署長さんから武器買い与えないでくださいって言われてますから」
台所でおかずの盛り付けをしている母からピシッと断られた。
多分、署長さんからそんなことは言われていないと思う。これは母の口実でしょう。
母からそう言われると「チェッ…」と言ってその日のチラシを畳んで片付けた。
「あれは、あのクソ坊主がパトカーの下に入ってきたからなんだけどなぁ…」
――いやいや、そういう理屈を言うのはまずいぞ、お父さん。
そんな馬鹿話をしていたら美子が降りてきた。
「ちょっと、ママ。まだ私が首痛いんだけど」
彼女は首を掌で抑えながら、台所に入っていく。
「そりゃ、アンタがお兄ちゃんレイプしようとしたからでしょ?」
「いつかそうなるんだからちょっとぐらい大目に見てよ」
――さっき処刑されたばっかりなのに、懲りもせず平然とレイプ宣言ですか。
酷い妹である。
彼女は悪びれる事なくそう言うと昨日の残りの煮物をつまみ食いした。
「うん、あと醤油1滴が欲しいところね」
美子は結構グルメだ。そして作る料理も母さんよりもうまい。
「うるさいわね。自分で作ればいいでしょ。ほらさっさとおかすこたつの上に持って行きなさい」
「ちぇっ…」
――僕がらみではなければ、特に問題ないんだけどなぁ…
そして皆揃って食事を済ますと、いよいよ登校することになる――
美子と僕は同じ学校なので一緒に行くのだが、途中で必ず同じクラスの小野乃眞智子と会う。美子は機嫌悪そうに僕の腕にがっしりと絡みついてくるが、眞智子と一緒に登校するのは別に反対はしていない。
――それには理由がある。
彼女は誰もが振り返ってしまう容姿端麗スタイル抜群の黒髪ロングのお嬢様キャラなのだが…
「あっ、まち姉!おはようございます!!」
「まち姉、オザース!!」
バリバリのヤンキーが眞智子の前では気をつけして礼儀正しくお辞儀していく。
「はい、おはよう!今日も元気が良いですね!」
にこやかに挨拶している眞智子。でもその反面…
「…おい、誰の断りもなく色目使ってジロジロ見てるんだ。あ゛あん?」
僕をじっと見ていた女子高生に対して直ぐさま般若の顔して啖呵を切るありさま。
――この眞智子は元ヤンである。
「眞智子さん、そんなに目をギラギラさせないで」
「いや、火の粉は小さいうちに払いのけた方がいいから」
「全くよ、全く――」
美子が反対しない理由はこれである。
自分で威嚇しなくても眞智子の場合は存在自体が威嚇であり、勝手に相手が諦めてくれるからその威を利用しているのである。
彼女も僕に気があると公言しており、それは美子も知っている。
ただ、眞智子は元ヤンの割には気配り上手で、美子が母を除き最も苦手とするタイプである。
例えば、一緒の登下校をヤンデレ美子が黙認している事を良いように利用して、僕に近づいている訳だから、美子にしても突っかかりにくい等…である。
正直言うと、美子がああいう状況でなければ、逆に僕の方が付き合いたい位である。
――ただし、僕はビビリである。
眞智子は怒らせると怖いし、美子は…あれ、完全にヤンデレである。
眞智子の現役ヤンキーが裸足で逃げていくような啖呵もさることながら、美子は彼女を見ても動じることなく言いたい放題。
終いにはぶち切れた美子が得物を振り回し、僕と眞智子で取り押さえるのが、いつもの日課となっている。
そして、美子と眞智子の喧嘩も毎日のお約束となっている。
「眞智子、あんたいい加減にうちの兄さんから離れないと刺しころ○ぞ! クソヤンキー」
「大丈夫、うちには小野乃医院がついているだから、安心して返り討ちにしてやるからよ」
ちなみに小野乃医院とは眞智子の自宅である。そこの医師
話を戻すが…なにげに恐ろしい事を言っているなぁ…こう言う時に止めると余計火に油を注ぐ結果になるので気の済むまで言い合いさせておく、これもお約束になっている。
さて、教室に到着――
教室内では友達の池田正勝、通称マサやんと彼女の琴美ちゃんが他愛のないことで遊んでいる事が多い。
彼女は1年下の中学3年。美子と同学年だがちょっとやんちゃで、事ある毎にうちの教室にきては池田と遊んでいる。
しかしマサやんはチャラいが基本真面目なので、授業の時間は彼女をクラスに帰す。けして授業を抜け出したりはしない。
琴美ちゃんもマサやんのいいつけはきっちり守っているようだ。
そういえば眞智子に関しても授業をサボったり教師に楯突いたりはしない。
彼女も基本真面目な性格だ。それにうちのクラスの学級委員長である。
学力も元ヤンなのに学年1位の秀才である。
それでも授業中、彼女が激怒する事がある…それは…授業中にやってくる彼女のことである。
ガラララ――
教室の後ろのドアが大きな音を立てて開いた。
そして、何故か1970年代の青春ドラマ楽曲が聞こえる。
右手を前に差し出しピキンとポーズを決める女子が乱入してきた。
授業中の先生は顔を青くして両手で頭を抱えた。
「そうよ、これこそが青春なのよ!」
――何が青春なのかわかりませんが、さっさと帰って下さい…
彼女はまるで授業中に演劇をするかのように語り始める。
「世の中、性が乱れている、おかしいと思わない?○田先生は言ったわ。迷ったら海岸を走ろうと!神守君是非、夕日に向かって走らない!!」
――おいおいおい、何故そこで僕の名前を出すか?
このちょっとかわいそうな女の子は地端佐那美。同学年隣のクラスの有名人である。
この子は僕が所属している地端プロダクションの社長の娘。
ポニーテールでスレンダーな和服が似合う女の子で、学校では1,2を争う位の美少女である。
黙っていれば、彼女に一目惚れしてしまいそうだ。
でも、神様は時に残酷である。
彼女はその出で立ちとは異なり、頭の方はかなりぶっ飛んでいる実に可哀想な女子である。
言動は滅茶苦茶でその上、周りの連中が被害に被るのは間違いなし。
――今も、僕が公開処刑に引きずられようとしている。
「おーい、佐那美さんやぁ…宿題忘れたからって人を巻きこんで逃走しようとするのはやめてくれないか?」
「大丈夫よ、今の世代がダメならば次世代で頑張ればいいのよ。私と神守君が子供を作って、その子がしっかりやればいいのよ。作りましょ、今すぐに! 少子化対策にもなるわ!」
――無茶苦茶である。
「……あなた、性が乱れているって言ってこの部屋入ってきたよね?」
「興味本位でやらなければ良いのよ! ちゃんとした目的があれば仕方がないわ」
――聞く耳持たない。そこで眞智子さんの出番である。
眞智子さんは挙手したのち、「先生、授業を邪魔する輩の排除を実施します」と断りを告げると佐那美の額にアイアンクローをかましそのまま出口へと引きずり出す。
「眞智子、い、痛い…」
「うるさい! お前の場合は性格が乱れているから人のクラスに入って授業を邪魔する…これは万死に値する! 死○やボケ!」
眞智子はそのまま廊下に放り投げ、そのまま廊下に出て行く。
そして扉を閉めると、バッチンバッチンと何かを殴る音が聞こえる。
それが10秒ぐらいしたあと、ドアを開け眞智子が戻ってきた。
眞智子の拳には血が滴っており、鬼のような形相をしている。
廊下の向こうは横たわる佐那美。何故か制服が赤く染まっている。
眞智子は何もなかったかのように扉を閉めると、自分の席に戻り血が付いた手で挙手をして
「先生、佐那美さんが納得して戻りましたので授業をすすめてください」
と解決を宣言した。
――納得?! って何? 強制排除・実力行使の間違いでは?
だが、この日の放課後、佐那美は
「へへへっ、宿題忘れて逃げて先生に怒られちゃった」
とけろっとした表情でまた僕らの教室でやってきて、ブチ回された眞智子に平然と話している。
それにしても、美子や佐那美はよくそれぞれの天敵にボコボコにされるわけであるが、あれだけやられてもキズ一つなくけろっとしているのには驚かされる。
まあ、こんな感じで一日が過ぎていくのだが、今回はいつもとは違った――
佐那美が「あっそうだ」と何かを思い出しスマホを僕らの前に差し出す。
佐那美の携帯の画面は僕が演じているレイン=カーディナルの映画ポスターが待ち受けになっており、彼女はSNSアプリを開き自分の父親のメッセージを見せる。
――近いうちにクリオを連れて日本にいくから。
礼君にも伝えておいて。
追伸
クリオから『礼君の携帯に何度もメールしたけど返事がない』って騒いでいた。その辺フォローよろしく――
――そう記されていた。
眞智子が「クリオって誰?」と恐ろしい表情で僕をジッとみているが、彼女も知っている人だ。それは佐那美が説明してくれるだろう。
だが、彼女の回答は大変酷いものだった。
「『ふぁっきゅうー』のことよ」
――期待した僕が馬鹿だった。仕方がないので僕が説明する。
「サンディ=クリストファーのこと。そういえば近々に遊びに来るってメール寄こしてきたっけ…」
彼女、『サンディ=クリストファー』は僕の映画俳優仲間である。
本名は『クリオ=L=バトラックス』、プライベートではクリオというように本人から強く要望されているので、基本そちらで呼んでいる。
歳は僕らと同じ。性格は天然で地雷系…ある意味アメリカ版の佐那美というところ。
日常会話は英語であるのはいうまでもないが、僕と話するときは必ず日本語だ。目を瞑ってしまえば日本人と間違えるくらい流暢である。
基本的に1人でいることが多く、他人との交流がない。そのくせ仲良くなるとやたら一緒にいたがるちょっと…いやかなり病んでる女の子である。
同じヤンデレでも美子が『殺○鬼系』に対して彼女は『メンタル系』であり系統が異なる。
「あ、礼君が以前言っていた『ピザンディ』のことか」
『ピザンディ』というのはサンディーのあだ名であり、映画の撮影中ピザで口をやけどして台詞が回せなくなくなり、監督に怒られたときに僕が名付けてあげた。
事ある毎にその名前で呼んでいたらそれが定着してしまった。
このあだ名のおかげで周りとの付き合いが円満になったのだが、本人はご不満な様で『責任取りなさいよ!』と何かにつけ僕に文句を言ってくる。
「あの子か…日米の佐那美が勢揃いってところかしらね…で、礼君さぁ~『遊びに来るってメール寄こしてきたっけ』じゃないくて、それなりの返事してあげたの? たしか面倒な子なんでしょ? 美子の様に」
眞智子は直接の接点はないが、僕が出る映画の中で共演している彼女の様子や、僕が実際の彼女の事を話し聞かせているので、なんとなく人物像を理解している。
ただ、なぜ僕が彼女に連絡しなかったのか、それには理由がある。
「いや、横にいた美子が容赦なくメール消された…」
実際にその姿は怖かった…『アメリカ版佐那美○ね』と呟きながら、ガンガン送られてくるメールをその都度消して行く美子。送る方にも恐怖を感じるし、それを消しまくる美子にも恐怖を感じた。たしか1時間くらいそれが続いた。
「…あっ、美子がらみか、それは無理な話よね」
眞智子はお気の毒と言わんばかりにそれ以上はその話に触れなかった。
「ところで、『ふぁっきゅうー』神守君ちに泊まりたかったみたいよ」
ちなみに佐那美はクリオのことを『ふぁっきゅうー』と呼んでいるが、これは喧嘩したわけでもなく、ただ『響きがかわいいし、そう呼んであげた方が良い』という理由でそう呼んでいるそうだ。
クリオにしてみれば良い迷惑である。これってアメリカではピーって入るほど下品な言葉である。
「あっ、そいつは美子がぶち切れるわけだ…私もちょっとカチンと来た」
「あっ大丈夫、『ふぁっきゅうー』はうちで泊めるから。神守君の家だったらあたしが泊まりに行きたいくらいだもの」
「だったら、私らで美子の部屋に泊まりに行くか? どうせ美子の奴、礼君襲う頭しかないだろうからみんなで邪魔しようぜ!」
「いいわね、美子に連絡する?」
僕の都合お構いなく勝手に話を進めていく女子。
――ところでクリオの話はどうなった?
「今日も美子の奴、美和子さんに処刑されたんだって?」
――なんで眞智子が知っているんだ?
「あさ、美和子さんに聞いたよ」
――おぉ、母よ。頼むから美子の恥ずかしい話をしないでおくれ!
それからすぐに僕のスマホに電話が掛かる。美子からである。
出なくともなんとなく分かるのだが、出ないと彼女の場合は命に関わる事なので、3コール以内に電話を受けることにしている。
「ちょっと、お兄ちゃん聞いてくれる、佐那美と眞智子がうちに遊びに行きたいってメール寄越してきたんだけど、何か聞いている?」
「横にいるけど代わるか?」
「やっぱり、そうなんだぁ…何で私の部屋になるの? 片付けなきゃならないじゃない!」
「僕の部屋ではまずいでしょ?」
「当たり前でしょ! そんで朝の処刑話はしなかったでしょ!」
「僕はしていないけど…既に周知の事実になっています…」
「はぁ?! あのクソババア!」
美子の金切り声が愛らしい。
「そういえば佐那美さんから聞いたけど、クリオ…サンディ=クリストファーが彼女んちに行くそうだ。メール返信しなかった件、釈明求めたいってさ」
「じゃあこう言えばいいじゃん。『うちには頭のおかしい妹がいるから日本のマネージャーである佐那美とおして下さい』ってこれで一発解決でしょ」
――あっ、それは気がつかなかった。
それにしても自覚はあったんだ…と感心していると『その辺じっくり聞かせてもらおうかしら』なんて尋問が始まるだろうから、彼女のアドバイスを素直に受けることとした。
しかも、佐那美経由であれば、ややこしい話はすべてとんちんかんな回答するだろうから、クリオも要件のみしか伝えてこなくなるはずである。正直クリオの病んでるメールはちょっと…困る。
「それと、馬鹿佐那美に聞いてくれる? いつ来るって。私、ちょっと今家に帰って掃除するから」
そういって美子の電話が切れた。
でも、なんで佐那美なんだ? なんで今すぐ掃除するんだ?
そう思っていたらすぐに理由がわかった。
「いつ来るの…って美子が聞いているけど?」
念のため佐那美だけとはいわず眞智子にも尋ねてみる。
「そうね…週末あたりどうかしら? 一応、美和子さんにも一言言っておいた方が良いと思うし」
眞智子は常識的な回答したのに対して――
「んじゃ、今日行かない?」
佐那美の奴、こちらの都合考えなく速攻答えた。
――なる程、だから美子が慌てていたわけだ。
「ちょ、ちょっとお前、気が早すぎだろ?向こうの親御さんに迷惑掛かるだろうし…」
「大丈夫よ、どうせ結婚しちゃえば関係ないだろうし」
――あっ、これはうちの親や眞智子、美子が一番カチンとくる強引なやり方である。
「ふざけんじゃねえぞ! こいつは私の! 喧嘩売っているのかコラ!」
「おぉ、ヤンキーが吠えている…おぉ、恐っ! 神守君、こんなヤンキー女絶対やめておいた方が良いよ」
さすが佐那美、人を一発で怒らせるのは天才だ!
黙っていれば誰もが惚れてしまう大和撫子の女子なのに理性がぶっ飛んでいるだけあって非常に残念な女の子である。
当然、気が短い人も困るけど、それ以上にこんな理性がぶっ飛んだ女は絶対やめておいた方が良いと思った。
「ハイハイ、佐那美さん。ちょっと皆の意見を聞きましょう。出来れば僕も金曜日あたりがいいんですけど」
「あっ、大丈夫よ。美子の部屋だから」
「そうじゃなくて…」
こんな話をして約20分、眞智子の提案した『オールナイトで女子会』という鬼畜な案で佐那美がようやく折れた。
――これはこれで、美子に怒られそうである。
ところで、クリオの件はどうなったかって?
さすがはアメリカ版佐那美だけあって、次の土曜日のお昼に成田に来るという、彼女も佐那美同様に強行スケジュールで来日すると佐那美のスマホに連絡が入り、佐那美の提案で、徹夜明けで皆してそのまま成田にお迎えすることになった。
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