神守君とゆかいなヤンデレ娘達
田布施 月雄
第1章 お願いだから喧嘩しないで!
第1話 だからお願い、喧嘩しないで!
「はーい、みんな迷惑千万極まりのは理解しているけど、お上からのお達しですので渋々学級会を開きますかんね~ぇ」
学級委員長の
「はいそこ! 何が悲しくて放課後残されてこんな馬鹿馬鹿しい会議をさせられてんだってぼやかない」
眞智子は誰も文句言っていないのに、自分の文句を皆の意見として言いたい放題言い始めている。
本来それを諫めるのが副委員長兼書記……の僕であるが今回ばかりはどうも止める気がしない。
僕らは茨城県筑浦市所在の市立工科院中等高等学校の1年生だ。
まずは僕から自己紹介したいと思う。僕の名前は
この前までアメリカでアルバイトしていた、ちょっと訳ありの帰国子女だ。
それというのも、向こうで色々やらかしてしまい、しばらくはアメリカに行けないという意味だ。
もちろん犯罪やテロみたいな非人道的な事はリアルではしていない。
それに、やらかした一つに僕のルックスがあると思う。自分で言うのもなんだけど、ルックスと背丈はそこらの俳優さんには負けていないと自負している。別に向こうで女性を取っ替え引っ替えしていた訳ではないが、綺麗な女性に言い寄られる事もしばしばあった。
――そういうのも積み重なって日本に逃げ帰ってきたのだ。
次に紹介するのは、このクラスを取り仕切る彼女は
一見すると長い黒髪を束ねたいいところのお嬢様で、スタイルは日本人にしては良いと思う。
とても一途でかわいい女の子である。
ただ、彼女は伝説の……キレるとマジ怖い。
僕と彼女との関係は、今は『非常に仲が良い』とだけと言っておく。
正直、付き合いたい気持ちもない訳ではない。だがその先は僕自体がどうしても踏み込めない。一言でいうと、僕がヘタレだからという事で構わない。
色々あるのだ…………ホント、色々ね。
――さて、話を戻すよ。
僕らが通う学校は市立の中高一貫校で、その割には余所と比べても自由奔放であるので人気も高い。
それ故に文化祭もおおらかに行われるハズだったのだ……
本来、うちの学校の文化祭は『みんなが楽しく』というスローガンが掲げられ、催し物を出して楽しみたい『企画側』とその催し物を見て食べて楽しみたい『参加側』を自由に選択できる伝統を受け継いでいると先輩方から聞いていた。
もちろん、今年もそうなるはずだった――
それが反故にされたのは、昨日の文化祭実行委員会会議である。
その日は、うちのクラス代表として眞智子と僕が出席したのだが、隣のクラスの代表である
「何が自主性よ。結局そんな事だからロクな催し物がないんじゃないの! その間、学校サボったり、行き過ぎだ男女交際になったりと青春性が全く感じられない堕落した文化祭じゃないの。私達は3回しか味わうことができないのよ! どうせなら文化祭を思い出の青春の1ページに付け加える気持ちでやりませんか!」
と一年生のなのに熱く演説されてしまい、結局その意見に賛同した『企画側』の圧倒的多数で全クラス催しものをすることになった。
――って言うか、文化祭実行委員ってそのほとんどが『企画側』の人間でしょ?
佐那美のことだから、その辺全く計算に入れていないのだろうけど、佐那美の企画・実行能力及びカリスマ性は、それを本能的に感じて絶妙なタイミングと心揺する言葉で自分の思ったとおり結果を生み出す。
もはや天然系の天才的なプロデューサーといっても過言ではない。
彼女の熱弁のせいで、僕らはやりたくもないクラス演劇や映画、喫茶店、お化け屋敷などの出し物を出すハメになった。
眞智子はそれに対して強烈に不満を漏らしており、
「恨むんだったら佐那美のバカを恨め!」
と誰もそこまでブーイングしていないのに勝手に話を進めている。
「そんで、挙手を求めるからね。佐那美をこ○す人!または殴る人!」
コラコラ、そんな物騒な会議を進めないで欲しい。
「あのぉ、眞智子さん?」
僕は慌てて、彼女の合議を遮る様に口を挟む。
「何よ。まさか礼君まで佐那美の味方するんじゃないでしょうね……」
白目で僕を見る眞智子。かわいいんだけど……この人ちょっと怖い。
「佐那美をやっつけたって、クラスの出し物がなくなるわけじゃないから」
「だって頭来るじゃん!」
「それを言わないのがいい女でしょ?」
僕は眞智子がいつも使っているワードで彼女を制したところ「……んじゃ、副委員長がそう言うんで渋々会議に入りまーす」と納得してようやく議題に移った。
「んじゃ、話を戻すね。実際、何やりたい?」
彼女に議題を振っておいてなんだが、確かにやりたいものはない。
それはみんな同じ。一同、下向いて誰かの発言を待っている。
次第に苛つく眞智子。
「んじゃあ、暴漢対策教養してあげるわよ。とりあえず『実践』で撃退方法を骨身の随まで教えてあげる」
――おい、それって『実戦』の間違えじゃないのか?
そりゃ、そうだよなぁ。眞智子さん、小学校時代空手のチャンピオンになった事もあるし、ついこの前まで白い特攻……いや、学ランきて何か大工さんが使っている何かが打ち込まれているバット片手に街を闊歩していたもんあぁ。
暴漢対策って暴漢を撃退するんだろ?
あの人のことだから間違えなくボコボコにして警察に引き渡すことも想定しているよなぁ。仮に素手だとしても誰も殴られたくないもんなぁ……
眞智子の
――気の毒に。仕方がないので、僕も委員としての役割を果たすとするか。
「それじゃ、僕が指名するよ。ほい、池田くん」
「だったら、メイド喫茶なんてよくね?」
勇気ある記念すべき第一声が、それである。
彼女の恫喝の後に『いい案出せ』って言うのが無理なんだけど、この際だからしかたがない。
さて、問題は『誰』が『どんな格好をする』かだ。
僕が黒板にメイド喫茶と書こうとすると、眞智子は
「それを私に……やれと――」
と無表情のまま、挙手したマサやんこと
「いや、俺ら男にきまってっぺよ。今時、女子のメイドなんてつまんなくない?」
彼はあっけらかんと語った。
マサやんはけしてオカマや女装趣味系ではないのだが、こいつはおもしろければ何だってするクラスの人気者だ。
当然、クラス中が爆笑。
「賛成、それが良いと思います」
「それじゃあ、私達は男装か調理専門って言うのはどう?」
女子がソレにしようと活気立つ。
……ていうか、それって僕も女装するのか?!
これがウケたのか、他に妙案がなかったのか皆はそれで納得した様で他に挙手した人は一斉にその手を下に降ろしてしまった。
正直やりたくないが、他に選択肢がない以上それで手を打つとしようか。
僕はそれを採決に入ろうとしたが、僕以上に露骨に反対のやつもいるわけで……
「……はい、気色悪いの想像してしまいました。よって委員長権限で却下です」
彼女はマサやんの顔をじろりと見て吐きそうなリアクションをする。
これにはクラス中、さらに大爆笑。
「あっ、おまえ何想像してんだよ。俺だって化粧すれば――」
「――ハイ、あとは意見ありませんか?」
眞智子はマサやんを軽く流し、勝手に話を進めた。
「屋台」
「お化け屋敷」
「音楽会」
「合唱」
「――合コン」
「誰だ! 今、合コンって言ったの。マサ、テメエか!」
――と意見は続くが、いまいち乗る気になれないものばかりである。もちろん彼女もそう思っているようで、再び彼女は僕の顔を見て『しょうがないなぁ……私提案して良い?』と言わんばかりに僕に無言で尋ねる。
「眞智子さん? 何か言いたげですが――発言しますか?」
眞智子は「あぁ……ちょっとまって!」と左手の掌で額を支え右手で僕を制止する。何か言おうか言うまいかもじもじしながらためらっている。
「笑らわない?」
「大丈夫です、誰も笑いません」
――笑ったら殺されます。
皆も一応……いや、かなり必死に頭を前後に振って僕に同調する。
「いやぁ……こういうときって定番は演劇がいいかなって思うのよ。ストーリーは作るのも良し、どこかのゲームか小説を拝借するのも良し――で」
ここまでは確かに定番である。「ジャンルは?」と彼女に確認すると眞智子は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに小声でささやいた。
「ごにょごにょ――もの」
何を言ったんだ、あの人?でも基本真面目なので高校生が表現できないようなものは言ってこないだろう。
僕がもう一度確認すると彼女は顔を真っ赤にして
「だ・か・ら! 恋愛もの!」
と半分やけくそになった感じで答えた。
…………おいおいおい、伝説の元ヤンが恋愛物け?! そうきたか。
そう思っているのは僕だけじゃないはずだ。だってみんなも一斉に下を向き必死で両手で口を押さえているから。
だが、そこで「ぶははははは!」と吹き出し大爆笑している奴がいる。
――やっぱり、マサやんだった。
眞智子は俯きながら無言で黒板消しを手にするとマサやんの顔目掛けぶちかまし、トドメに「おまえ、本当に○すぞ」と死んだ魚の目で睨み付けた。
鼻血を出して気を失っているマサやん、ご愁傷様。
みんなも『明日は我が身』と思ったのか無言まま下を向いてしまった。
しょうがない、僕は挙手し自分の意見を述べる事にする。
「眞智子さん、発言してもいいか?」
「あっ、はい礼君。お願いします」
「それもいいけど、本番までずっと舞台準備や練習にとっ掛からないと。そうすると、当日お疲れ様モードで文化祭を迎えることになっちゃうじゃないかな」
「……そっかぁ。それは考えてなかった。じゃあダメかぁ」
眞智子は大きくため息をつくと、もの凄くがっかりした表情で僕を見つめた。
おいおいおい、その目死んだ魚のような目はやめてくれよ。意見しただけなんだから。
「だっ、だったら、演劇の舞台を映画にしない? これなら当日はそんなにスタッフはいらないし、遊べるわけだし」
僕は咄嗟にアルバイト上の経験で彼女に救いの手を差し伸べた。
まあ、僕のアルバイトの話は後にするとして――
「あっ、それいい! じゃあ意見がなければそれでいいかしら」
眞智子がやっと息を吹き返す。
「それなら映画の途中途中に分岐点を作って、サイコロによって結果ががらりと変わるのなんて面白くね?」
鼻血を出しながら、今度はまともな提案をするマサやん。
なるほど、映画版のアドベンチャーゲームか。これは面白そうだ。
もちろん他に意見もないし、みんな当日の負担が少ないということでクラス全員賛成となり、その案がクラス催し物に決まった。
――だが、数日後。
制作過程で問題が発生、緊急学級会でその部分を含め試写会をする事となった。
クラスでの前評判が良かった割には、クラスメイトひとりひとりが
「……もう見たくない――」
とエチケット袋を抱えクラスから出て行く姿を見て、僕は愕然となった。
おかしい……なんでこうなったのか。
僕は呆然と、問題を起こした当事者に目を向けるも、彼女らは僕の視線に気づくことはなく、うっすらと笑みを浮かべながら呟いていた。
「……どうせなら、本当にそうなっちゃえばよかったのに――」
「……全くそのとおりよね――」
「……あたしと神守君除く全員皆ざまーみろ――」
フフフと不気味に笑う死んだ魚の目をした3人。
そして、スタッフであるマサやん以下3名がゲロ袋を抱えて唸っている。
――最悪だ……
画面の向こうでは血まみれになった僕が絶叫をあげている恋愛映画が映し出されていた。
どうしてこうなったのか、これからその顛末を語る事としよう。
――さて、話を戻そう。
その日のうちに映画の実行委員に選ばれたマサやんと学級委員長、副委員長の眞智子と僕が放課後残って打ち合わせをしていた時のことだ。
「眞智子さん、恋愛ものって言っていたけど主演は誰にするの?」
僕は眞智子に尋ねるが、彼女は頬を赤らめたまま下を向いてなかなか言い出せないでいる。困ったもんだ――そうおもっているとマサやんが「だったら、俺と神っちで変態恋愛ものでもやるか?」と眞智子をからかうかのように横やりを入れた。ちなみに神っちとは僕のこと。
眞智子がギロリとマサやんを睨む。
「そう怒るなよ。つまり、おまえがヒロインで神っちとやりたいんだろ?」
眞智子が顔を真っ赤にして何か抗議しようとばかりにマサやんの胸ぐらを掴む。
本来ならばここは『喜んで!』というところであるが――僕も眞智子好きだけどあまり正直過ぎる対応はして勘弁してほしい。
――だって僕の命に関わる事だから。
「なっななななっ!」
顔を真っ赤にして動揺する眞智子に対して、さらに悪意のある笑みを浮かべ畳みかけるマサやん。
「小野乃、正直な奴だなぁ。だったらクラスを代表して主役を押しつけられたってことでいいだろ」
悪意のある笑みの割にはまともな意見だ。
この案には眞智子もコクリとうなずく。
「そ、それじゃあ仕方ないわね私と礼君は……ク、クラス委員だもんねぇ――そ、それじゃあしょうがない、うんしょうがないなぁ」
「俺は面白ければいいからな! 良かったな神っち!」
マサやんはゲラゲラ笑いながら僕の背中をバンと叩いた。何、悪意の笑みの意味って、ターゲットは僕っていうことなのか?
こうして、まんまと主役級が決められた。
確かに僕と眞智子はクラス委員だから、それを理由にすれば十分説得力はある。
ちなみに、僕の意見もあったのだが――どうせ却下されるに決まっているので、言うのはやめておこう。
――とまあ、こんな感じで話が進んだのだが、構想を練るにつれ恋愛にも色々あることに気づいた。眞智子の意見としては学園ものを作りたい様であるが……
「何かみんなをあっと驚かすアクシデントっていうか、イベントみたいなのがあるといいな。神っちもそう思うだろ?」
「あっと驚くイベント?」
僕は何かないかと頭をひねったが、特に思いつくことはない。
すると眞智子が何かを思いついた様で、耳たぶを真っ赤に染め上げそろりと手を挙げた。
「じゃ、じゃあ……きっ、き……き――」
眞智子が何か言いたげなようだが、口にするのが恥ずかしいらしい。
「おさるさん?」
マサやんがからかう。
眞智子は何もなかったようにマサやんにげんこつを落とすと「き……き……き」と連呼し続けた。
「あ、小野乃の言いたいことはわかった。お前とキスしたいんだって!」
「――――――!」
眞智子の顔が赤くなり顔から湯気があがった。
逆に僕は顔色が青くなり凍り付く。
……いや、それはまずいでしょ?!
さすがの僕でも次の言葉が出てくるまで10秒近くかかった。
「ま、眞智子さん、そりゃまずいでしょ!それやったら僕ら色々とやばい」
僕はこれから起こりうる最大のトラブルを想像し、自分らの身を心配した。
これバレたら、僕は半殺しじゃすまないだろう。僕も後で知ることになる哀愁漂う音楽が流れるパソコンソフトに二の舞になることだろう。
マサやんが呟く「ナイスボート」という謎の言葉が恐怖心を一層煽り立てた。
僕、さっきから色々とおびえているけど、情けないことに人間関係に色々問題を抱えているのだ。
まあマサやんがぶん殴られるのは予想できたとしても「――――あの、まだ諸問題が片づいていないので勘弁してください」と丁重に辞退するしかあるまい。
「……じゃあどうすればいいの」
眞智子はすこしムッとした表情で僕たちを睨む。
その時、マサやんがとんでもない提案をした。
「あぁ。それで思い出したけど、神っちがびびっているもう一人の女がそういうの詳しい奴よな。しかもそいつの弟も映像クリエイターの見習いだってさ。そいつらの力借りれば凄い映画できるんじゃないの」
問題娘の佐那美である。先ほど行われ、後にクラスで語り継がれていく『眞智子主催地獄の学級会』でやり玉にあがった地端佐那美である。
確かに、佐那美の力借りれば、皆が驚くものができるだろう。
佐那美は僕のアルバイト先の社長の娘であり、『本当にあの社長の子?』と疑うほど凄く可愛い女の子である。
一見すると黒髪のポニーテールの大正時代をイメージした大和撫子であり、ハッキリ言って下手なアイドル何かよりもずっと上である。まあ眞智子がお嬢様とすれば彼女は活発的な親しみやすい子と対極的な位置に属する。
彼女もどういうわけか僕に好意を寄せている女性ではあるが――ただ、残念な事に彼女もアレな人である。
僕らの身の保身を考えるとすれば、彼女を何らかに関わらせた方が保険が効く。
これはいい案だと掌をポンと叩いたが、眞智子は納得しなかった。
彼女としては対局の天敵である。
「ダメ、絶対にダメ! タダでさえこの件で頭来ているのに、今彼女の顔をみたらグウでぶん殴っちゃうかもしれない。それに地雷原を裸足で駆けていく様なキチ○イ女よ。そんなのにうちのクラスの映画を頼むなんて。ダメダメ、絶対に拒否!」
そう言いながら僕の拳を握りしめ必死に顔を横に振った。
これもダメか――そう諦めかけた時って、必ずそういう子が現れるのよね。
突然、ガラっと教室の後ろの扉が開けられた。
しかも、なぜか1970年代に流行った青春ものの音楽が流れている。
「神守君、聞いたわよ!」
そう、彼女が地雷原の地端佐那美である。そして僕の脇で必死で反対していた眞智子が深いため息をつきながら頭を抱えた。
「そうよ、これこそが青春よ!」
佐那美はオーバーなリアクションで僕を指さすと彼女は僕に飛びついてきた。
「演出は私に任せておいて!」
青春馬鹿っていうか地雷女というか、そういう面でえらく損している少女である。
彼女がおとなしく座っていれば……いや、一言も喋らなければ間違えなく僕は佐那美に内心、恋していただろう。
その佐那美は気がつくと、彼女は眞智子に阻まれFry me to the moonと化していた。
「ちょっとあなたは余所のクラスでしょ。これはうちのクラスの問題なの!」
眞智子が自分の拳をハンカチで拭いながら露骨に嫌な顔をする。
「大丈夫、私は一応裏方だから。もしこの私、『シャイニー佐那美』が出たら1000万円貰わなきゃならないわよ」
彼女は鼻血を某カンフーアクションスターみたいに拭いながら立ち上がる。しかもこの女もしれっととんでもないことを言っている。でも彼女1000万円の価値理解していないんだろうなぁ――それに仮にその額を貰ったとしても税金を考えることなく、全部使い切っちゃうんだろうね。ちなみに『シャイニー佐那美』とは彼女の自称芸名である。
「あっ、ちなみに神守君を出演させるのなら事務所を通してよね」
「バーカ。それはレイン=カーディナルの時でしょ?」
ちなみにレイン=カーディナルとは僕の米国でのアルバイト名。なお僕の正体を知っているのはうちの家族と地端の家族、そして眞智子とマサやんだけである。
「ノーギャラだし、文化祭の出し物だから、レインでなくても神っちのままでいいんじゃない?」
マサやんは佐那美にそう切り出すと、佐那美は渋々「じゃあ、いいわよ」と自分の親父に相談することなく勝手に承諾した。
――ていうか、ノーギャラは当たり前の話なんだけど、他人から改めてそう言われるとちょっと切ない。
「でも演出は私だから。それは譲らない。認めなければ神守君貸さない」
「おいおい、佐那美さん。僕は君の所有物じゃないからね。それに自分のクラスはどうした?」
僕は一応彼女に釘を刺すが、その彼女には釘なんてものはどこかに跳ね返したようで、「君はうちのタレントさんですぅ。それにうちのクラスの催し物は地端プロダクションを取材した発表会だから」と宣ってくれた。
……うわっ、ずるい!
自分で散々、青春だとかなんとか言って周りを巻きこんでおいて、自分のクラスだけ思いっきり手抜きしやがった。
「佐那美テメエふざけんじゃねえよ! 私らにこんな頭抱えさせる事提案して、自分は『もう終わりました』だと。いい加減にしろ!」
「大丈夫。うちのクラスは終わったけど、だからもう安心して! 神守君のクラス催し物に全力協力するわ!」
眞智子ががなり回すが全く聞く耳を持たない。もう、こうなったら佐那美は融通が利かない。
怒り狂う眞智子だが、何を言っても効果ないので遂には根負けしてしまった。
「もういいです。分かったわよ。それで、何やるの? お前をぶち殺すスプラッター映画か?」
眞智子は題目を尋ねたが、だが、彼女は地雷原を裸足で走るような女である。
「あっ、それだったら、
なに――――――――――――――っ!
僕、この時ばかりは心臓がマジで数秒止まった。
……美子とは僕の妹である。
ちなみに彼女も、すごくかわいい女の子なのだ。
でも、あくまでも本当の妹である。
それなのに彼女の恋愛対象がもの凄く変わっている。
どういうのが好み?!
細かく好みを教えるまでもない。彼女の恋愛対象は――――この僕だ。
いやいやいや、それどころかあの女はストーカー……ってそんな生やさしいものではない。事ある毎にマジで何かをやらかしかねない。この女こそヤンデレの極みであろう。
僕は彼女の事を裏で『リアル我妻なんとかさん』と呼んでいる。
あいつの場合の場合は何をやっても火に油を注ぐようなもの。恋愛ものの劇をするのであれば、あの子には絶対に教えてはならない!
間違えなく、映画そっちのけのリアルサスペンスが繰り広げられること、保証済である。
思わず、台所でお母さんが鼻歌で歌っている火曜サスペンス劇場のテーマってやつをつぶやいてしまった。
眞智子も美子の名前が出るなり直ちに佐那美の胸ぐらを掴み挙げ「佐那美、あんた何考えているの!」と強い口調で抗議する。
「美子なら、あいつすげえ危ないから、殺人鬼役に丁度良いんじゃない?」
おいおいおいおい、それこそしゃれになんねーよ。
「馬鹿、あんた冗談通じないの?! 本当に何の映画を作るつもりでいるのよ! 猟奇的な映画なんて作るつもりなんてないわよ!」
「えっ、違うの?呼んじゃったわよ」
「いつ?!」
「さっきメールで」
佐那美はそういうといつの間にか手にしていたスマホを眞智子に差し出す。液晶には――
神守君達のクラスで映画撮るんだって。
主演は神守君と眞智子だって(笑)
今、神守君のクラスで企画しているんだけど来ない?
――と、わざわざ僕の名前と眞智子の名前を載せて送信されていた。
そして佐那美は意味深に「10、9、8……」と秒数をカウントダウンし始め、「……2、1」と「0」とカウントをし終えたとほぼ同時に――
ガララララ――バタン!
――とドアが乱暴に開閉した音が響いた。
案の定、美子である。美子は隣の中等学部棟から猛ダッシュで来たらしく背中で息をして頭から湯気を出しながら、こちらを睨んでいる。
「……人のお兄ちゃんにちょっかいだすなって言っているでしょ!」
ハアハアと息を切らせながら、もの凄い眼光で眞智子を睨み付けた。
「――あ~ぁ。ものすっごく面倒なのが来たぁ……」
眞智子は佐那美の胸ぐらを掴んだ手を離すと頭を抱え座り込んでしまった。
そして美子は僕のところにズンズンと歩み寄り、「お・に・い・ち・ゃ・ん! これは一体どういう事なのかしら?」と自分の携帯画面を指し示し、イっちゃった目つきで僕を睨み付ける。正直、ちびりそうになった。
「いや……その……あの……ク、クラス映画の話をしていた…です、はい」
僕は彼女らのあの目が嫌い。僕は思わず美子から目を背けた。
美子は「お兄ちゃん、こっちみて話してよ」と僕の顔をグイッと自分の方に向けるが、僕は視線だけは合わせなかった。
美子はチッと舌打ちすると、完全にビビって地べたに這いずり回っていたマサやんを見付けた見つけ、彼の胸ぐらを掴み挙げる。
「――マサ先輩、正直に教えてくれますよね。そうしてくれないと、私、犯罪者になっちゃいますよ……どこ刺しましょうか。お腹がいいですか? ご希望をどうぞ」
彼女はマサやんに脅しを掛けた。こうなってはもうダメだ。マサやんは涙目になりながら、ありのまま正直に白状した。
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