第2話 神の石板
気づけば、暗闇の奥へと飛んでいた。エスメラルダの体は落ちていく。
底が見えない事で受け身を取るタイミングが分からず、恐怖が心臓を掴んで離さない。
予想していたよりも早く、背中に衝撃と圧力が加わる。
「ゲホッ・・・・・・! ゲホッ・・・・・・!!」
体の状態を確かめる、足先、膝、腰、指、手首、肘、腕、首、全てが動く。骨が折れたとかの重傷は負っていないらしい。背中から落馬した事による鈍い痛みが収まるのを待つ。地面はほんの少しふわふわしていて、見えないが手入れされた草が群生しているらしかった。
悲しげで、懸命に生きたいと訴える馬の鳴き声がする。
エスメラルダの視線の先、白い柵の向こう側に、静かな白い光に照らされた、平らな石造りの道が左右、そしてさらに奥側へと延びていた。
その途中で横たわった馬が、ぐったりして動かない。
彼女の傷もまとめて馬が引き受けてくれたらしい、
(ごめんね・・・・・・)
心の中でエスメラルダは馬に詫びた。
死にかけた馬の方へよろよろと、肩を押さえた巨大な影が歩いていくのが見えた。悪魔がエスメラルダを探しているのだ。
激しい動悸が彼に聞こえない事を祈りながら、エスメラルダは腰に結ばれた革袋の中を探った。悪魔の反応を警戒しながら、ゆっくりと。
彼女は光の外にいて、敵の目には見えていないようだ。
エスメラルダは目当ての品の感触を掌に感じた。
神の石版。薄い板で、銀色の背面に、表は黒く磨き抜かれた鏡のようだった。
ネイサンに使い方は聞いていた。
横の出っ張りを押して、しばらくすると、数字が映り込むので、決められた順番通りに押して、浮かびあがった緑色の絵を指でおす、それからまた、決まった数字を押し、祈りを捧げる。助けてください、と。
それで、助けがやってくるらしい。
エスメラルダは頭の中で、これから行う手順を反芻した。
腕にネイサンが数字を書き込んでくれているが、暗闇で見えない、どうするか考えていると、馬が悲鳴をあげた。悪魔が何度も蹴りつけている、苛立ちを無抵抗の馬にぶつけて憂さ晴らしをしている。
言葉は意味をなさないが、やめてくれ、助けて、と叫んでいる事はわかる。命の際の叫に言語はいらない、いたたまれず、エスメラルダは神の石版に手をかけた。
すると、しばらくして神の石版が鮮やかな光を放った。
彼女は心が浮き足立つのを感じた、これで助かる。
『助からないぞ、それの光でお前の位置がバレた』
馬上でエスメラルダを助けた声の主がまた、現れた。
彼女は反射的に悪魔の方へと顔が動いた。
こちらを見ている。敵が踏み出す一歩が力強く、獲物を見つけた喜びがその音に現れていた。石を蹴り、柵をまたいで、急ぎ足で草を踏む音が近づいてくる。
『それを捨てて、暗闇の奥へ逃げろ!』
できない、これは最後の望みで、託されたものだ。
声の主がどこにいるのかを気にしている余裕はない。彼女は素早く起き上がり、光にかざして腕の番号を確認する、石版に数字が並んでいて、走りながらそれを指で一つ一つ押していく。
石版が動く、後は緑の絵を押すだけだった。
表面に色鮮やかな紋章が規則正しくならんでいる。
目当ての紋章に指を伸ばした時、背中から蹴り飛ばされて顔から転倒した。小さな輝きが手元から転がり落ちる、エスメラルダは必死に立ち上がり、追いかけようとして、また蹴り飛ばされ光の側へと転がった。
緑の紋章を押して、別の番号を素早く押した。
「神様・・・・・・! 神様、助けてくだ・・・・・・」
石版を握っていた手の甲に鈍い痛みが突然降ってきた。
そして、彼女の目の前に屈みこむ黒い影が、無常にも希望を奪い取った。
光は石板をのぞき込む皺の深い男の顔を暴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます