4. ザンギ少女とデート①

 日曜日。雲一つない青空が広がっていた。

 昨夜、二葉ふたばから送られてきたメッセージに従い、俺はショッピングモールの入口付近に置かれた白い石の前で待っていた。

 石の周囲には、俺と同じようにじっと立っている人が数人見られる。高さが二メートルくらいある石は目立つので、待ち合わせスポットとして利用しているようだ。

 左腕の腕時計を見る。現在の時刻は九時五十分。十時に待ち合わせる約束なので、そろそろ二葉が来る時間だろう。

 ちなみに俺は朝鉄あさてつバスを利用して来たのだが、バスの本数が一時間に二、三本しかないため、九時三十分頃には到着していた。そのため既に二十分程度は突っ立っている。もうすぐ俺の脚が限界を迎えそうだ。

 どこか近くの喫茶店で時間を潰していれば良かった……。

 俺が一人で後悔していると、不意に脇腹がむにっとつかまれた。

「……何だよ」

「うわ、面白くない反応」

 俺の反応が気に食わなかったのか、二葉にジト目で見つめられた。

 俺は脇腹が弱くないので仕方ないと思う。

「相変わらずひどいな、お前」

「お前じゃなくて二葉翠怜すいれん

 二葉はむすーっとした顔でこちらを見ている。

 服装は白のニットとふわりとしたグレーのロングスカート。可愛さの中に大人の魅力もあって、制服姿との違いに戸惑う。

 二葉の格好が女の子している。あの二葉が。

「……何か失礼なこと考えていないでしょうね」

「何も考えてないぞ。……唇が人間の色していないのと、目の縁に黒い線が入っているのが気になっただけで」

「メイクして何が悪いのよ!」

 今度は脇腹をつねられた。痛い。

 二葉がメイクしているからって違和感しかないだなんて一言も言っていないのに。

「あと爪も人間の色じゃない」

「まだ言うか!」

 もっと強くつねられた。かなり痛い。

「……さすがにそれ以上つねられると俺の脇腹が取れそうなんだけど」

「誰のせいだと思っているのよ、まったく」

 二葉は呆れた表情を浮かべつつ俺の脇腹から手を離し、

「てか久保くぼっちが本当に来てくれるとは思わなかった」

「ここで約束を破ったら、秘密を守るっていう約束も信じてもらえなくなるだろ。あと久保っちって呼ぶのやめてくれ」

「久保がぼっちだから久保っちで良いじゃん」

 それ中学時代のあだ名なんだよな……。

 中学生って他人のことバカにしたがる年頃らしく、「やーい久保っち、今日もぼっちか? かわいそ~」といじめられていた。

 当時の俺はいじめに耐性がなく、気持ちが沈むこともしばしばあった。

 おかげで今となっては他人にどう言われようと気にしなくなったが。

「……ねえ、久保っちって呼ばれるのそんなに嫌? 何かつらそうな表情してたし」

 どうやら顔に出ていたらしい。二葉がたずねる。

「まあ昔に色々あってな……」

 具体的なことは決して口にしない。下手に語れば次々と当時のことを思い出してしまいかねない。

「そ。なら普通に久保って呼ぶ。それで問題ないでしょ?」

「……そうしてくれると助かる」

 二葉に変に気をつかわせてしまい、申し訳ない。

「ところで、二葉は俺なんかとデートして良いのか?」

 俺は話題を変えるべく、前々から疑問に思っていたことを尋ねた。

 二葉は学年でもかなり可愛くて魅力的な女子だと思うし、クラス内ではカースト上位なので友達は多い。

 自分で言うのも何だが、ぼっちの俺を相手にするメリットがない。

「私に彼氏はいないし、友達とあまり遊ばないんだよね。あと、このデートは私のお願いを久保に聞いてもらう交換条件なんだから、久保は気にしなくて良いよ」

 相変わらず交換条件の使い方が間違っていると思うが、二葉はデートに対して抵抗がないらしい。

 大抵の場合、ぼっちというだけで話しかけにくいのか、積極的に関わろうとしない。俺はこれまでそんな場面をいくつも経験してきた。

 しかし二葉の場合はぼっちだとからかうことはあっても、俺に対して偏見を持たず一人の人間として接してくれている。

 まあ、中身は残念だけど。

「……意外だな。二葉なら彼氏の一人や二人いたって不思議じゃないと思うんだが」

「彼氏はいたとしても一人だと思うんだけど……」

「同時に付き合うな」

 それはただの二股だ。

「言っておくけど、私は誰かと付き合ったことないから」

「それはあれか? 今フリーで彼氏募集中ってアピールか?」

「彼氏は欲しいと思うけど、久保にアピールしてどうするのよ。ただのぼっちじゃん」

「……ひどい」

 いくら着飾っても中身は二葉だ。残念感がれ出している。

「取り敢えず中に入るよ。外にいると寒いし」

 そう言って、二葉はスタスタとショッピングモールの入口に向かって歩き出した。

 俺は置いて行かれないよう、二葉の隣に並んで歩く。

 ……俺が二葉と並んで歩いたとき、周囲にはどう見えるか考えないように。


 ◇ ◇ ◇


 ショッピングモール内を二葉は迷いもなく歩いていく。俺は歩調を二葉に合わせて、変わらず隣を歩いていた。

「どこに向かっているんだ?」

「最初は映画館。私が前から観たかった『君の記憶』って映画が公開されているから」

 聞かずともジャンルが分かってしまうタイトルだ。

「それを観るのか?」

「当たり前でしょ。友達に「絶対観なきゃ損だよ」って勧められたし、キャストが豪華だって話題になってるから、観ないという選択肢はないのよ」

 二葉は今回のデートで何としてもその映画を観たいらしい。目がキラキラしてるし。

「……どうせ恋愛映画だろ」

「恋愛映画の何が悪いのよ!」

 アニメキャラなら違和感はないが、女優や俳優が演じていると役ではなく役者本人のリアルが気になってしまう。現実では恋人関係ではないのに、役として恋愛していることに違和感を覚える。

 だから俺が映画を選ぶ際は人が演じる恋愛映画は極力避けている。

「……いや、これは単に好みの問題だから気にしないでくれ」

「そ。久保は恋愛映画が得意じゃないんだ」

 誰にだって好き嫌いはある。けれど、それを理由に相手の好みを否定するのは自己を押し付けているだけだ。

 つまり、お互いトラブルなくやり過ごすには、好みを尊重すれば良い。

「だから映画は二葉が一人で観てくれ。俺はどこかで時間潰してくる」

「…………は?」

 二葉の目線が冷たい。我ながら良い案だと思ったのに。

「映画を一人で観るとか、私が普通に耐えられない。だから――」

 二葉にぎゅっと右手首を掴まれた。

「いくら久保が恋愛映画を嫌いだったとしても、一緒に観るに決まってるでしょ」

 俺の目を真っ直ぐ見て、はっきりと言われた。

 そして二葉は俺の手首を掴んだまま、映画館に向かって歩き出す。

 二葉が自己を押し付けてくる奴だって分かっていたのに、すっかり失念していた。

 つまり最初から俺に選択権なんて存在していなかったのだ。

「はあ……」

 溜め息が漏れる。

「恋愛映画が好きじゃなくても、誰かと一緒に映画を観るってだけで楽しいよ?」

 二葉は歩きつつ言うが、ぼっちの俺には理解できるはずもない。

 そのまま俺は二葉に引かれて映画館に入り、座席に座った。

 ちなみに座席に座る直前に右手首は解放されたが、それまでずっと掴まれていた。二葉がチケットを購入している間も、二葉がポップコーンを買っている間も、入場している間も、ずっとだ。

 俺が逃げないように掴んでいただけだと思うが、そうやって女子に触れられると困るんですよ……。

 制服姿ならまだしも、お洒落しゃれした格好なら尚更なおさらだ。


 ◇ ◇ ◇


 映画が終わる頃には十二時を過ぎていたので、二葉にすすめられた居酒屋に来ていた。居酒屋とは言っても昼はランチ営業している店である。

「私はもう決めているから、久保が決めたら教えて。店員呼ぶから」

 二葉はメニューを一切見ずに言う。おそらくこの店に何度も足を運んでいて、メニューが頭に入っているのだろう。

 俺はメニューを手に取って一通り目を通す。居酒屋だからか、ランチメニューは十種類程度で多くはない。

 だが俺は初来店だ。どれも美味しそうに見えて、迷ってしまう。

「どれが良いかな……」

「私のオススメはこだわりザンギ定食だけど」

 でしょうね。

「ザンギはちょっとな……」

「もしかして久保ってザンギ嫌い?」

「まあ、そんなところだ」

 俺はザンギ全般が好きではない。

 一般的な鶏肉のザンギ、タコザンギ、さけザンギなど、ザンギと名が付くものは食べられない。

 だからザンギ定食はメニューを見た瞬間に選択肢から除外していた。

「ザンギが嫌いとか、久保は絶対に人生を損してる」

 そういえば、昨日山吹やまぶきにも似たようなことを言われた気がする。ザンギ程度で大げさな。

「ここは鶏肉が美味しいからザンギは食べるべきだと思うんだけど」

 二葉は残念そうだが、俺が食べられないのだから仕方がない。

「鶏肉か……。なら焼き鳥丼にするか」

 焼き鳥丼であればザンギではなくても鶏肉を食べられる。可能な限り二葉の意見を取り入れた形だ。

「鶏肉は食べられるんだ……。何でザンギだけ嫌いなの?」

「……さあな」

「まあいいや。すいませーん」

 二葉は手を挙げて店員を呼ぶと、すぐに店員がやって来た。

「こだわりザンギ定食で、ご飯大盛り、ザンギ十二個追加でお願いします」

「焼き鳥丼をお願いします」

 店員は二葉と俺の注文を聞いても驚く様子はなく、営業スマイルのまま戻っていった。さすがプロだ。

「元々ザンギ六個のところに十二個追加って、元の三倍だな……」

「男子から見たら普通でしょ」

 普通じゃねえよ……。

「逆に久保は普通の焼き鳥丼だけで大丈夫なの? 遠慮しないで大盛りにしたり、サイドメニューを頼めば良かったのに」

「別に遠慮はしていないぞ」

「ふーん。久保って小食なのね」

 同学年の男子と比べればそうかもしれないが、世間一般では標準的だと思う。

 まあ、規格外の二葉と比べたらミジンコレベルかもしれないが。

「お待たせ致しました」

 店員が二人分の料理を静かにテーブルに置いた。

 店員が下がってから、俺たちは冷めないうちに「いただきます」と挨拶あいさつをして食べ始める。

「美味しい~」

 二葉はザンギを一口食べて、感想を述べる。

「食堂のザンギは味付けは美味しいけれど、安いだけあって肉のパサパサ感が残っているのよね。けど、ここのザンギはしっとりジューシーで噛んだ瞬間に肉の旨味が口に広がるのよ。あ、もちろん味付けも最高よ」

 訊いてもいないのに、二葉はザンギの素晴らしさを語った。

 ザンギ好きの女子ってどうしてすぐにザンギ自慢を始めるのか。甚だ疑問だ。

「久保の頼んだ焼き鳥丼はどう? 美味しい?」

「なかなか鶏肉がこうばしくて美味しいぞ」

 炭火で焼いているのか、口の中に広がる香りが芳ばしい。また外はパリッとしているのに中はジューシーで、二葉の言っていた通り鶏肉が美味しい。

「……なら良かったかな」

 二葉は俺の感想を聞いて安心したらしく、穏やかな表情をしていた。

「ちなみに映画はどうだった?」

 映画の内容は、男女の二人が惹かれ合って付き合うが、彼女の才能が買われて海外に行って一旦別れ、彼氏は彼女を追って再び結ばれるという恋愛モノにありがちな展開だった。

 そう思うのは俺がマンガやラノベをよく読むからだろうか。

 あと、やはり役者が気になった。有名な若手の役者で演技は上手かったが、どちらも未婚で誰かと付き合っているという話もない。

 現在恋愛していないのにスクリーンの中で愛し合っている違和感は大きかった。

 つまり俺の結論は、

「……微妙だった」

「そういうことを訊いたんじゃないんだけど……。私と一緒に観たってことに対する感想が聞きたい」

 二葉と一緒に映画を観た感想ねえ……。

「まあ、面白かった……かもな」

 主にLLサイズのポップコーンを一人でずっと食べ続けていたところが。笑っても泣いても次々と食べてたし。

「そ、そう……」

 俺が面白かった内容を言う前に一人で納得したようなので、余計なことは言わない。

 脇腹を引きちぎられたら困る。

「ところで、この後はどうするんだ?」

 午後の予定が決まっているのかを訊く。なければ俺はすぐに帰宅モードに突入してやる。

「ショッピングモールを見て回ろうかと思ってたけど、寄りたい店があったりする?」

「ないな」

 そもそも、このショッピングモールに来たのは初めてだ。どんな店があるかつゆほども知らない。

 強いて言うなら書店でマンガとラノベをチェックしたい程度だが、特典を貰える店舗は限られている。俺は特典を確認して購入するタイプだ。

「なら私に付き合いなさい。色々見たいし」

「俺、帰って良いかな……」

「久保、何か言った?」

 笑顔で訊くのやめて。怖い。

「……何でもない」

 今日に限って俺の拒否権は天に召されているらしい。悲しいかな。

「でも、久保も楽しんでよ? じゃないと、私が一方的に連れ回してるだけで、交換条件にならないでしょ」

「楽しむ、ねえ……」

 俺はぼっちとして生きてきた。それは一人が好きだから。

 そんな俺が二葉とデートをして、楽しむことができるのだろうか。

 ……今の俺には見当すらつかない。

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