第6話 姉の家で弟は眠る
《スラム街》から二十キロ程離れたところに、その家はあった。
家というよりは、屋敷とでも呼んだほうがいいサイズのものだ。
「……大きい。本当に、ここに住んでいるのか?」
その和風の建物の大きさに、流斗は驚きを隠せなかった。
「そんなに驚くことかしら」
遥は当然自分の家を見慣れているため、当たり前のような顔をしている。
大きすぎる門をくぐり抜けて玄関に着くと、給仕服を着た一人の女性が流斗たちを出迎えた。その女は遥よりも十センチほど背が高く、髪は短く切りそろえられている。歳は二十代後半くらいに見えた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、香織さん」
香織が一礼し、遥はそれに軽く手を振る。
「そちらの方は?」
香織がボロボロの流斗を見て、怪訝そうに尋ねた。
「この子は流斗。私の弟になる子よ。詳しいことは彼を治療してから話すわ」
遥の言葉に、香織は驚きのあまりあっけにとられて我を忘れていた。
「なんかすみません、お邪魔します」
とりあえず流斗は頭を下げておいた。
「……わ、分かりました。いえ、本当は分からないことだらけなのですが、まずはその方の治療を先に致しましょう」
治療の準備があるのか、香織はその場を離れていく。
「今の人は?」
「……ん? 彼女は立花香織さん。この家に仕えてくれているメイドさんよ」
さすがはお嬢様。
当然のように、自宅にメイドがいた。
「今はあなたの治療が先よ。思ったよりダメージを与えちゃったからね」
遥に連れられて長い廊下を歩き、流斗はとある一室に入る。
そこには、様々な医療器具や薬に洗面台と大きなベッドがあり、すでに香織が治療の準備を済ませて部屋の隅に立っていた。
「すみません。お願いします」
流斗は再び頭を下げ、ベッドの隅に腰をかけた。そうしてひびの入ったあばら骨や腕に負担がかからないよう、遥と香織に固定してもらう。
多数の切り傷や擦り傷を消毒し、体のあちこちにガーゼや包帯を巻かれた。
「これでよしっ!」
「いでっ!?」
遥が包帯を流斗に巻きつけて固く結んだ。
流斗は完全にミイラ男になっていた。
「疲れたでしょう? 少しそこのベッドで休んだらどうかしら。夕食の時間には起こしに来るから」
「そこまで世話になるわけには」と流斗は遠慮をし、腰をかけていたベッドから立ち上がったが、遥に軽く体を押されてベッドに押し倒される。
「うっ……」
「ほら、全然体に力が入ってないじゃない。こういうとき、弟は姉に頼るものよ。少しは私に甘えなさい」
その言うと、遥は香織を連れて部屋から出て行った。
知らない部屋の知らない天井だ。でも、なぜか心が落ち着く。
「弟……か。俺は生まれてからずっと、長男として厳しく鍛えられてきたから、誰かに甘えるなんて経験したこともなかったな」
流斗以外誰もいなくなった部屋で、彼の呟きだけがやけに響く。
「……姉さん……姉」
遥が言った『弟は姉に頼るもの』という言葉を脳裏で反芻する。
(俺も……誰かに甘えてもいいのか? あの人に頼っても、いいのかな? 今までずっと一人でやってきたのに。なんか、体が重い。今は……休んでも、い……)
今までの疲れが一気に出たのか、流斗はゆっくりと深い眠りに落ちていった。
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