第6話 場を去るユスティナ

 ――二人か。それとも三人。


 去り際。足を早めながら、ユスティナは思う。

 あやうく、最低で二人が失われる所だった。

 たった一度に過ぎない、ユスティナの激昂で。

 手応えは覚えていない。

 外したのはだから、ただの偶然でしかない。


 今さらの寒気。

 怯えではない、ワルシャワの冬夜ゆえだ。

 いっそ、そう片付けてしまいたかった。


「マーシャちゃんがいないのに生きてても、な」


 そうなっていたならば。

 右腰にしまわれた銃は、もう一度引かれていたことだろう。


「――良かった。本当に」


 素直に思う。

 だが悔いはにじむ。

 真正面から訊き切れなかったとの思いが。

 あるいは。またしても敗れたのだろうか。

 予測のつかない、あの幼馴染みに。


「でも、どこまで本当だったものかな」


 内なる赤子。そんな推理を述べた。

 だが明確な肯定も否定も、相手はしていない。

 その場の沈黙を、ユスティナは肯定同然と取った。

 こちらの早とちり。そんな言い訳は、いくらでも効く。


「――マーシャちゃん、妙な所で律儀だから」


 確証はない。可能性があると言うだけだ。

 けれども。その疑念が正しいとしたら。

 あれ以上を問わせないために、こちらを挑発したとしたら。

 恐ろしく危険な賭け。そうだったとしか、今は思えない。

 そんな無謀に自分は、あのとき敗れたのだろうか。


 立ち止まり、冬空を見上げる。

 夕暮れの赤は消えつつあり、夜闇はすぐそこにある。

 後ろを振り向かないまま、心の中だけでわずかに祈る。

 幼馴染がせめて、きちんと暖をとっていることを。

 程なく氷点下になる。

 手負いの身への寒気は、あまりいいとは言えない。


 ふたたび、ユスティナは歩き出す。

 やがて表通りに出た。路地裏、すれ違う者はない。

 教会に程なく人が来る、そんな言い回しだった。

 あれはやはり、出任せだったたのだろうか。

 いや、そうとも限るまい。


「脇道からかも知れないし、な」


 またしても、確証には至らない。


 表通りには相次ぎ、街灯がともって行く。

 今さら、だ。今さら、救急車を呼ぶ必要もない。

 きっと今は、手当てを受けていることだろう。

 そう、ユスティナは決めた。


「たぶん、負けたんだ」


 いつも通りに、あの幼馴染に。

 ならば、だ。その直感に従うとしよう。

 今はただ、戻るべき場所に戻るのみだ。


「――さて。部下たちに何と言おうか」


 一回の発砲については、後で何とかするとして。


 どんな話がいいだろう。


 ――幼馴染との再会。

 ――繊細な時期ゆえの、とっさの逃亡。


 そんな平凡な話を、してやろうと思う。

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