2:私の弓と矢羽で
額から垂れる汗を拭う。
梅雨が明けてからはここ毎日ずっと暑い日が昼夜続いている。
だから私は鳥居の辺りの地面が湿り気を帯びていることに不思議に思った。
昼間も木々に遮られ、日が差さないといっても、しばらく雨は降っていないというのに。
鳥居の奥は鬱蒼と茂った草で見えないが、どうにも湿った土の匂いが鼻についた。
「やっぱり嘘じゃん…」
どこからどう見ても神社は出現しなかった。
約束の時間に虎は来ないし、神社もないし、胡散臭い話だったけど少し信じていいかもなんて思った私が馬鹿だった。
私はとぼとぼと懐中電灯に照らされた光を道しるべに暗い夜の道を歩く。
途中で猫の声が聞こえて、ドキドキしたけど何にもなかった。
願いなんか叶わないのだ。
行きとは違い、重い足取りで帰路に着いて間もなく、繁みの方から草が踏まれたような音が聞こえた。
丘の中腹にある階段は年月と共に風化し、途中からはただの地面になる。
人一人が歩ける程度の道幅しかなくて、もし誰かが上ってきているのだとしたら対面することになるが、音は真横からした。
さっきの猫か?
私は咄嗟に、懐中電灯を音のした方に向ける。
丁度よく光が照らした先に男が一人立っていた。
「…誰だ」
モデルガンかと思った。
銃を手に持った男と目が合う。
学校に持ってきて没収されてた奴が持っていたものよりは精巧だ。
目が合ったと一瞬思ったが、男から見て私は、夜の闇に紛れて姿は見えないはずだ。
そこに誰かがいることはわかっても、私の顔までは割れていない。
逃げるなら今だと頭の片隅で思った。
私は男の顔から下に視線を移した。
テレビで見たことがある、警察官の制服だ。
私にわかったのは、男が油断ならないものだということだけ。
そして、男が人を殺したのは疑いようがないと確信していた。
男は、少し驚いたように足を一瞬止めるが、
「また、ガキか?ガキがこんな時間に何してる」
猫みたいなおっさんだ。
体格もシュッとしていて、鋭い目つきに薄い唇。
面相にも冷酷な性格が透けて見え、ネズミを甚振る猫のような印象を受けた。
「運の悪いガキだ」
それは私も自覚している。
それでもその運にかけてみようと思って、ここまで来たのだ。
見事空振ったけど。
「おっさん、知らないの。猫神様の話」
私がそう言うと、暗くて見えないはずなのに、私を見定めるかのようにおっさんは目を細めた。
そして銃を少し上下して、ふん、と言うと、
「続けろ」
「夜中の二時に神社が現れるって話だよ。その神社の猫神様がどんな願い事でも叶えてくれるってさ」
「どんな願い事でも、か」
おっさんは私の顔に銃を向けたまま、笑った。
「それでお前は何を願うつもりだったんだ」
私は渋った。
恥ずかしいから虎にも内緒にしてた。
もじもじし始める私におっさんは呆れ顔で、
「言わないと殺す」
「ええー!理不尽!」
出会ったばかりのガキの何がそんなに気になるんだ、このおっさん。
私は躊躇いつつ、顔に血が上るのを自覚しながら口を開いた。
「…家族がほしい」
「ふん、孤児か」
「孤児じゃない」
私にはおじさんがいる。
両親が亡くなってから、おじさんが私を引き取ってくれた。
でも、おじさんは私のことをいつも無視するから、私はとても寂しいのだ。
寂しいとか子どもみたいで嫌な感情。
「しかし、こんな夜中に餓鬼がほっつき歩くのに気付かない親か。馬鹿そうだな」
そういうとおっさんは少し考え込んで、
「今俺は金が必要だ。お前の家に案内しろ」
「金なんか私もないよ」
「ガキに期待なんかするか。お前の馬鹿な親がいんだろうが」
「実の親じゃないし、おじさんだから」
「どっちでもいい。変わらん」
大きく変わるっつーの!
私の訴えを無視して、おっさんは銃をしまい、私を案内するよう促したのだった。
逃げ出さないように私の右手を強く握りしめた状態で。
おっさんの手は、異様に冷たかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます