【短編集】恋と愛の色んなお話。
小鳩
文化祭で配布した短編『私は悪魔と同居中です。夏祭りに行きます』
みなさんこんにちは、私の名前は
長ったらしい説明は省きます。私の家には悪魔が住んでいます。本当です。本当と書いてマジと読みます。マジです。ハイ。
オカルト好きな友達に悪魔の召喚方法を教えてもらった夜、トイレに入ったところ途中で紙を切らしまして。親が出張で居ない中、私が頼らざるを得なかった存在は悪魔しか居なかったというわけです。その後なんやかんやあって同居する羽目になりました。信じられないですよね私も未だによく分かってないので別に無理に信じなくて良いと思います。
「桐花、どこ行くの」
「あ、ヨルド。今から夏祭り行ってくるから留守番お願いしますね」
はい出ました我が家の悪魔ヨルドくん。ちょっと天然入ってる感じの男の子なんですが顔は良いんです。天パの黒髪は前髪がちょっと長めで、たまに覗く赤い瞳は切れ長で妖艶です、The☆人を惑わす顔ってやつです。かっこいいですよ、残念系ですけど。
ヨルドは少し粘着質なのが玉にキズ、しかもたまにとんでもなく物騒な発言を噛ましたりするので人前には出せません、出しません。
ヨルドは浴衣を着た私をムッと見下ろすと(ちなみに私は165cmで彼は190cmとかなりの身長差があります)、不機嫌そうに顔を歪めました。そのまま着物の襟元を引っ掴んで引き寄せ、一気に剥ぎ取ろうとし……いや待って待って待って待って!?
「ちょちょちょっとヨルド!? 急に何怖い怖い怖い怖い!」
「その着物は桐花の魅力を引き出せてない。俺が桐花に似合うの選ぶ。脱いで」
「分かったから! ねえ! 引っ張らないでくださーい!」
しばらく攻防戦は続きます。悪魔と暮らすのは大変なんです……。
★
「うーん」
秒で脱いで瞬時にTシャツを着ました桐花です。目の前にはヨルドが居ます。何やら自分で見立てた着物の候補を三着ほど並べ、吟味しているようですが……。私は思わずじとりと彼に視線を向けてしまいます。
「あの、何でもいいんですよ? 時間も無いですし……あのあの、本当に」
「ダメ。こういうのはちゃんと選ぶべき。黙って俺を見てて」
「着物ではなく俺を見ろと」
言っても聞かないので、大人しくヨルドの言うことに従います(無念)。
三分後なんとか着物を選び終えたヨルド。私に着させようとする彼を全力で拒絶し、なんとか着替えは自分で済ませることが出来ました。着付けが出来る女で良かったと、産まれてから最大に感じます。
しかし、時間がありません。慌てて下駄を履く私に何を思ったのか、ヨルドさんはいきなり私をお姫様抱っこしましたってえええ!?
「あーもう! なんでナレーションの邪魔するんですかー!」
「? 別に。桐花は急いでるみたいだから、俺が運ぼうと思って」
「え?」
「俺に掴まって。飛ぶ」
「えっ、あっあの、きゃあああああ!?」
どうやら私の人生初のフライト体験は、飛行機ではなく悪魔のようです。
「桐花、初めて……? ふふ、嬉しい」
「も、もう! とにかく運ぶならとっとと運んでくださいヨルド!」
「うん、頑張る。……やっぱり、着物似合ってる」
「ありがとうございます!」
和風とはひと味違う、悪魔が好みそうなゴシック調のそれは、赤と黒のコントラストがとても華美です。私に似合うかどうかは別として……たまには悪くないかも、なんて思いました。
★
「おっ、来た来た! やっほ〜桐花ちゃん」
「遅くなってごめんね泉ちゃん。着物選ぶのに時間かかっちゃって……」
「ふ〜ん、どれどれ……如何にも悪魔って感じじゃん? あの悪魔サンが選んだっしょ」
「バ、バレた?」
そりゃもちろんわかるよ! と胸を張ったのは友達の泉ちゃん。例のオカルト好きな友達で、ヨルドが私と同居していることを知っている唯一の女の子です。私とは違って明朗快活な彼女は、学校でも人脈が広く、人気者です。
泉ちゃんはそれで、と目をぱちくりして周りをぐるりと見渡しました。
「そのヨルド、さん? だっけ。その人何処に居んの?」
「わ、私を送り届けて帰ったんじゃないかな。たぶん呼んだらすぐ来ると思うけど……」
「桐花、呼んだ?」
「ひゃあっ、まだ呼んでません!」
「まだってなんだ〜桐花ちゃ〜ん」
からかうみたいなニヨニヨ笑顔を向けてくる泉ちゃんに思わず頬を熱くしてしまいます。あまり見えない瞳を心做しかキラキラさせるヨルドはなんだか犬みたいです。よくよく見てみたら、いつの間にか彼も着物を着ています。それにしてもすぐに来るなんて、凄いを通り越して怖いです。
「桐花と並んで歩けるように、俺も着物着た。だから一緒に居たい」
「そ、そういう問題じゃないんです。だいたい、今日は私、泉ちゃんと遊ぶ予定で」
「あっ別にいいよー悪魔サンに攫われちゃっても。適当に他来てる奴で暇潰せるし」
「泉ちゃん!」
「ありがと人間。桐花、行こう」
泉ちゃんが親指をグッて立てる意味がわかりません!
とても振り回される毎日です。そろそろいい加減、自分で動きたい。
そう思って私は、握ってきた白くて大きくて冷たいヨルドの手を振り離しました。
「桐花」
「私の気持ちも考えてください!」
そのまま全速力で人混みを走り抜け、その場を立ち去ります。とはいえ、着物ですし普段から足は遅い方なのでなんとも言えませんが……ヨルドさんは追ってきませんでした。
「とう、か……」
「ありゃあ、悪魔サン完全に心折られてんじゃん? 元気出しな、りんご飴要る?」
「うん」
「要るんかい」
(ま、精々今のうちに拗らせるもんは拗らせときな。可愛い奴らめ)
泉ちゃんがしたり顔で鼻を鳴らしたことは、ついぞ知りませんでした。
ところで、ここは何処なんでしょうか。
「いらっしゃーい、人間の血液! 新鮮な人間の血液だよー!」
「タピオカは要らんかねー、動物たちの欲をじっくり煮詰めた特製タピオカドリンクだよー!」
お化け屋敷でしょうか?
私がそわそわと立ち尽くしていると、その背後に1つの影が立ち止まりました。振り返っても、そこに居たのは影です。人ではないことは確かでしたが、この時私は少しぼーっとしていました。その影は、優しく手招きしてきます。
『怖くないよ。こちらへおいで。素敵な夢を見させてあげる』
何故でしょう。勝手に体がついていってしまいます。不思議と恐怖心は感じません。これからどうなってしまうのでしょう、素敵な夢とは一体。
ここまで考えたところで、いきなり影が真横に吹き飛ばされました。びっくりです。同時に私は温かい腕の中に閉じ込められていました。上を見上げると、そこには慣れ親しんだ1人の悪魔の顔が。とても怒っているようで、殺気がダダ漏れています。
「てめェ、誰の許可を得て俺の獲物に触れてやがる」
「ガガッ、グルルル……」
それはもはや言葉ではありませんでした。飢えたケモノのような唸り声。影は形を変えて巨大な化け物に成り果てると、一目散にこちらに突撃してきます。思わずきゅっと目をつぶってヨルドにしがみつくと、彼は強く抱き締め返してくれました。片手を化け物に向けて、何かの呪文を詠唱します。
「……堕ちろ、無限牢獄へ」
すると、なんということでしょう。化け物の声は地面の中へ吸い込まれて消え、振り向いた後に確認出来たのは閉じてゆく真っ暗な穴だけでした。ほっと一息つく間もなく、ヨルドにこれでもかと抱きしめられます。殺されるってほどに苦しいです。ばりばり痛い。なんだか頭に柔らかいものを連打されている気がするのですが……唇とかじゃないですよね……?
「よ、ヨルドってば苦しいです、離してください……!」
「やだ。まだくっつく。勝手に魔界に飛び込んだ罰。お仕置き」
「お、お慈悲をー!」
化け物よりも誰よりも、ヨルドが一番厄介なのは明白です!
★
「りんご飴じゃないですか! 貰ってもいいんですか?」
「うん。でも俺人間界のお金無かったから、桐花の下僕のお金で買った」
「泉ちゃんは下僕じゃなくて友達ですっ! もう、ヨルドってば」
「ふふ、ごめん」
そろそろ花火が始まる頃合。無事に祭り会場へ帰ってくることの出来た私たちは、2人でのんびり満喫している最中です。ヨルドはりんご飴を取り出すと、持ち手を私に差し出すわけでもなく、ん、と飴の部分を差し出してきました。思わず頭の上にハテナを浮かべてしまいます。
「え? どういうことですか?」
「あーん」
「ええっ!? そ、そんな恥ずかしい……!」
いいから、あーん。そう言って断固姿勢を崩さないヨルドに、私はぐぬぬと息を詰まらせました。でも、仕方が無いです……。
「はむっ」
「!?」
「ふあっ、甘い……んぐ。あ、あの。助けて頂きありがとうございました、ヨルド」
「……」
「って、えええ!? 泣いてる!?」
これは予想外でした! もっとこう、ヨルドらしく抱きついてくるとかそういう……あっいや抱きつかれたい訳では無いんですけど!!!
ヨルドは零れ落ちる涙を拭うと、とっても優しい笑顔を浮かべました。優しくて温かい、本当に素敵な笑顔です。
「まさか本当にしてくれるとは思ってなくて……嬉しい。嬉しすぎて、どうしよう、桐花」
顔を赤らめて、ただひたすらに感激してくる悪魔。ちょうどその時、彼の背後で花火が1発打ち上がりました。大きな大きなひまわり柄の花火です。
こんな、こんなの……!
「こんなの、もう天使じゃないですかー!」
「! 俺は悪魔……」
「いーえ天使ですっ!」
「と、桐花が言うならそうする……!」
私とヨルドの同居生活はまだ続くかも?
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