040:委員会。


 ピピピ、というアラーム音が鳴る。

 そして瞬時にそれは止められる。

 もはやほぼ同時の出来事だ。

 

 ユリは未だに慣れないベッドに些か不快感を抱きながら起床する。

 はっきり言ってあまり良い目覚めとは言えない。

 だが、そんな小事は彼女には関係ない。

 感情とは支配するものであり、支配できるもの。

 それが彼女の持論であり、自身が今まで成功し続けてきた理由であると確信しているからだ。


 コーヒーメーカーの電源を入れ、洗面台へと移動し顔を洗う。

 その後朝食をとるつもりだったが、まるで食欲がわかないのでやめた。

 身支度を整えながらタブレットを起動し、コーヒーを飲みつつ今日の予定を確認する。

 だいたいの内容は既に頭に入っているが、これは確認の意味もある。


 一通りの確認を終えたらカーテンを開け、公共スペースへと移動する。

 既に何人かの人影があった。


「あ、ユリさん。おはようございます」


「あぁ、おはよう」


 そのうちの一人が挨拶をしてきたので、ユリも挨拶を返す。

 異変前であれば、関わり合うことなど絶対になかったであろう非効率で無価値な者たち。

 いなくても誰も困らない者たち。

 しかし、今となっては話は別だ。

 人手はいくらあっても足りないし、戦闘以外での有用なスキル保持者もいる。


 (良かったな、価値を見いだせて)


 大局を見ることができず、自分が必要とされてる今の状況に充実感を得ている愚か者。

 しかし、ユリがその濁った感情を表面化させることは決してない。


「今日もよろしく頼む」


「はい! 俺バリバリ働きますよ!」


「あぁ、頼りにしている。では私は他の者達の様子も見てくるとしよう」


「はい、今日も頑張りましょう!」


 冷えた心で、温かな笑みを浮かべたユリはこの場を立ち去る。

 目に入る全ての人間を見下し、今後の利用価値について考えながら。


 

 ++++++++++



 ここはとある一室。

 会議室、と言っていい場所である。

 今、ここには年齢も性別も様々な男女が4人集まっていた。


 一人は才色兼備という言葉を体現したような女性、ユリ。

 そしてその妹であり稀有な魔法特化職を持つサキ。

 これから起こるであろうことを想像し、疲れたような表情をしているノブオ。

 最後に、無精髭をたたえた老齢な男性である。


 僅かばかりの沈黙の後、最初に口を開いたのはユリであった。

 

「まずは私の招集に応えてくれて感謝する。今回集まってもらったのは、先日実施した『ビーストオーガ撃退作戦』の面白い報告書があがってきたので、共有する為というのが主だ」


 そこで一呼吸おき、ユリは3人の表情を確認する。

 サキはいつも通り無表情。

 ノブオは真摯な面持ちでユリの言葉に耳を傾けている。最初こそユリのノブオに対する印象は良くなかったのだが、ここで行動を共にするようになり、嫌でもこの男の有能さを理解させられた為に評価を改めている。


 最後に、無精髭の老齢な男性。

 腕を組み、目を閉じているゆえに表情は分からない。

 だがこれもユリにとっては予想通りであり、いつものことだ。


「事実の再確認も兼ね、今回の作戦内容とその結果を改めて読み上げる」


 ユリは手元にあるタブレットを指で1度スライドさせる。


「我々の拠点付近にとある大型の魔物が出没。職業『解析鑑定士』を持つ海崎により、魔物の名称、レベル、おおまかなステータスが判明。保有スキルは何らかの不確定要素により鑑定不可。以後、この魔物を『ビーストオーガ』と呼称。海崎が得た情報により現在の我々では討伐不可と判断。また、放置も危険と判断し、本作戦を“討伐”から“撃退”へ変更」


 ここまでの内容は全員が既知である。

 故に、誰一人として声を上げる者はいない。


「私の班の一人であり転移能力の保有者である天笠のスキルにより、ビーストオーガを遠方へと転移させるというのが本作戦の大筋である。しかしビーストオーガは感知能力に優れ、また非常に敏捷性と機動力が高いと判明。ゆえに転移させるには拘束の必要あり。───作戦は概ね成功。僅かな犠牲はあったが、無事ビーストオーガを現状最も被害が少ないと思われる新宿へと転移させることができた。天笠の転移距離が魔力に依存してることからも、新宿は最善の選択であっただろう」


「……僅か、だと?」


 ここで、初めてユリ以外の声が上がった。

 ユリはそれが誰のものなのか瞬時に分かった。

 

「5人死んだが、それが僅かだって言うのか? テメェ」


「あぁ、僅かだ」


「このクソアマが……」


 初めて声を発した老齢な男性は、射殺さんばかりにユリを睨む。

 しかし、ユリは何一つ表情を変えない。

 その切れ長の冷たい目で、ただただ男に目を向けるだけだ。


 まさしく一触即発。

 その傍らで、ノブオは人知れず冷や汗をダラダラと流していた。

 こうなることは最初から分かっていたのだ。

 なぜなら、今のところこの委員会の会議がある時は必ずこの激突が少なくとも1度は起こるからだ。


 普段から他人に気を遣いすぎるノブオは、なんとか緩衝材になろうと2人に割って入る。


「あの、ユリさんも五十嵐さんもやめてください。会議が進みませんよ。ユリさん、続きがあるんですよね? お願いします」


「……チッ」


「あぁ、すまないなノブオ」


 (はぁ……もう嫌だ胃が痛い……。委員会なんて辞めたいので誰か代わって下さいお願いします……)


 ノブオは密かに願う。

 しかし、皮肉なことにノブオは極めて優秀な人材でありこのコミュニティ内での信頼も厚かった。

 誰一人として、それを良しとしてくれる者はいないだろう。


「今回の本題はここからだ。まずはこれを見てくれ」


 ユリは左手でリモコンのボタンを押す。

 ピッ、という電子音のあとに周りのカーテンが自動で閉まっていく。

 辺りが暗闇に包まれると同時にゆっくりと天井からスクリーンがおり、そこに映像が映し出された。


 その映像は先程のビーストオーガともう一体の別の魔物が対峙しているところから始まった。


「これは天笠が新宿に転移後、手持ちの端末機器によって撮影したものだ。安全を考慮し遠方から撮影しているため、映像は多少不鮮明だが非常に面白いものが撮れている」


 ユリは静かに笑みを浮かべた。


 そこからの激闘はまさしく全員に衝撃を与えた。

 自分達が束になっても勝てないと判断した魔物と互角に渡り合う狼のような魔物。


 それは様々な意味を持っていた。


「チクショウ……こんなのがまだいるのかよ。しかも目と鼻の先じゃねぇか」


 全員の考えを代弁するように、五十嵐が呟いた。

 

「放置は危険ですかね、やはり」


「まぁ、待て」


 ノブオの言葉をユリは遮る。


「面白いのはここからだ」


 その言葉に従い、全員の視線は再びスクリーンへと向けられる。

 そこに映し出されていたのは、魔物が相打ちとなり両方が倒れている映像だった。


 それにはほとんどの者が安堵した。

 脅威が減ることを喜ばないものはいない。



 だが───



 ───映像はそこで終わりではなかった。



 そのあとに映し出された『竜』の姿に全員が言葉を失ったのだ。

 ほんの一瞬の、乱れた映像。

 しかしそれでも本能が感じ取ってしまう。

 鑑定などする必要もない。


 

『アレは危険すぎる』



 それがこの場での共通認識であった。

 この後、あの竜の対策について長々と話し合いが行われたが、結局ほとんど何も決まることがなかった。

 判断は保留である。


 しかし、決まったものもある。

 それはあの竜の名称だ。


 月光を反射し、黒銀の逆光を放つ美しい竜は───『銀月竜』と名付けられた。

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