030:孤狼の怒りと諦め。


 オレはスキル〈威圧〉を発動させながら、人間共を見下ろす。

 もう大丈夫だ。

 コイツらは全員オレが殺してやる。


 だからお前ら───


 ───そこでオレは違和感に気づく。


 周りを囲っていた見えない壁はぶっ壊した。

 もう外に出ることができる。

 

 なのに……なんでオレ以外1匹も出てきやしねぇんだよ。


 業火の苦痛からいち早く逃れようと飛び出してくるはずの仲間が……1匹もいやしねぇ……。


 …………。


 ……あぁ、クソッタレ。


 全滅してんじゃねぇよ……テメェら。


 だから弱ぇ奴は嫌いなんだ。


 ───クソが。


「ガルアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 オレは再び咆哮する。

 燃え上がる憤怒と激流のような憎悪をのせて。


「ひぃ……も、もう無理よ……」


「た、立てッ!! こ、こここ、こういう時のことは、かか、考えていただろぉ!!」


「ちょっと……まずいですねぇ……」


「あ、アッキー……うぅ……うぅぅ……」


 絶対許さねぇからなテメェら。

 はらわた引き摺りだしてやるよ。

 楽に死ねると思ってんじゃねぇぞクソが。



 そして、オレは人間共に飛びかかった───

 

 

 ++++++++++



 そこからはあまりに呆気なかった。


 戦闘にすらならず、まさしく蹂躙だった。


 拍子抜けもいいところだ。


 人間共の濃厚な血の匂いが漂ってる。


 こんなクソ弱ぇ奴らに殺られたのか……お前らは……。


 ククッ、だせぇなぁお前ら。


 ほんと弱っちいぜ。


 …………。


 復讐を果たしても、全然意味ねぇじゃねぇかよ……。


 オレは空を見上げる。


 これからどうするか。


 こんなよくわからねぇ場所にいきなり迷い込んじまうわ、仲間を全員失うわ……ツイてねぇぜオレも……。


 コイツらの死体どうするか。


 食うか?

 

 いや、やめとこう……。


 こんな奴ら、食う気にもならねぇ。


 それに人間は不味いから嫌いなんだよ。


 オレは静かに歩き出す。


 本当にこれからどうすりゃあいいんだよ。


 仲間を失い、一匹になっちまって。


 憂さ晴らしに人間共を殺しにいくか?


 人間の匂いならそこらじゅうからするしなぁ。


 手当り次第に殺していくか。


 それもいいかもなぁ。


 ……だけど、やっぱ虚しいわ。


 アイツらが戻ってくるわけじゃねぇ……。



 ───ん?



 血の匂いに混じって、それとは違う妙な匂いがした。


 同時にオレの身体がピクッと震える。


 そして痙攣しだす手足。


 身体に力が入らない。


 オレはこの感覚に覚えがあった。


 ……これは『麻痺』だ。


 小せぇ頃に気味の悪い虫を食っちまった時、これと同じ感覚を味わった。


 だが、今回はその比じゃねぇ。


 オレは立っていられず、バタリと地面に倒れた。


 信じられなかった。


 オレは麻痺に対する耐性を持ってる。


 それもLv.5の耐性だ。


 だからこれまで麻痺になることなんてまずなかったし、なったとしてもすぐに解毒できてた。


 だが今回はどうだ。


 ピクリとも動きやしねぇ。


 オレは驚愕しながらステータスを開き、自分の状態を確認した。



 ───『状態:麻痺【大】衰弱【大】』



 なんだこれは……。


 麻痺はわかる。


 衰弱ってなんだ。


 聴いたこともねぇぞ……こんな状態異常。


 だが、この感じは……オレの耐性スキルが弱められてる……のか?


 それが『衰弱』って状態異常かよ……ヤベぇな。


 クソッ。


 血の匂いのせいで全然気づかなかった。


 いや待て、そもそも誰が───


 ───突然、空から何かが落ちてきた。


 少し離れた場所だが、ちょうどオレの目線の先。


 首を動かす必要がないからハッキリと見える。


 ソイツは───トカゲだった。


 見たこともねぇ小さな黒いトカゲ。


 だが、オレは見た目に騙されやしねぇ。


 本能で嫌でも理解しちまう。


 コイツは……ヤベぇ。


 ハッキリ言ってヤバすぎる……。


 そのトカゲはオレを舐めるようにしばらく観察してから、ゆっくりと近づいてきた。



 ヤバいヤバいヤバいヤバい。



 距離が縮まっていくにつれ、オレの心は恐怖に染まっていく。


 久しく感じることのなかった恐怖に心が支配される。


 逃げなきゃヤバい、ヤバすぎる。


 だが、身体が動かねぇ。


 ……やっぱ今日はツイてねぇなぁ……。


 仲間を全員殺されて、挙句の果てにはこんなヤバい奴に出会っちまうなんてよぉ……。


 ……あぁ……もういいか。


 オレは足掻くのをやめた。


 すると少しだけ心が楽になった。


 ……少し疲れちまったよ……。


 トカゲはどんどん近づいてくる。


 頼むから一思いに殺ってくれよ?


 痛てぇのは嫌いなんだ……。


 オレは目をつむった。


 仲間に会えると……いいんだけどなぁ……。


 …………。


 …………。

 

 …………。


 何も起こらない。


 いつまでたっても何も起こらない。


 オレは恐る恐る目を開ける。


 すると───目の前にトカゲがいた。


「ガゥガッ!?」


 思わず妙な声が出ちまった。


 どういう状況だよ……これ。


 なんでコイツはオレを殺さねぇ……?


 オレはすでに、諦めてるってのによぉ……。



 ───その時、頭にパチッと電気のようなものが走った。



 そして、“何か”がオレの中に入りこんでくる。


 思考の一部が剥離するような奇妙な感覚。


 心が白く塗りつぶされていく。


 だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。


 だからオレは抵抗せず、半ば自暴自棄にそれを受け入れた。


 もう何もかもがどうでもいい。



 ───そんなオレに、世界は優しくなかった。



 《個体名『ユウナ』の眷属になりました》



 ───え?



 《獣、聴こえていますか?》



 ───ん?

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