×××:決断と決断。
ここは、ドン・キ〇ーテの3階。
本来ならスタッフにのみ利用が許されたとある一室。
ユリとノブオの話し合いはまとまりつつあった。
ノブオの望む方向で。
「なるほどなぁ。私達の脳内に突如響いたあの声。それが告げた“大型アップデート『夜明けのワルキューレ』”とやらの影響というわけか」
「はい。少なくとも私たちはそう考えています」
「……それにしても、“ワルキューレ”ねぇ。しかも“夜明け”ときてる。……フフ。フフフフ。フハハハハハハハハ」
ユリの狂気を孕んだ笑い声。
ノブオは己の足にしがみつく少女を守る為、無意識に剣に手を伸ばしかけた。
「ど、どうしたんですか……?」
もうこの人嫌だ、とノブオは密かに思う。
「なぁ、ノブオよ。今この世界では何が起こっていると思う?」
「……見当もつかないですね」
ユリは窓から外を眺める。
「あの天まで聳える高き壁はなんだ? 街中に溢れる異形の魔物は? 時折聴こえる声は? これらは人の成し得ることなのか? ───否だ。断じて人間にできることなどではない」
「…………」
(何が言いたいんだこの人……)
外を見つめ、薄い笑みを浮かべるユリの横顔は妙に不気味だった。
突然───ギョロりとユリの目はノブオに向けられる。
思わずビクッとしてしまうノブオ。
「───『選別』だよ。我々は今、神によって選別されているんだ。試されているんだよ。生きるべき人間なのか、そうでない人間なのかをね。……フフフ」
「…………」
魔物と対峙したときとは異なる言い知れない恐怖を感じ、ノブオは冷や汗を垂らした。
新興宗教に首までどっぷり浸かってしまっている人と話している気分になる。
「そ、そうかもしれないですね……」
こういう時は、とりあえず当たり障りのない返答を返す。
これまでの人生で培ったスルースキルを発揮した。
「姉さん、またトリップしてる。お客さんの前」
ここで、別の女性の声が聴こえた。
目を向けると、そこには長い杖を持った女性がいた。
ユリから既に紹介を受けているため、ノブオにはその名前が浮かぶ。
(たしか……サキと言っていたな。……この人はまともなのだろうか)
良くないと思っていても、こうも強烈な人物の妹であると聴いては疑ってしまう。
この人もヤバいのではないかと。
「……あぁ、すまない。悪い癖が出たようだ」
「いえ……あの、お気になさらず……」
「話を戻そう。ノブオの話が本当なら、我々に選択肢はないだろう。人間は協力しなければ生き残れないだろうからなぁ。だから最後にもう一度だけ確認させてくれ───嘘ではないよなぁ?」
「え、はい。嘘をつく意味がないので……」
また、ノブオにユリの視線が鋭く突き刺さる。
この話し合いで何度もこれがあり、少しだけノブオも慣れ始めていた。
スキルのおかげもあり。
《スキル〈ストレス耐性〉のレベルが上がりました》
(……やっぱり、なんらかの精神攻撃を受けているのではないだろうか)
本当にそんなことを考えてしまう。
「……フフッ、すまない。やはり嘘は言っていないな。これまでの問答でノブオの人となりは理解したつもりなのだが。どうも疑いやすくなっている、許せ」
「いえ、大丈夫です……ええ」
「ところで、ノブオの言うビルとは、『渋谷スクランブルスク〇ア』のことではないか?」
「あ、それです。その超高層ビルがまるごと安全地帯なんです。……ですが、その、一つだけ言い忘れていたんですが……」
「ん、なんだ? 何か問題でもあるのか?」
「中身が全て無くなっており、今はもぬけの殻なんです」
そう、ノブオの唯一の懸念はこの点だ。
「……ほう。そういうことか……。まったく、上手くできているなぁ。ただそこに引き篭っているわけにはいかないということか。お前はその事を考慮した上で、我々を勧誘したのか?」
「はい」
「なぜ?」
「外のバリケード。そして武器を持ち警備している人間。それを目にし、ここには“魔物と戦う意思のある人間”がいると思いました」
ノブオの言葉を耳にし、ユリは少しだけ目を見開く。
「……素晴らしい。素晴らしい判断力だ。人は見かけによらないとはこのことだな」
「…………」
(失礼だなこの人……。ナチュラルに人を傷つけるタイプだ……)
「結論は出た。早速行動するとしよう」
「え、いいんですか? そんな簡単に」
「構わない。決断したら行動に移すまでだ。それと、君たちは先にその拠点に帰っておいてくれ。我々は我々のタイミングで行動する。人数が人数なのでな」
「分かりました。……こちらとしても、助かります」
そっと自らにしがみつく少女を見る。
ノブオはユリの気遣いに感謝した。
自分にはこの子を保護した責任がある。
この子を守るために全力を尽くそうと、ノブオは思った。
++++++++++
それから数時間後、ドン・キ〇ーテ内にいる人間は一箇所に集められ、ユリの口から正式に今後の計画が伝えられた。
渋谷に移動するという計画だ。
『魔物が侵入できない場所がある』
それを聴いては、移動にリスクが伴おうとも反対する者はいなかった。
そもそも、ここにはユリに反抗できる者などいないのだが。
───ただ1人を除いて。
(うわぁー、最悪だぁー)
ユリの話を聴き、“彼女”は嘆かずにはいられない。
絶対に自分は着いて行くわけにはいかないからだ。
なぜなら彼女は───魔物であるのだから。
ユリたちが渋谷に移動する決断をしたように、彼女もまた決断しなければならない。
【後書き】
009話でそれとなく示していたんですが、実は人間には他人のステータスは見えません。
そういうスキルがない限りは。
元人間な魔物だけはスキルなしに見えます。
優奈が見ているような簡易的なものですが。
見える理由は追い追い……。
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