チャプター病の記憶障害は治すべきか

ちびまるフォイ

チャプター区切りで自分を見失う

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「それは"チャプター病"ですね」


「ちゃ、ちゃぷたー病?」


「ときおり意識が飛ぶ、と」

「はい」


「気がついたときには時間が飛んでいる、と」

「はい」


「チャプター病ですな」


「どういった病気なんですか」


「まだ未解明の病気なのでなんとも言えませんが、

 わかっていることはチャプターを区切るみたいに

 意識がとぎれて次の瞬間には別のシーンが始まっている、というだけです」


「なるほど……」


「あなた運がいいですよ。チャプター病になった人の多くは

 こうして病院に到着するチャプター病だと知ることなく

 意識のない時間に自殺していることが多いですから」


「治し方はないんですか?」


「さっき言ったでしょう。未解明の病気だと。

 それだけに治療法も確立されていません」


「そ、そうですか……」

「また来てください。一緒に治療法を探しましょう」


病院を出てからも足は重かった。

チャプター病だということがわかったのは一歩前進だが

どうしようもないという絶望を知ってしまったのはよかったのか。


チャプター病になってから自分が行動できる"意識あるシーン"は限られ、

気がつけば自分の知らない場所で知らない人と一緒にいる。


しだいに人間関係は失われ孤独になっていった。

自殺するという人の気持ちも少しわかるような気さえした。


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『今日は急な大雨で傘が必要となるでしょう。

 また、道路の冠水にもお気をつけてください』


テレビがついていた。


チャプター病になってからまず周囲を確認する癖がついた。


「家、か。よかった」


飲みすぎた翌日のように、記憶もないままごみ袋で目が覚める。

なんてこともチャプター病では日常茶飯事だ。


チャプター病では今のように意識のあるシーンと、

今こうして家に入ってテレビを付けていた意識のないシーンがある。


比率では意識のないシーンのほうが多いから、

今のこの時間を大切にする必要がある。


「よし、意識のあるうちに買い物もしていこう」


次のチャプターでわけのわからないものをどっさり買い込んでたら災難だ。


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「あっつ……!!」


周囲を見回して現在地の把握よりも気温に意識が持っていかれた。


ギラギラと照りつける太陽を遮る雲がない。

こんな直射日光を浴び続けたら体が蒸発してしまう。


「天気予報じゃ雨って言ってたけど……こんなの降るわけないよな」


今は商店街に立っていた。


チャプターが途切れていたのでわからなかったが、

どうやら途切れて意識のないシーンでここにたどり着いたらしい。


適当に食料品を買い重い袋を下げながら帰路につく。


チャプター病になってからその日の食べ物はその日だけ買う癖がついた。

次の瞬間に買い込んだものを消費できる保証などないからだ。


「重いな……しかも暑いし……今の時期の天候じゃないよ……」


汗をダラダラと流しながら歩いているときだった。



「あ」



ふと、顔を上げたときには車のフロントガラスごしに

意識を失っている顔をした運転手と目があった。


体が宙に跳ね飛ばされた感覚は遅れてやってきた。


袋ごととびちる食べ物にもったいないな、とかどこか場違いなことを考えていた。



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目を覚ますと、周囲は清潔感のある白色で統一されていた。


「病院、か」


すぐに場所は特定できた。


「気が付かれましたか。ここは○○病院ですよ」


「聞いたことない病院だ……」


以前にチャプター病を治療した病院でも、

まして近所にあった病院でもない聞き慣れない名前だった。


「あの、俺の体は……」


「もう大丈夫ですよ。うちの病院なら完全にさかのぼって根治できます」


「そうですか、よかった……」


「ですが、実はチャプター病の治療には本人の意思決定が必要なんです」


「え? ちゃ、チャプター病? 事故の怪我じゃなくて?」


「チャプター病です。ご自身でいらっしゃったんでしょう」

「そうでしたっけ……」

「そういう症状ですから」


経緯はわからないがチャプター病の治療でこの病院にやってきたらしい。

意識がないシーンだったので知ることはできない。


「ちょ、ちょっとまってください。さっき根治っていいました?」

「ええ」


「それじゃ、俺のチャプター病は治るんですか?」


「もちろんです。現代医学をなめないでください」


「あのやぶ医者めぇぇぇ!!」


未解明な病気だとか、治療法も確立されてないだとか。

それはあのやぶ医者が単に知らなかっただけじゃないか。


もしかして、そうして治療法を教えないことで通院させて

俺から何度もお金を取ろうという算段だったんじゃないか。


「あの、それでどうしますか? 治しますか?」


「もちろんです。チャプター病を治さない選択肢なんてないでしょう」


「いや、たまにいらっしゃるんですよ。このままでいいって人が。

 だからこうして治療の前には本人の意思決定をさせていただいてるんです」


「そんなごく少数の変わり者のために合わせなくても……」


「まあ、あなたは治療するということで」

「はい! お願いします!」


「治療はすぐ終わりますよ。目を閉じていてくださいね。

 目が覚めたときには、あなたは現実へと戻れます」


チャプター病の治療が開始された。



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目が覚めたときには、体全体に冷ややかな感覚があった。


「こ、ここは……!?」


巨大な円筒状の水槽の中に体が沈められて首から上だけが水面に出ている。

体を動かすことはできない。


水面越しに目線を送るとバキバキにへし折れた自分の腕や足が見えた。


「なんだよこれ……どうなってるんだ……」


ガラスの向こうでは以前に相談にいったヤブ医者が老けた姿で立っていた。


「おや? どうしてチャプター病が治ったんだ?」


「おいどうなってる! なにをしてるんだ!」


「なにって、チャプター病の治療じゃないですか。

 あなたが協力してくれるといったんでしょう」


「これが治療……? なんで体が動かないんだよ!」


「やれやれ。記憶がとぎれとぎれのようですね。

 覚えていませんか? あなたは車にはねられたんですよ。


 で、チャプター病という貴重な検体を見逃すわけにいかず

 こうして首から上だけを残して命をつなぎとめているんです」


「そんな……それじゃ俺がチャプター病が治るというのは夢だったのか……?」


「あなたを研究していてわかったんですよ。

 チャプター病の患者は自分の過去と、未来を行き来することができるとね。

 あなたは事故後の現在に意識はなく、過去と未来のチャプターだけを過ごしていたんです」


どうして天気予報が外れていたのか。

どうして未解明とされた病気が急に根治できるようになったのか。


それは俺が過去と未来のチャプターを交互に行き来していたに過ぎなかった。


「チャプター病のままなら現在に意識はない。

 それだけに麻酔もいらなかったから便利だったんですがねぇ……。

 もしかして、未来でチャプター病を治しちゃいました?」


医者は気まずそうな顔をしていた。


俺はもう自分の全身が動かないことと、

これから始まる実験のことを考えるとただ後悔するしかなかった。



「ああ、やっぱりチャプター病は治さなきゃよかった……」

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