偉大なる遺産

若狭屋 真夏(九代目)

魚屋の死

Y市にある小さな魚屋「冨せい」の大将山田友蔵氏が亡くなったのは先月の事だった。89歳の大往生であった。

奥さんの山田さとはすでに亡くなっている。

富せいは江戸時代から伝わる古い魚屋だが友蔵は自分の代で終わることを決めていた。事実息子が二人いるが二人ともサラリーマンで東京におり友蔵氏は75から店は廃業状態だった。

白杖探偵こと深山翼がこの富せいを訪れたのは四十九日の法事の時だった。


「これは深山さん。すみません。わざわざ」こういったのは長男の太郎だ。

「いえ、お葬式には顔を出さずにすみませんでした。なにぶん私のようなものがいるとお邪魔かとおもいまして。」

「そんなことありませんよ。さ、どうぞ」

深山は白杖を太郎に預け太郎の妻に手をもって仏間に通された。

深山は仏壇の前で手を合わせた。


深山と友蔵が知り合ったのは些細な事だった。

バスに乗っていた深山だったがその日はあいにくバスは混んでいた。

高校生が優先席に座っていたが深山には気づかない。

それに気づいた友蔵が

「おい、お前ら。」と高校生にどなった。

「なんだよ、じじい」

「この人は白い杖もってるのがわからんのか?」

「なんだよ」高校生は反抗した。

「目が見えないんだよ。この人は、お前らみたいに無駄に丈夫なわけじゃないんだ。わかったらとっとと席を譲れ」

バスの乗客の視線が高校生に向かった。

「わ。わかったよ」といって高校生たちは立ち上がり次のバス停で降りていった。

「さ、どうぞ」といって翼の手を取ってくれた。

それから翼と友蔵は茶飲み話をするような間柄になった。


「いい人でしたね」翼はしみじみと太郎にいった。

「ええ。ここらじゃ頑固爺さんで有名でしたからね。」

「そんな頑固爺さんだなんて。。」

「さ、どうぞお茶でも上がってください」

太郎にいわれ弔問客の中に入った。

「あ、深山さん。」といったのは商店街の高岡さんだ。酒屋を営んでいる。

「その声は。富岡さんですか?」

「ええ」

こうしてこじんまりとした四十九日が営まれていた。


「それにしても聞いたか?この富せいを買い取ろうなんてもの好きがいるらしいな」

「それそれ聞いたよ。あそこらを買い取ってでっかいスーパーをつくるとか。」

商店街の連中がそんなうわさ話をしている。

「富せいの大将ずっと断ってたらしいな。売っちまったらよかったのに」

 

そんなうわさ話を聞きながら翼はお茶をすすっていた。

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