第7話 スマホ

準備は整った。

当初考えていた通り、まず授業中に電話を鳴らすことにした。電話が鳴るだけならスパイウェアとかウィルス感染は疑われないはずだ。

高山のスマホは、マナーモードへの切り替えはソフトウェア的に可能なので、リモート操作でマナーモードを解除し、スパイウェアを仕込んだ他の奴のスマホから非通知で授業中に電話をかける。鳴らすタイミングも重要なので、高山と同じ教室にいる僕が電話をかける操作をすることになった。


電話を鳴らす授業は、最も厳しい教師で知られる日本史の田代の授業だ。

田代は見た目からして怖く、授業中にメール着信音を鳴らしただけでスマホが没収されたことがあるらしい。なので、電話を鳴らすにはちょうどいい。とはいえ、僕も授業中にスマホを操作するのは危険なので、例のスイッチを使うことにした。ボタン一つで色々できるのに感心する。野嶋くんによれば、ボタン操作でサーバに置いてある特定のプログラムを実行することができるそうで、このプログラムの設定を変えることで様々な機能を使えるようしているとのこと。


授業の様子を見つつ、僕がポケットに入れてあるスイッチを入れると、まず電話をかける方のスマホにアクセスするプログラムが実行され、そこからダイヤルが始まる。もちろん、電源を切っている可能性もあるので、最初のスマホがダメなら次のスマホというように、順に試すようになっているそうだ。高山と同じクラスのやつのスマホからダイヤルすると、電話の呼び出し音が響き始めた際に確認のために自分のスマホを取り出したりすると、自分のスマホが電話をかけているのがバレる可能性があるので、露崎さんのクラスの奴からダイヤルするのだ。


日本史の始業ベルが鳴る。田代先生はいつもベルが鳴り終わる前に教室に入ってくるので、ベルが鳴り始めると同時にみんな慌ててスマホを鞄にしまう。高山の様子を観察すると、いつものように電源は切っていないようだ。これはいける。鳴らすタイミングとしては、授業終わり近くがいいかな。田代は最後の5分間、授業のまとめを喋る。この時間帯で着信音を鳴らしてやろう。授業も終わりなので、そのまま没収したスマホを職員室に持っていってくれるはずだ。


授業はいつものように緊張感を持って始まる。田代はいつも大きな音をたてて出席簿を教卓に置く。叩きつけると言うほどではないが、バタンと大きな音を出して注目させることを目的にしているようだ。出席を取る時の名前の呼び方も、まるで怒られるかのような感じの調子なので、最初から教室に緊張感があふれる。授業中も結構指名されるので気を抜けず、緊張感が最後まで継続する。個人的には、今回の作戦もあるので緊張感が倍増という感じだ。授業終了の5分前になると、先生がまとめに入るのですぐに分かる。ここからは指名されることが無いので、教室の緊張感も和らぐ。


まとめに入ったところでポケットに手を入れボタンを手にする。手が汗ばんでいる。心臓の鼓動が聞こえるようだ。高山の方を見ると教科書を見ている。先生も教科書に目をやっている。よし、やるか。ボタンを押す。まず、高山のスマホのマナーモードが解除される。解除に成功したら、次に露崎さんのクラスの奴のスマホから非通知でダイヤルが開始される。

1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。まだこない。7秒、8秒、9秒、10秒。15秒を過ぎたところで教室に着信音が鳴り響く。鞄の中の電話が鳴っているので、こもった音だ。


やった。


教室がざわめく。先生が教科書から目を上げる。みんな誰のスマホが鳴っているのかと辺りを見回す。自分のスマホかと思い鞄を確認するやつもいる。みんなの視線が高山の席のあたりに集まりだす。高山とその周辺の席の奴らが慌てて鞄の中のスマホを取りだし確認し始める。高山が鞄を開けたところで音がひときわ大きくなる。


「え? え?」

高山が焦っている。まあそりゃそうだろう。マナーモードにしてたんだからな。


彼女がスマホを取ろうと手を鞄に入れる。

僕がボタンを押してダイヤルまでが実行されるとプログラムは一時停止し、再度ボタンを押すと今度は呼び出しが停止される。高山が電話に出る前に呼び出しを止めるのだ。僕は彼女が鞄を開けたところでボタンを押す。取り出して画面を見る時点では呼び出しは止まっており、画面には非通知の着信であることが表示されているはずだ。最初に電話をかける際には、マナーモードの解除とかで少々時間がかかるが、止めるのはボタンを押してから数秒だ。


「何? 非通知? 間違い電話?」


先生は既に高山の席のところに来ている。


「さて、規則通りスマホ没収な」

先生が高山に手を差し出している。有無を言わせない雰囲気だ。


「マナーモードにしてたんです」

渡すのを躊躇している。


「規則では電源を切る事になってるよな。はい、電源切って」

更に手を突き出す。


電源をオフにし、渋々スマホを渡す高山。


「使ってたわけじゃないから、ご両親への連絡は免除。放課後、職員室に取りに来なさい」


やったぜ。

先生はスマホを受け取ると振り返り教壇に戻っていく。

教卓に戻った辺りで終了のチャイムが鳴り始める。


うまくいったことを掲示板に書いておくか。誰にも見られないよう廊下に出てからサイトを開き、報告する。

教室からはイラついた高山の声が聞こえてくる。谷中の椅子隠しに続いて大成功だ。


「最悪! 絶対マナーモードにしたのに何で?」

高山が周りに訴えている。

「切り替えがちゃんとできてなかったとか?」

「発信元によって鳴ったりするとか?」

「非通知って何? 間違い電話? マジでムカつく」

「よりによって日本史の授業中とか」

「あーもう。放課後まで使えないとかマジありえないんだけど」


ざまあ。彼女がイラついていることも書き込んでおくか。

「ナイスです」露崎さんだ。

「中々鳴らないので失敗したかと思った」沖田さん。

「うまく動いたようでよかった。後、発信側の履歴は削除したから」これは、野嶋くん。


そうか。発信したスマホにも履歴は残るもんな。

「ダイヤルしていることには気づいてないようです」と露崎さん。彼女のクラスからダイヤルしたもんな。

非通知でかけるなら僕らのスマホでも公衆電話からでも良かったわけだが、僕らが関わっていることを極力隠すため、自分たちのスマホは使わず、僕らみんなが授業に出ている間に呼び出し音を鳴らすことにした。もちろん、今回のは単なる間違い電話だと思われたはずなので、発信元を調べようってことになることはまずないのだが、僕らは極力証拠は残さないという方針で活動することにしているのだ。


「次のターゲットは私のクラスでお願いします」露崎さん。

いいんじゃないかな。

「確か5人にスパイウェア仕込めてるよね。ゲームデータとかLINERの過去ログ全削除とかはどうかな」と僕。

「嫌がらせみたいな感じだね」沖田さんだ。

「アドレス帳からクラスの15人分の電話番号とメールアドレスもわかってます」これは露崎さん。

「授業中にそいつらの電話も鳴らせるね」また授業中に鳴らしてみるか。

「それより、女子は全員出会い系サイトに電話番号とか写真のせてやりたい」

露崎さん結構過激だな。


「いいかもね」これは沖田さんか。彼女も容赦ないな。

「出会い系に載せるのはスパイウェアがなくてもできるし、後回しでもいいんじゃないかな」野嶋くんは現実的だ。

「確かに後でもできますね。まずは、スパイウェアですね」

彼女はどうしても出会い系には載せたいようだ。でもそれって、結構やばい奴らから電話がばんばん入ったりすると、親に相談にして警察沙汰になるかもしれないよな。


取り敢えず、露崎さんのクラスでも、一番厳しい教師の授業中に電話を鳴らすことにし、これも見事に成功。

この際、多少の工夫を行った。前回、高山の様子を見つつダイヤル開始の操作は僕が行ったが、実際にダイヤルしたのは露崎さんのクラスメートの電話だ。本当なら、電話をかける方と鳴らす方の双方の様子を確認した上でダイヤルするべきだった。まあ、授業中なのでどっちもスマホを使っていることは基本的にはないはずだが、こっそり使っている可能性はなくはない。スマホを手にしている最中にダイヤルが始まるとやばい。


この可能性を潰そうということになった。まず、今回ダイヤルするのは僕のクラスの奴のスマホだ。鳴らすスマホは露崎さんのクラスメートのものなので、鳴らすタイミングは露崎さんが決めるのだが、そのタイミングでダイヤル側に問題がなければ実際にダイヤルされるようにしたのだ。

具体的には、まず露崎さんは僕の時と同じく例のスイッチを使う。誰かがスマホの画面を見て指示できるなら簡単なんだが、一応全員が授業に出ている場合でもできるようにということで、画面を見ないでも使えるよう、彼女がスイッチを押すと僕のスマホをまず数秒呼び出す。もちろんマナーモードにしているのとハンカチで包んでポケットに入れ、振動していることが外に漏れないようにする。振動を合図に僕がダイヤルしても問題ないかを確認し、僕が持っているスイッチを押すとダイヤルが始まるのだ。

この仕組みで後4人、計5人のスマホを没収させたのだが、さすがに連続したためか全クラスのホームルームで授業中の電源OFFを徹底するよう注意されてしまった。無理もない。まあ、数週間もすればみんな電源を切らなくなると思うけど。


さて、スパイウェアを仕込んだ露崎さんのクラスメート5名のLINERを覗いていたところ、どうやらこのクラスの裏グループのようなものを見つけた。もちろん露崎さんは入っておらず、ここで「つゆだく」と呼ばれているのが露崎さんらしい。もちろん愛称という感じではない。牛丼の絵文字で表されることもあるようだ。

来週の授業で提出する数学の宿題について、露崎さんのを写そうというやり取りがあった。写したいやつは結構いるようで、露崎さんに返す際に内容を書き換えるとか消すとか返さずに捨てる、といったことがやり取りされている。露崎さんは数学は得意なようで、成績が良いことや授業で答えたりしていることがムカつくといったこともやり取りされている。結構な人数が参加しているようなので、クラス全員をターゲットにしたいという露崎さんの気持ちも理解できる。露崎さんもこういったグループがあるだろうということは気づいていたらしいが、実際に内容を見ると不愉快だろうな。


この機会を利用できないかと、考えてみることにした。

まず、宿題を写していることを教師にチクるかどうか。これまでの例だと連中は丸写しするのではなく、いくつかは敢えて間違えた答えを書いたりするそうなので、ただチクるだけではだめだろう。となると、連中が宿題を借りに来るところから露崎さんに戻すところまで全てを撮影か録音する必要があるだろうか。休み時間中もスマホをいじってるやつは多く、今回宿題を写そうとしている奴らの一人もいつも手にスマホを持っている。いつもの例だと、連中は3人ほどで露崎さんを囲んで“お願い”してくるそうだ。例のスイッチを使って連中のスマホで録画することは可能だ。

と、色々とみんなで考えて計画も立てたのだが、そもそも撮影や録音したデータをどうやって先生に渡すのかというところで躓いた。先生に送れたとしても連中が露崎さんを疑う可能性は極めて高いし、連中のカメラを使うと、どうやって撮影したのかってところに注目されるのも困る。それに、宿題を写したことをバラしたところで、せいぜい注意で済んでしまうという根本的な問題もある。つまり、リスクの割に効果が低すぎるのだ。ということで、折角の機会だがこの件は放っておくことにした。

連中が宿題を“借り”に来ること自体、露崎さんによるといつものことらしく、プリントがくしゃくしゃになったり返ってこないともあるそうなので、名前欄をボールペンで書いておいたりプリントをコピーし予備を用意しておくらしい。


それにしても、スパイウェアを仕込めたのは大きな成果だが、この成果を活かそうとすると意外と難しい。メールアドレスやLINERアカウント、電話番号も把握しているので、偽のメールやメッセージで色々と騙したり対立させたりはできる。当然本人は送った覚えがないので、仲の良い同士だとお互いにおかしいと気づく可能性がある。なので、何らかの意見の対立的なことが起きたタイミングで、これを煽るようなことができると効果が高そうだが、タイミングが難しい。日頃のイジメって、別に連中がスマホで打ち合わせしてからやってるわけじゃないので、決定的な現場にはそうそう居合わせるものではない。僕らは、スパイウェアがバレることを恐れて過ぎているのかもしれないが。


行き詰まった感が漂う中、野嶋くんから提案があった。

連中のLINERやらメールを覗いていると、僕ら以外にもターゲットにされている奴がいるとのこと。で、そいつらも誘ってメンバーを増やすという手もあるが、それは後々検討するとして、まずはこいつらを陰ながら助けられるんじゃないかという。なるほど。良さそうだ。結果的に連中にとっても気に食わないことになるだろうし。

「いいですね」と露崎さん。

「具体的には?」これは沖田さん。

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