第5話 第一歩

まず最初に誰をターゲットにするか。

僕のクラスではクソ谷中とその取り巻きの3人、それと女ボスの高山とその仲間の何人か。

露崎さんによると、掲示板に登録した名前は7名だが、クラス全員を対象にしたいそうだ。中々闇が深い。

野嶋くんは、クソ谷中とその取り巻きの3人で良いとのこと。彼のクラス内には特にはいないそうだ。

沖田さんも特に誰ってのはいないとのこと。攻撃の発案者だし、高山を挙げるかと思ったのだが意外だ。


さて、みんなで検討した結果、最初のターゲットはクソ谷中に決まった。

それから二週間、僕らにできること、連中の行動パターンとか様々な情報収集に取り組んだ。もちろん、その間も連中のイジメのターゲットにされないよう、情報交換も行った。そして「反撃」に取り掛かった。「反撃」と言っても、最初は実際に何ができるかを確認する意味も含め、地味なものなのだが。


まず、掲示板には各クラスの座席表が登録されている。これは選択科目で使う教室についても同様だ。連中の席は色分けされているからわかりやすい。

で、地学室を使う授業があるのだが、僕のクラスの授業の前に野嶋くんのクラスが使っていて、野嶋くんの席がクソ谷中の席に近い。地学教室は6人で囲む固定の大きな机が設置されており、野嶋くんの席と同列で一つ後ろの島に奴の席があるのだ。彼らの席は壁側なので、授業が終わった後、野嶋くんに後ろの島の方を通ってもらい、その際に奴の席を足で奥に押し込んでもらう。椅子は背もたれのない丸椅子なのだ。で、その島の隣の島にいるのが沖田さんで、振り返れば隣の島の席をとることができる。早めに教室に入る沖田さんがその席を更に自分の島の奥に押し込む。僕が更にその島の椅子を一つ前に足で蹴りながら移動し前の島の奥に押し込む。

椅子自体はどれでもよく、奴の島の椅子が一つ少なくなり、遠くの島の椅子が一つ増えればいいのだ。クソ谷中は授業開始ギリギリにならないと教室に来ないから、先生が来るまでに自分の椅子を見つけられないだろうと考えた。単に椅子を隠すだけだが、初回としてはいいんじゃないかな。


で、結果としては、椅子が前の島まで移動していたこともあり、先生が来るまで見つからずそれなりに目立った。

化学教室でも同じことができるんじゃないかということで、翌日の化学の授業の前に僕と沖田さんが早めに教室に入り椅子を移動してみた。化学教室でも椅子がなかった時には、いじめられてんじゃね?ってツッコミが奴の仲間から入り、本人は笑っていたがイラついているように見えた。

クソ谷中がイラついているところに追い打ちをかけるため、3回目を行った。3回目の授業は更に翌日の音楽。音楽室の椅子は固定された移動できないタイプなので椅子隠しはできないが、音楽の授業の間、クラスの教室は誰もいなくなる。同じ時間、野嶋くんのクラスは休講による自習時間だ。休講は2週間前からわかっていたので、この時間に何かやろうということで最初に検討した。で、何ができるか考えた際、より効果的にするためにはこの前に何回か実行しておくのがいいんじゃないかということで、地学、化学の授業での椅子隠しを実行したのだ。


さて、教室に誰もいないとはいっても、どこから誰に見られるかわからないので、その辺りも考え計画した。

まず、同じクラスの僕は疑われないよう早めに教室を出る。もっとも、僕のことは誰も気にしていないので、教室に残っていても先に音楽室に行ってもあまり変わりはない。なので、早めに入った音楽室で目立つようにすることになっている。音楽室は特に席には決まっておらず、だいたいみんな友達同士で集まっていていつも同じところに座る。友達のいない僕は端っことか後ろといった特等席にはつけないので、人気のない一番前の真ん中あたりの席に授業開始間際に教室に入り座るのがいつもの行動だ。今回は、いつもの一番前の席に早めに座っておくことで、みんなの目に入るようにした。一番前に僕が座ったとして誰も気にしないだろうけど、念のため。


音楽の授業は何事もなく終わり、みんな教室に戻る。僕は真っ先には戻らず、教室に戻る集団の後ろについて一緒に教室に入り席につく。しばらくすると、クソ谷中らが教室に戻ってきた。


「なんだよ」

クソ谷中の声だ。

「なんで俺の椅子がねーんだよ」


注目が集まる。椅子隠しが三回も続くと、さすがに偶然とは思わないよな。まあ、それが狙いなんだが。

「マジでいじめられてんじゃね?」仲間の宮田がちゃかす。

「お前らか」

「しらねーよ。一緒にいただろ」

「ふざけやがって。お前の椅子よこせ」

「はあ? いじめられてるお前が悪いんだろ」

「何で俺がいじめられるんだよ。ふざけんな」

「知るかよ。自分の椅子ぐらい自分で探せ」

「くそ。お前らだろ」近くにいた奴に絡む。

「知らねーって」クラスの連中も三回目ともなると何かあるなと思い面白がっている。

「何がおかしい」谷中がイラ立つ。

「まあ落ち着けよ。いじめられっ子」仲間が追い打ちをかける。

「ふざけんな」

「なにムキになってんだよ。椅子がないなら立ってろよ」

「空気椅子って手もあるぞ」


「騒がしいな。席について」先生が入ってきた。

「せんせー、谷中くんの椅子がありませーん」

これは宮田だな。一部で笑いがあがる。

「椅子ってこれか?」

教師が教壇の下から椅子を引き出す。

「誰だよ。クソ」谷中が椅子を取りに向かう。椅子をつかむと乱暴な仕草で椅子を持ち上げ自分の席に戻る。


これは大成功といっていいな。

僕らがやった方法はこうだ。自習時間の野嶋君が行動するのだが、野嶋君が教室に出入りするところと、教室の中にいるところを見られないよう見張りを用意した。見張りといっても、野嶋くんのクラス以外はみんな授業中なので、ちょっとしたテクノロジーを使う。

自習時間、クラスの半数は図書室に向かう。みんな一斉に教室を出るわけではないので、誰がいつ廊下に出て来るかわからない。A組からE組の教室は同じ棟に並んでるので、A組側の廊下の突き当りから廊下を見渡せば、各クラスの出入りを把握できるので、この廊下の突き当りにある窓枠にカメラを仕掛けたのだ。WiFi対応の小型カメラで、野嶋くんのモバイルルータと接続する。ルーターも教室に置いたのでは電波が弱いので、カメラと一緒に窓枠に設置する。カメラの映像はモバイルルータから野嶋君の自宅サーバに転送され、僕らはそこにアクセスし確認できるようにしてある。これを授業中にこっそりとスマホで確認し、誰かが廊下に来たらアラートボタンを押すことになっている。


カメラやモバイルルータのバッテリはせいぜい数時間しかもたないことと、小型とはいっても見つかる可能性はあるので、設置している時間をできるだけ短くするため、午後最初の音楽授業が始まる前、昼休み中に僕が窓枠のところに置くことになっている。この窓は手を伸ばせば届く高さだ。

廊下の突き当りには、隣の棟に繋がる渡り廊下と2階に降りる階段がある。渡り廊下は屋外にあり、中庭を挟んだ向かいのF組からJ組の教室が並ぶ棟に繋がるが、普段渡り廊下に出るドアはしまっており、ここを通る生徒は少ない。昼休みになって15分程経ったあたりの時間帯は昼飯の真っ最中で廊下を歩く奴はほとんどいない。設置現場を見られる可能性が低いこの時間帯に設置。設置の際、僕のクラスC組から廊下の突き当り方面に歩くとA組にいるやつに見られるかも知れないので、念のため2階に降り、2階の廊下突き当りから階段を登ることにした。後から考えると、教室の廊下側の窓の下半分はすりガラスだし、昼休みなので立ってるやつがいたとしても、中庭の方を向いて歩けば問題なかったんじゃないかな。逆に2年の教室の前を歩くほうが不自然だったかも知れない。


廊下の突き当たりに立っているのは目立ちそうなので、二階に降りる階段を一段降りて身を隠し、廊下を覗いて誰もいないことを確認してから廊下に出てカメラを設置した。カメラそのものを置くとバレるかもしれないので、廊下の壁と同じ色の箱に入れている。箱にはカメラとモバイルルータを入れている。これを窓枠の右下の角に置いたのだ。階段から廊下に出てカメラを設置するまでの所要時間はせいぜい3秒程度だろう。設置してすぐに廊下を振り返り誰もいないことも確認した。窓枠の一部のような感じに見えるんじゃないかと思う。カメラのレンズは広角なので、大体の方向があっていれば問題ない。昼食の後、C組の前からカメラを設置した窓を注視してみたが、カメラのようには見えない。目に入ったとしても小さいので怪しいとは思わないだろう。


カメラ設置後の僕らの実際の行動はこんな感じだ。

授業中に僕、沖田さん、露崎さんがスマホで野嶋くん家のサーバにアクセスしカメラの映像を確認。廊下に人が見えたら即アラートボタンをタップする。階段の一部と廊下の奥まで見渡せるので、解像度はそれほど高くないが、人が来ればすぐに分かる。カメラの映像のタイムラグは1秒程。つまり、実際に人が現れてから1秒程度遅れて表示されるわけだ。

図書室に向かうD組生徒の流れが途切れ、教室に残る生徒の動きから頃合いを見計らい、野嶋くんが教室を出る。野嶋くんが教室を出たタイミングで、彼が出発ボタンをタップ。映像では野嶋くんかどうか判別がつかないので合図してもらうのだ。廊下に出た野嶋くんは、廊下に誰もいないことを確認したらすぐに隣のC組の教室に入る。カメラの画像を見る僕も緊張する。


教室に入ってから出るまでの実行時間はせいぜい30秒程と見ている。こちらは授業中なのでバレないようにしないといけないが、一番前の真ん中の席は少なくとも教師には見つかりにくい。教科書と腕で隣からも見えないよう隠しているので問題ないはずだが、野嶋くんが教室に入って以降は画面を注視する必要があるため油断できない。僕が見つかっても沖田さん、露崎さんの二人が見ているから大丈夫なはずだが。

そうこうしている内に野嶋くんが完了の合図でもある出発ボタンを押した。いつでもC組の教室を出れるという合図だ。カメラ映像を見ている僕らは、問題なければOKボタンを押すことになっている。問題が発生した時にアラートボタンを押すだけだと、何らかの異常でボタンを押せていない場合に気づけないからだ。僕は誰も廊下にいないことを確認しOKボタンをタップ。沖田さんと露崎さんもOKを押した。野嶋くんが廊下に出て図書室の方に向かう。成功だ。

カメラは、設置の時と同様に僕が回収した。回収したカメラは、階段のところに来てもらった露崎さんに渡すことにした。僕がAクラスの方から教室に戻るのは不自然なので、念のため僕はカメラを持たないことにしたのだ。まあ、ここまでやる必要はないけど。


放課後、掲示板を開き谷中の様子を書き込んでおく。露崎さんは、監視カメラの映像を見ながら指示をだすところが海外ドラマのCIAとかFBIのようだったって書いている。


クソ谷中への椅子隠しはこの三回で終わりとした。もちろんこれで反撃が完了したわけではないが、ターゲットは他にもいる。

次の日、面白いことに谷中が教室に来る前に宮田が谷中の椅子を教壇の下に移動させていた。隠れてとかじゃなく堂々と。笑いながらお前ら黙ってろよって、周りに声をかけていたから冗談のつもりなんだろう。教室に来た谷中が椅子のないことに気づき、何も喋らずすぐに教卓に向かい椅子を回収。かなり不機嫌だ。このあたりから、連中の中で谷中の地位が下がったんじゃないかって気がする。

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