第8話.(ト)レジャーを楽しもう! その1

──カッポーーーーン……


 と言う効果音を聞けばおおよその察しはつくであろうが、ここは風呂場。ただし、俺とランの愛の巣(テレテレ)たる我が家に設けられた、少し広めの家庭風呂ではない。


 「わーーここのお風呂、お屋敷の大浴室より広いですぅ!」

 「これ、カンティ。風呂場で走ると転びますぞえ」

 「そうですわ。淑女(?)として、いたずらに騒いではいけませんわよ」

 「姉君様、ママ、ごめんなさい」

 「(ブクブクブク……)」 ←無言のまま湯船で潜水している


 楽しそうな声が“壁”の向こうから聞こえてくるのを尻目に、溜め息をつく俺達。


 「……なぁ」

 「あんだよ、カシム?」

 「野郎ふたりで温泉につかるのって、微妙に虚しくネ?」

 「わざわざ再認識させんな!」


 いや、まぁ、混浴でもない限り、そういう展開だろうと覚悟はしてたが。

 ──そう言えば、身体的性別だけで言えばカンティもこっちのはずなんだが。

 まぁ、あの子の場合、まだ女湯でもギリギリセーフな年齢だろうし、下手に男湯こっちに来るほうが、見た目的にむしろ貞操の危機かもしれんが。

 キャッキャと騒ぐ女湯の喧騒をBGMに、俺とカシムは苦笑しながら、湯船の縁に置いた盆上のニッキ酒に口をつけた。


  *  *  *


 事の発端は、1週間ほど前に遡る。


 先日、俺達の師匠に諭されて以来、ランもいろいろ思うところがあったらしく、このところハントマンとしての自分のスタイルを見直しているようだった。

 本来ならズブの素人が受けるべき協会主催の武器講習会に参加したり、高価な錬金術士用のレシピを買って、調合のベストな組み合わせをいろいろ模索したりしている。


 今回も、ランが最近作った弩砲バリスタの星虫紅天砲を試してみたいと言い出したので、バリスタ使いの先生としてキダフ(とそのオマケのカシム)に来てもらい、オルギウス狩りで実地訓練に臨んでみた。

 キダフによれば、ほとんどバリスタを使ったことがないにしては、ランの筋はなかなか悪くないと言うことだったが……。


 「うーむ、いまひとつしっくりきませぬのぅ」

 ラン本人は、どうやら納得がいかない様子。

 できるだけ軽量な弩砲を選んだんだが、どうもランも俺と同様、敵の攻撃を「ガードして受け止める」より、「回避してかわす」やり方を好むみたいだしな。


 本来バリスタ使いの運用は盾役タンクとなる前衛とセットが前提条件ふつうだ。最小限の回避はともかく、原則的に鈍足な後衛を防御する前衛の負担は、自然に重くなる。

 それはそれでチームプレイというヤツなんだが、そのあたりの感覚がピンときてないランは、無意識に自分で避けようとして、その分挙動が遅れている。

 そういう細かい積み重ねが違和感に繋がってるんだろう。


 「じゃあ、今度は長弓ロングボウでも試してみるか?」

 武器の重さの順で言えば、弩砲>長弓≒軽弩>短弓ショートボウで、普段使っているクロスボウとあまり変わらんからな。


 「ふむ、軽弩同様軽快に動き回れると言うのは中々魅力的ではありますな」

 ウンウンと頷くランに、カシム夫妻も助言する。

 「それに、矢の弾道はクロスボウの弾と違って弧を描くから、複数で狩りをしている時は便利だぜ」

 「──矢に細工がしやすいのも利点」

 本人を含めて全員の賛同が得られたことだし、とりあえず次回は標準的なパワーハントマンズボウでも試し撃ちしてもらうとするか。


 そんなことを話し合ったのち、俺達は酒場を出たんだが……。


──トンテンカン! トンテンカン!


 「なんだ、ありゃあ?」

 酒場の裏手で何やら工事をしていることに気がついた。


 「ああ、何でも村おこしの一貫で、あそこにリゾート施設を作るらしいぜ」

 りぞーとしせつぅ? こんな片田舎でか?


 「一応ここも王都の手前に位置する村のひとつだからな。ある意味宿場町だし、人通りもそれなりにはあるぞ?」

 ふーん、そんなモンかねぇ。ま、俺達には関係ねーか……と、その時はスルーしたんだが。


  *  *  *


 それから半月あまり。ランが徐々に弓の使用に慣れ、狩猟士協会で請ける依頼クエストの内容に応じてクロスボウとの使い分けができるようになったころ。


 「お姉様、お兄様、酒場の前でこんなものを戴いたのですが……」

 例によって遊びに来た──今日は珍しくカンティも一緒だ──ヒルダが、家に入るや否や一枚の紙切れを俺達に差し出したのだ。


 「なになに、『ロロパエ・トロピカル・センター オープン!!』……なんじゃ、こりゃ?」

 「ふむ。察するに、以前、カシム殿が言っておられた“りぞーと施設”とやらでありましょう」

 ランに言われて、そう言えばそんなこともあったっけなぁ、と思い出す。


 「このチラシで4名まで半額に割引されるみたいですわね」

 なるほど。チラチラと俺達のほうを見て来るのは、「一緒に行きませんか?」とのお誘いなわけね。

 まぁ、元々貴族の箱入りお嬢(最近はそうとも言い切れないが)である我が妹君としては、本物の保養地リゾートより、こういうバッタモンくさい代物の方が、むしろ物珍しくて好奇心をそそられるのだろう。

 入場料は──大人ひとり200ジェニ(子供は半額)か。ふむ、別にこれくらいなら、まとめて俺が出してやってもいいか。


 ちなみに、我が家の家計簿はランがつけているのだが、ぶっちゃけ俺は出費に関して文句を言われたことはない。まぁ、大きな出費は大概が仕事がらみの武器や防具関連だし、無意味な贅沢品には俺もランもあまり興味ないしなぁ。

 ハッキリ計算したことはないが、王都でそこそこ大きな一軒家を即金で買えるくらいの貯えなら、十分あるはずだ。

 そういうわけで、たかだか3人(いや、カンティも入れて4人か?)分のリゾート施設費くらい出すことなんぞ屁でもないんだが……。


 「しかし、ここ、何するところなんだ?」

 せっかくの休養日でもあることだし、善は急げとばかりに4人で酒場の裏手まで来たはいいが、「ロロパエ・トロピカル・センターへようこそ!!」と妙にカラフルな原色の文字で書かれた看板を見ると、一気に脱力してくる。


 リゾート施設──ロロパエ・トロピカル・センターとやらは、少なくとも規模だけはなかなか大層なものだった。目の前の建物に関して言えば、この村で一番大きな村長の家を軽く凌駕し、ちょっとした劇場なみの広さはある。よくこの短期間で作れたモンだ。


 しかし、もそもそも行楽地リゾートと言っても具体的に何をするんだろう?


 「えーと……この小冊子には、わくわく冒険ゾーン、うきうきグルメゾーン、ほかほか温泉ゾーン、それと、スペシャルディナーショウがある──と書いてありますわ」

 「もっとも、でぃなーしょうとやらは予約制みたいじゃから、今からでは無理やもしれませぬが」

 もうチェック済み!? お前ら行動早いなぁ。

 ランのヤツもそんなに乗り気ではなかったみたいなのに、ここへ来て俄然好奇心もあらわにキョロキョロしてるし。冷静そうに見えて、実は旅のしおりとか浮き浮き作るタイプと見た!


 まぁ、そういうことならいいか。

 「大人3名と子供1名、頼む」

 「ありがとうございまーす」

 協会の女性制服エプロンドレスと少し似てるが、ピンクの色彩とフリルの面積が大幅に増量された制服を着た受付嬢に料金を支払うと、営業スマイルとともに紐のついたタグのようなもの差し出された。

 「そちらが入場証になります。本日1日有効ですので無くさないようにお願いします」


  *  *  *


 「で、まずは“冒険ゾーン”とやらに来てみたわけだが……何でいるんだ、お前ら?」

 「それはこっちのセリフだって」

 建物の裏手に通された俺達は、そこでカシム&キダフ夫妻とバッタリ出くわしたわけだ。


 「──この施設は今日から開幕で半額サービス中。さらに狩りの休養日が同じである以上、同じ日にここへ来ることを思い立っても不思議ではない」

 キダフさん、冷静なツッコミありがとさん。


 まぁ、情報屋で珍しもん好きのカシムが、ここ来るのは、ある意味自然な流れか。むしろ……。

 「どうした、マック? 突然家族サービスに目覚めたのか?」

 ちっ、嫌な笑い方するなって。

 確かに、どっちかと言うとものぐさな俺がこういう場所にいる方がヘンではあるんだろうが。

 「まぁ、そんなところかね。ところで、冒険ゾーンって何するんだ?」


 「よくぞ聞いてくれましたッ!」

 ピョコンと俺達の足の間から一匹のケトシーが顔を出す。

 黄色く塗ったレザーヘルムのようなものをかぶり、レザーベルトらしき護帯をしめたそいつは、俺達の注目を浴びてエッヘンと胸をそらせる。


 「挨拶が遅れましたニャ。私、トレジャーハントマン見習いのリチャードと申します。以後、お見知りおきを」

 ケトシーのクセに、いやに気取った仕草で優雅にお辞儀をするリチャード。


 「御宝探索屋トレジャーハントマンって……」

 「確かロッテ村で始めた新たなハントマンの形態だな。大型獣や巨獣モンスターを倒すことより、希少な素材を持ち帰ることの方に重点を置くんだ」


 ああ、そう言えば聞いたことはあるな。竜鱗石だとか秘硬玉だといった珍しい素材ものを納品することで、通常買い取り以上の金が手に入るんだっけ。


 実は、前述のような希少素材は、確かにレアではあるが、同時に協会では、必ずしも高く買い取ってもらえるわけでもなかったりする。

 理由としては、単に使い道がなかったり、用途自体はあっても出来る製品がそれほど必需品じゃなかったりと、市場での需要があまり高くないからだ。


 「その通りだナ。けど、最近の技術の進歩と錬金術の復興で、そのあたりがある改善されたらしいゼ」

 さすが情報屋を自称(「いや、自称じゃないゾ! それで生計立ててるヨ!?」)するだけあって、カシムが理由を説明してくれた。


 「そのとおりですニャ。通常の狩猟ハントに比べると、巨獣とまともにブツからなくともよい分、非タレントの方でもニャれる可能性が高いのが、御宝探索トレジャーハント

 この冒険ゾーンでは、そのトレジャーハントマンの気分を体験・満喫していだくための設備ニャのです」

 なんでも、村の裏山に手を入れて一定区画を区切り、密林を模したフィールドを作ってあるらしい。無論、広さは段違いだが、何頭か小さめの大型獣も放してあるのだとか。


 「お客様は、ふたりひと組みで出発して、時間内にできるだけたくさんフィールド内に隠された“御宝素材トレジャー”を持ち帰ってもらいます」

 ポイントが一定値を越えると賞品も出るらしい。


 コースは初級、中級、上級の3つあって、初級ならボアズや無角鹿セルボ、あとは大型板歯獣フォーベロムスくらいしか出ない(ただし、洞窟内に1匹だけ奔蜥蜴ラプタンが放してあるとのこと)が、中級はラプタン数体が、上級ではさらにメガボアズまで出るらしい。


 「おいおい、そりゃちょっと危険じゃねーか?」

 「素人にはオススメできない」

 カシムやキダフの言うとおりだ。俺達ハントマンなら、それくらい楽勝だが、素人相手の娯楽としては危険過ぎるだろう。


 「ご心配なく。ハントマンの登録証カードを持たニャい方は、初級から始めていただきます。初級、中級で一定の成績を出した方のみ、上級コースにチャレンジしていただける仕組みニャのです」

 リチャードによると、当然武器や防具も貸し出しており、キチンと説明を聞いてそれらを使えば問題ないとのこと。


 防具のほうはごくふつうのライトレザー系だったが、問題は貸してくれると言う武器のほうだ。

 「こりゃあ……」

 「ふむ。この片手剣(?)は、噂に聞く“ネタ武器”とやらですかな、我が君」

 「こっちのハンマー(?)はクマさんのぬいぐるみがついてますよー!?」

 そのとおりだ、ラン。割と有名なネタ武器で「ケットにゃん棒」ってヤツだ。あとカンティが楽しそうに持ち上げているのは、「おやすみテディくん1号」だな。


 「こっちのランスはシープカウントスピアか。なるほど……」

 カシムが何かに気づいたようだ。

 「──軽弩のケトシードールガンもある。ただし、弾は麻痺弾と睡眠弾のみ」

 キダフの言葉を聞いて、俺にも意図がわかった。

 「ここにある武器は麻痺と睡眠に特化してるんだな?」

 「ご名答ですニャ!」


 リチャードいわく、ここの動物たちは特殊な餌を与えてあるので、ボアズなら1回、ラプタンでも2回ほど攻撃を当てれば睡眠状態になり、そのまましばらく眠ったままになるらしい。

 麻痺も同様で捕獲用麻酔弾を打ち込んだときのように深い眠りにつくのだとか。

 ちなみに、実は武器自体も与ダメージが激減している代わりに、状態異常攻撃がよく効くように、オリジナルから改造してあるらしい。


 「なるほど。これなら素人でも比較的安全にハントマンの真似ごとが楽しめる、と言うわけですわね」

 ヒルダの言う通りだろう。


 素材の剥ぎ取りに関しては、大型獣・巨獣の身体にいろんな御宝トレジャーの代替タグがくくりつけてあるので、それを外して持ってくればいいらしい。

 本職の俺達からすれば茶番だが、お遊びと割り切るならそれもアリだろう。


 「ま、物は試しだ。いっぺんやってみるか」

 ふたりずつとのことなので、相談した結果、俺とカンティ、ランとヒルダ、そしてカシム夫妻と言う組み合わせと順序で始めることとなった。


 とりあえず、ズブの素人かつお子様であるカンティのことを考慮して、初級コースを選ぶ。武器に扱いやすい片手剣「ケットにゃん棒」を選んだのはいいとして……。

 「兄君様ぁー、似合います?」

 軽革鎧ライトレザーアーマーに着替えたカンティがうれしそうに見せびらかしにくる。


 「や、やっぱり……」

 ──案の定と言うべきか、女物を着せられていた。まぁ、本人に支障はなさそうなので、あえて口にするのは差し控える。

 と言うか、よくこんな小さい子用のがあったな、オイ。まぁ、「親子で楽しめる」と謳っている以上、用意しておくのが当然か。


 はしゃいでいるカンティを連れてフィールドに足を踏み入れると……。

 「ほう……」

 「わぁ……」

 広さは“本物”の10分の1程度だが、思ったより本格的な密林に近い雰囲気が再現されているようだ。


 とはいえ、そこは初級コース。とくに突っかかってくる大型獣なんかもいないみたいなので、いくつかの採取ポイント(?)を探ってそれらしい“トレジャー”を見つけ出すのは簡単だった。

 「採取する」じゃなく「見つけ出す」と表現したのは、素材そのものじゃなくて、タグ人造模型レプリカが埋めてあったり括り付けてあったりしたからだ。


 「くっ、この偽メロン、果物のくせして重過ぎるぞ」

 「兄君様、がんばって!」

 「いや、俺のほうはいいから。カンティ、そこの草むらを捜してみな」

 なるほど、重量物運搬依頼の要素もあるわけか。まぁ、攻撃してくる相手はいないから、さほど問題はないんだがね。


 ベースキャンプ(?)地点に隣接する4つのエリアを中心に探索し、あっと言う間に制限時間の10分は過ぎていく。


 「わわわ、かかった! ど、どうしましょう!?」

 「慌てるな、カンティ。じっくり竿を持ち上げるんだ」 

 ベースキャンプ内の釣り堀で、カンティが備品の釣り竿で虫喰い活魚を釣り上げたところで、ちょうど制限時間となった。


 「15000ポイント。おみごとですニャ! 1等のハーブセットを差し上げます」

 どうやら初級コースとしては破格の点数だったらしい。薬草とデトック草、陽光草と月見花と眠り人参の5点セットという、意外に実用的な賞品がもらえた。

 ちなみに薬草はもちろん、その他の草もすべて薬物の材料になる代物だ。錬金の心得がなくとも簡単な調合の知識があれば利用できるので、売るもよし、自宅で使うのもよし、ってヤツだな。


 「いかがでした、我が君?」

 「うん、それなりにおもしろいかもな」

 1度も戦うことはなかったが、ハントマンになりたてで素材採集ばかりしていたころを思い出して、ちょっと懐かしかったしな。


 「それはよぅございました。では、妾たちも」

 「はい、お姉様。行って参りますわ、お兄様」

 ランとヒルダの仲良し義姉妹ペアは、それぞれ「おやすみテディくん1号」と「ケトシードールガン」を得物に選んだようだ。


 「ママー、姉君さまー、がんばって~」

 無邪気にヒルダたちに手を振っているカンティを横目で眺めながら、俺はふたりがゲートから出発するのを見送る。


 本来は一応“素人”であるヒルダがいるので初級コースから始めるべきなのだろうが、かつてランと“勝負”したときに臨時に作らせた登録証があるから、あえて中級コースに出かけるらしい。

 まあ、あいつも砂漠で一度“蟹”相手の実戦は体験しているわけだし、ランもついてる。問題ないとは思うが……。


 「──って、コレ、フラグじゃないよな? 大丈夫だよな?」

 「??」

 ひとり言でツッコミを入れる俺を、隣りでカンティが不思議そうに見つめているのだった。

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