第6話 鉄道模型レイアウトできるかな
1 なにもないところから
「でっきるっかな、でっきるかな!」
「ツバメちゃん、ホント楽しそうね」
「そりゃそうよ。鉄道模型レイアウト作るなんて、鉄道趣味の人間の夢だもん。
模型車両は持てても、それを走らせる風景ジオラマがない人がほとんど。
それを作っちゃうなんて、夢みたいだもん。歌歌っちゃいたくなるぐらい」
「本当にそうですわねえ。走らせる線路に駅や引込線、そしてその駅前の賑わう商店街。電車が走る郊外には畑や田んぼ。途中には踏切があったり信号所や変電所といった鉄道施設。見慣れた鉄道風景の中を自分の愛した車両が実物のように走る。作り込めばますますリアルな自分だけの風景になる。鉄道模型レイアウト製作はまさしく至高にして最高の贅沢な趣味ですわ」
詩音が同意する。
「普通はそれを造るにはいろんな壁がある。
でも、私たちにはその時間が!」
「ないわ」
御波の声にがくっとツバメはコケる。
「定期試験に抜き打ちテスト、そして受験や就職の準備もある。1年生のうちから、ね」
「じゃあ場所!」
「それもないわね。使えるのはこのジメッとした狭い部室だし、それも半分備品倉庫にもなってて狭いし」
「お金は……もとより当然ないよね」
「はぁー」
全員ため息をついた。そのため息がコーラスになる。
「エントリーしたのに、これじゃ高校鉄道模型コンベンションに出展できないよー」
「うむ、再びピンチなのである」
総裁はそこで、キラリと目を輝かせた。
「斯様な窮地に陥ったわが鉄道研究公団ではあるが、この押し詰まった戦局を挽回し、一挙に形勢を逆転する策を考えたい。
うむ、そこで作戦会議であるのだ」
「ええー」
華子が声を上げる。
「会議はイヤか?」
「いいよー」
ずるっとみんなコケる。
「では、会議をしよう」
総裁が将棋の大盤解説板をかねたホワイトボードに書き込む。
「まず、第1問。速度Sで移動する点Pの気持ちを答えなさい」
「何のコピペの問題なんですか! 数学と物理と国語の問題がごっちゃになってますよ!」
「これをなんと読む!」
「ハズレ! って、往年の『アメリカ横断ウルトラクイズ』のバラマキクイズじゃないんですから!」
「罰ゲームは怖くないかー!」
「罰ゲーム、って」
「国際展示場に行きたいかー!」
「……行きたいですわね。高校生コンベンションの会場ですもの」
「行きたいなー」
「もちろん、出展側として、ね」
「うむ」
「ようやく軌道修正」
「では、『困難は分割せよ』というのが数学などの問題のセオリーであるな」
サラサラと総裁がホワイトボードに書き込む。
「まず、必要なのは先程より話題の、時間、場所、資金である」
みな、どよーんと沈んだ。
「全部、ないですね。まるっきり」
「まず、場所である。これは」
「この部室じゃ、無理ねえ」
「そうですよー」
「まず、その前に、前提条件から解決するのである。
すべてを一挙解決するには、まず潤沢な資金、大きな政治力、そして優秀な技術である。『まー、しょのー』が口癖の我々の大先輩に習って、豪雪をもたらす山脈をドーザーで削ってしまい、その土砂で日本海を埋めてしまう手法を見習うのであるな」
「田中角栄の『列島改造計画』……」
「功罪いろいろありますよね。上越新幹線も整備新幹線計画もその結果できたけど、そのせいで寝台列車もなくなったし、もっと視野を広げれば国の財政もどんどん危なくなった。米ソ冷戦があったからその下で目立たないですんだけど、今の地方の衰退もあれがきっかけのところはあるし」
カオルが明晰に話しているが、その時だった。
「さふであるが、しかし! あのままなにもしなければ、新潟を始め日本海岸は雪深い『裏日本』と呼ばれたままであり、先刻までの経済大国日本への経済成長がなかったことは確かなのである。
そこで、ワタクシもこの鉄研を救い、高度成長を達成するために、海老名高校改造計画、『キラノミクス』の発動を宣言するのである!」
「過激ー! でも、何を改造するの?」
「この高校を2年で甲子園の狙える高校にしてみせます、ぢゃなくて。
鉄道模型の甲子園・コンベンション出展を狙えるように、私はこの高校を変える!」
「今度は『少女革命ウテナ』……古すぎだし、また各方面から非難ゴーゴーですよ」
「そのためには先程の3つの力! 政治力、資金力、技術力!」
「全部どこにもないですよー」
「そこに秘策がある」
「わっ、なんか嫌な予感がブワッと!」
「総裁の秘策って嫌な予感がすごいですよね」
「これなのである」
総裁の見せたのは、部員名簿であった。
「この部員数をまず3倍、いや、9倍にするものなるのだ!」
「えええっ」
「まず『キラノミクス』第一の矢、それは『部員数9倍増計画』なのである!」
「無理ー! 絶対無理!」
「うふふふふふ、ところが、実はこれはすでに確実であるのだな」
総裁は笑った。
「えっ?」
総裁はすっと、ポケットからカードを取り出した。
「総裁の部員証? バレー部特別臨時レギュラー、ソフトボール部特別臨時レギュラー、バスケットボール部特別臨時レギュラー、水泳部特別臨時レギュラー、柔道部特別臨時レギュラー……ええええええ!」
「なんですかこれー!」
「総裁、これ全部本物なの!?」
「うむ、すでにワタクシは運動性能においては『超高校級』と呼ばれておるのだ」
「聞いたことないわ……」
「当たり前なのである。この高校の運動部が1人のワタクシ鉄研総裁を助っ人臨時レギュラーにせねばまともに戦えない有り様であるとなったら、その真相は職員室、PTAや県教育委員会を心底から激震に陥れるであろう!」
「うちの学校、体育会系の部活、弱いもんね。ダンス部とか放送部は有名だけど」
「よその学校が強すぎるんです!」
「第一、『臨時レギュラー』って何? イミわかんないし!」
「でも、そういえば、総裁の食事って、すごい多いわよね」
「お昼に『ほっともっと』のお弁当6人前とかザラだもんね」
「総裁が買っていったあとのコンビニのお弁当の棚って、明らかにそれとわかるほど減ってるし」
「お陰で鉄道食堂『サハシ』の経営も」
「おとーさんが泣いてたー! 放課後に寄って食べていく総裁が食べ過ぎるってー!」
「それでときどき総裁、部活の掛け持ちで所在不明になるのか」
「さふである。一般的に鉄研といふものば弱小文化系部活なのであるが、それを一挙解決する秘策」
総裁はそこでさらに目を輝かせた。
「それは、これまでそうして『貸し』を作っていた各体育会系の部活の部員を、ここで一挙に、わが鉄研との掛け持ちにしてしまうのである!」
「えええっ!」
「その代わり、ワタクシ、特別レギュラー・助っ人キラを大会にレンタル出場させるとともに、遠征などの移動の旅程立案・移動誘導をわが鉄研がするという引き換え条件に、部員の相互乗り入れを実現するのである!」
「相互乗り入れ……」
「うむ、鉄道経営の発展には路線網のネットワーク化が必須であるのだな。『鉄道王』を目指すセオリーでもある」
「そんな、いいんですか」
「うむ。すでにその記入済み名簿はここにあるのだ」
「早っ! 早すぎ!」
「バレー部20人、ソフトボール部23人、バスケットボール部19人、水泳部16人、柔道部10人。〆て88名を一挙にわが鉄研に入部させることに成功している。
これで鉄研部員数は名簿上では94名。我が海老名高校において、我が鉄研は9倍増どころか、吹奏楽部を追い抜いての最大の部活へと一挙に踊り出るものなのである」
「ヒドスギル!」
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