2 海老名鉄道研究紀行
高校を出て右折し、コメダ珈琲の角を左に曲がると警察署があり、その道の左側に消防署と市役所が建っていて、向こうに高層マンションとショッピングモールが並ぶ海老名駅前が見える。図書館はJRの駅がある線路の陸橋の反対側である。
ここは相模国の国分寺があったところなので、ショッピングモール『ビナウォーク』の中央にはその五重塔が復元されていたりする。当然意匠が周りのモールと全く似合っていないのだが、それも含めて海老名名物となっている。その近くにはシネコンやゲームセンター、漫画喫茶が並んで、商業地区として繁栄を誇っている。
「学校から一番近い駅に大きな車両基地があるとか発着する路線が多いとか、本当は鉄研を作るにはうちの高校は最適なのにね。それなのになんでなくなっちゃったんだろう。後継者にそんな困りそうでもないのに。
そういえば私は乗り鉄と模型鉄もやるけど、ツバメちゃんは何テツ?」
「私も模型鉄と乗り鉄の掛け持ちかな。時刻表もスキだけど。総裁は」
「うむ。私は鉄道王を目指しておるのであるから」
「……聞かなきゃ良かった。ヒドイっ」
3人で用水路の上に作られた幅の広い歩道をだらだらと歩いて、駅に向かう。
「しかし本当に海老名って鉄道の街よね」
「さふなり。小田急と相鉄とJRの発展とともにある街である。とくに駅前の小田急が持っておる土地は長い間露天駐車場と駐輪場であったが、いよいよその開発の時が来たのであろう。地価が高くなってから一気に開発し人口密度を上げた高度都市にするのはゲーム・シムシティのセオリーでもあるぞよ」
「総裁どんなゲームにハマってたんですか。それに『艦これ』はDMMのアカウントないと遊べないはずですよ。あれ18歳以下はだめなんじゃ……」
「うぐう、さふであった」
「ゲームしてないのに、あんなに『艦これ』ネタ乱発してたんですか?」
「なんか陸サーファーとか海スキーヤーみたい」
「ぐぬう」
総裁は思わぬことで二人にやりこめられて悔しそうにしている。
「ポポンデッタ海老名の模型の品揃えがもっと良ければいいんだけどなあ。せっかくビナウォークにあるんだから。でも店が小さいからなあ」
「でもなぜかあそこ、人気あるんだよなあ」
「ああみえてもあの店は見どころがある。目立たないがあの店、模型の消耗性部品の品揃えが充実しておるのだぞ」
「あ、それはいいよね」
「集電スプリングとかキャビネットにぎっしり入れてあった!」
「あとビナウォークといえばフードコートに置かれた引退したロマンスカーの椅子!」
「あれほんと、座ってる人、だれも席かわってくれないよね。いつみても必ず埋まってるもん」
といいながら横断歩道を渡り、ペデストリアンデッキへエスカレーターで登り、橋上駅舎の券売機で入場券を買って駅の改札を通る。
「あ、そうだ、『箱根そば』でコロッケそば食べない? 私、海老名高校に通うようになったら、帰り道に食べられるなあ、って憧れてたの!」
「そうね。食べようかな」
「うむ、前進基地でさらに作戦直前に補給を行うのは正しい作戦行動であるな。兵站を重視することは戦後自衛隊に皇軍以来の戦訓として徹底しているのである。いかにもよきかな。ではワタクシもコロッケ蕎麦を所望するとするか」
「……ムダに長くてヒドイ」
結局、こんな調子でワイワイしながら、コロッケそばをすっかり堪能したのだった。
「カレーコロッケが鯖節のおツユを泳いでおったな。蕎麦を食べているうちにそれが崩れてきて、それがおツユと混じってまたミネストローネのように美味である。これは落語家の師匠もおすすめであったのう。
では、補給も終えて、いざ、決戦海域へ! 羅針盤さんとともに!」
総裁がまた声を上げる。
「いや、それ、ただホームに降りるだけだから」
3人で橋上駅舎からホームに降りる。
「あっ」
そのとき通過する純白の車体に、慌ててカメラを向けようとしたが、間に合わなかった。
「ロマンスカー50000形VSEであったな。まさに小田急のフラッグシップ。早くも就役から10周年と聞いた。うむ、VSEと出会えたから今日もきっといい一日であるのだ。
だが、それをただおっかけて撮るだけでは、わが鉄研としては、忌避すべき凡庸なのだな」
「えっ?」
「見たまえ。この検車区詰所の前の検車区の3連ダブルクロス分岐器! そして数々の検車区施設! そこから連なってうねる右分岐の群れと電留線!」
「そういえばそうだ!」
「普段から検車区、鉄道施設の様子をじっくり観察できるわね」
「その通りであるのだ。車輌洗車機もこんなホームの近くにある。普段のホームで電車を待っているうちにその動作状態を見られる場所は、ここのほかはあまりないのだ。
なおかつ厚木側の線路を超える陸橋からはパンタグラフ点検台。架線のき電状態を示すランプなど興味深いディテール満載である。そしてかつての名車SE車をご本尊とする『奉安所』が見えるぞよ。ああ小田急原理主義。小田急の冒険的な開発によるこの3000形SE車がなければ現在の日本が世界に誇る高速大量輸送機関・新幹線も存在しえなかったと思うと、当時の私鉄の旺盛な進取の気風にたいへんムネアツであるのだな」
一行は早速資料写真の撮影に忙しくなるのだった。
「でもほんと、鉄道模型作るときの参考になるわ。たしかに鉄道施設って、こんなに意識してみたことなかったなー」
「洗浄台に無造作に置かれたバケツやホースもまた、鉄道模型で再現するときっと楽しくよろしいぞよ」
「あの線路の間においてあるボックスに書いてあるバツ印、なんだろう?」
「検車区構内の職員さん用踏切も再現したいなあ。渡り板の縁が塗ってあるけどあれ何色だろう? クレオスの何の色がいいかなあ」
「入換信号機の灯火が赤色と電球色の組み合わせであるのも興味深いし、裏側にオレンジ色の明かりが見えるのも面白いぞ」
「ほんとだ。穴あいてて光が漏れてるのかと思ったら別にオレンジ色のLEDがついてるみたい! あと出発や閉塞信号機の裏側とかも気にしてなかったけど、これ模型でつくると楽しそう。背板にあるこのリブは再現したいなあ」
「入換信号機などの配置や連動関係も見るとよい。観察もまた各自研究工夫のことであるのだ」
「入換の電車が来た。運転席に青い制服に黄色のヘルメットの検車さんが乗ってる!」
「じっくりああいう本職さんの所作の観察をしてこそ、鉄道愛が深まり、そして鉄道王への道、乙女のたしなみ『テツ道』を進めるというものである!」
「その鉄道王って……なんなんですか一体」
その時、ホームの端で女の子の声が聞こえた。
「フラッシュ炊いて何言ってんの!」
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