第5話)白いシーツ

 明けて翌朝、優矢は心地良い気だるさを感じながら目を覚ました。優矢による腕枕で幸せそうに眠っていた奈美は既にもう傍には居らず、一階で朝食やら何やらをアレコレと嬉しそうに支度しているところだった。


「ん、んん………っ」

 起きぬけでまだ寝ぼけ眼の優矢は、白いシーツから緩慢に右腕を出すと、手探りしながら枕元辺りに置いてある目覚まし時計を手に掴み、それを顔の前に持ってきて現在時刻を確認しようとした。


「まだ、7時半かぁー」

 とは言うものの、ほんの数日前までであればもう既に施設へと向かう時刻である。


「そうだよなぁ………」

 その過去を遠い昔のように感じた優矢だったが、感慨めいたモノはなかった。それよりも、不思議な感覚と表現するしか他に言葉が見当たらないモヤモヤとした疑問のような何かが、脳の大部分を過剰に占めていた。それが、心地良い気だるさの中で異質な存在感を持って膨らんでいく。


「よっ、と」

 呟きながら、勢いをつけるでもなく徐に上半身をベッドから離した優矢は、両下肢を下ろして座位の姿勢になった。


「ん?」

 そこで、漸く気づく。優矢が今居る此処はかつては自分の部屋だった一室で、この家を出てもう何年にもなるのだが、その頃と変わらない位置に時計があり、その時計をごく自然に掴んでいる自身がいるという事に。


「………」

 優矢は、確かめるように部屋を見渡し見廻しした。


「そん、な」

 昨夜この部屋に入ってからずっと灯りをつけていなかったので暗いままで気づかなかったのだが、この部屋はあの頃と全くと言っても差し支えない程に変わっていなかった。多分、リネン類や部屋の匂い以外は全て。


「そうなんだよな………やっぱり」

 そして、昨夜の奈美との事はやはり過ちであるという自責の念が過去の記憶とともに、優矢の心を締めつけた。


「それなのに、どうして」

 箪笥の中や本棚の本など、部屋中を調べてみようと思った優矢は、薄気味悪ささえ感じながら立ち上がった。


 こんこん。

 かちゃっ。

 がちゃん。


 と、その時。


 部屋のドアアが乾いた音を発し、その僅か後にスーッと開いた。


「うくっ!」

 その音のどれもこれもにまるでイケナイ事をしているかのようにビクンと反応した優矢は、ブンという音が鳴るのではというくらいの勢いでドアの方に顔を向けた。


「あっ、起きてたんだね」

 そう言って、三分の一程開いたその隙間から奈美が小さな顔を出した。ドアを開けている時にベッドを確認していたので、顔を出した時には既に優矢を視界に捉えていた。


「おはよ、アナタ」

 そして、立ち上がって見つめるままの優矢を見つめたまま、恥ずかしそうにそう言って微笑む。


「えっ、あ、あの………うん、おはよ」

 昨夜に続いて昔のようにアナタと呼びかけてきた奈美に、再びその昔の記憶を思い出した優矢は、この部屋の疑問への戸惑いと先程の驚きを残しながらも、それを表に出さないよう精一杯に笑顔を返した。


「朝ご飯食べちゃう前に、シャワー浴びるよね?」

 奈美は笑顔で訊いた。


「う、うん………」

 優矢は誘導されるように頷く。


「お風呂も沸かしてあるんだよぉー。えへへ、偉いでしょ? ちゃんと覚えてるんだから」

 褒めてくださいと言わんばかりにそう言うと、奈美は努めて可愛く微笑んだ。


「あの、ありがと………」

 そんな奈美を見てまた何かが思い浮かんだ優矢は、その何かも手伝って背筋がゾーッとしたが、それもなんとか隠しながらそう言って微笑みを返した。


「あのさ、それでね、アタシも入ろっかなとか思ってるんだけどさ………昔みたいに、一緒に」

 言いながら、奈美の表情から微笑みが消えていった。


「えっ、と………」

「う、ダメなの?」


 明らかに戸惑っている優矢を見て、奈美の不安が急激に膨らむ。


「えっ、いや、う、うん、イイよ。一緒に入ろっか」

 が、しかし。優矢はそれが不安によるものだとは思っておらず、急に暗くなった表情を見るや否や焦り慌ててしまい、急いで肯定の意を示した。


「じゃあ、じゃあ、お着替え持ってくから先に入ってて。ユウヤのも用意してあるから一緒に持ってくね」


「えっ、オレの?」


 ぱたん!


 優矢がOKしたその途端、奈美は笑顔でそう告げ、告げるや否や出ていった。心変わりしてNOと言われないうちにとでも考えたかのような速さで。


「オレの、って」

 奈美が向かい側に位置する自室へと入る音を微かに確認した優矢は、奈美が傷つかなくて済んで良かったとホッとしつつ、けれどこれで良かったのだろうかと自問もしつつ、奈美を目の前にするとどうする事も出来ない自身の想いをあらためて実感した。そして、奈美の此処での暮らしを想像しながら、一階の奥にある浴室へと向かった。


 ………。


 ………。


 優矢が出ていってから、奈美は一人では広すぎるこの家にずっと独りで住んでいる。それについて優矢は、母方の祖父の持ち家なので、家賃がゼロだから経済的に助かる為だと思っているのだが、それはそれ以外の理由が奈美にはあるという事に気づけなかったからだ。


『この前、アタシさ』


『ドジだから昨日なんてね』


『それで、その帰り道に』


 電話で話した幾つもの中に、奈美以外のキャストが登場した事は一度もなかった。


『アタシね、ユウヤに褒めてもらおうと思ったの。だから、独りで頑張ったんだよぉー』


『ユウヤに話したら笑われちゃうかなとか思ったんだけどさ』


『そん時ね、ユウヤならどう思うかなとか考えたの』


 いいや。


 奈美以外のではなく、

 奈美と優矢以外のキャストは。


 恋人や友人はおろか、両親や祖父母の話しすら話題には上らない。いつだって奈美は、優矢へ向けて自身のアレコレを話すのみだった。まるでそれは、自分はずっと独りで、この先もずっとこのまま独りで、ずっとずっと待っているのよとアピールしているかのように。


「アネキ………」

 優矢は想像する。例えば病気を患った時、怪我をしてしまった時、悲しい事があった時、寂しい気持ちになった時、そんな時に奈美は何を思い、何を望み、何を願ったのだろうかと。独りで暮らしている事の意味とは何なのだろう。


「アネキは………」

 脱衣スペースで全裸になった優矢は、脱ぎ捨てた衣類を以前と変わらない場所にある洗濯カゴにあらためて収め直し、懐かしい浴室へと足を踏み入れた。


 すると、

 すぐに温かい空気に包まれた。


 それも、昔と変わらない奈美の配慮。それは、少しでも寒くないようにという当たり前のようで当然ではない心遣い。


「………」

 そこで優矢は、浴室のある一点に視線を移動させる。


「やっぱり」

 昔と同じ場所に、昔とは違うソープ類が置いてあった。


「そうだよなぁー」

 もう何年も経つのだ。それが普通というべき筈なのだ。それなのに、何故あの部屋は昔のままなのだろう? 考え過ぎなのだろうか。たまたまあの部屋が、あの部屋だけが、他に目的の見つからないままにそのままであったというだけの事なのだろうか?


「でも、いや、もしかして」

 疑問は不安を帯び、思考が不安を大きくしていく。


「昔を思い出させるつもり」

 優矢は、頭からシャワーを浴びた。


「なのかな………」


 ねぇ、ユウヤ。アタシは何も忘れてないよ。何一つ忘れられるワケがないもん。誰のせいなのかな? ねぇ、早く責任とってよ! アタシがこうなったのは誰のせい? 全てユウヤがイケナイんだよ? でしょ? ねぇ、いつまで待たせるの? いつまでも笑顔でいると思ったら大間違いよ。忘れたなんて言わないわよね? ねぇ、ユウヤ? アタシ、さ………もう限界なのよぉー!


「オレ、忘れてないよ………」

 奈美の怨みの声が聞こえてきたような気がした優矢は、目を閉じたままでいる事が怖くなってガッと見開いた。当然と言えば当然の事、シャワーのお湯が容赦なく流れ込んできたのだが、優矢はそのままの状態で思考する事を再開した。


「アネ、キは」何を求めているんだろうか? 昨日。いいや、離れて暮らすようになってからの事も全て、オレに復讐する為のお芝居だったのだろうか? 幾つかの種蒔きを終え、そして収穫、いいや。刈る日を今か今かと心待ちにしているのだろうか? あの傷が癒えるという事はない。きっと、一生かけても消えないだろう。オレは、そういう傷を、アネキに。


「アネ、あっ」

 膜がかった優矢の視界に、着ている衣類をきっといそいそと脱いでいるのだろう様子の奈美の姿が、曇りガラスのドア越しに不意に入ってきた。


「アネキ………」

 そう確認すると同時に、優矢は恐怖と言い換えても差し支えない程の緊張で全身が硬直していった。


「ユウヤぁー、入るよぉー?」

 いつもと何ら変わらない、少し鼻にかかったあの優しい声だった。


 がらがらがら。


 奈美が浴室に入る。凶器になりそうなモノなど持っていなかった。それどころか、何も持っていない。


「あれ? シャンプーとか使ってイイのに」

 ソープ類の甘い香りが鼻を少しも刺激しなかったからか、その泡らしきモノが視界に映らなかったからか、奈美は優矢を見るなり、不思議そうに話しかけた。


「う、うん」凶器で何かするつもりなら、服を脱ぐ必要はないよな。いいや、返り血を浴びてもイイようにとか? 浴室なら裸でも怪しくないし。あ、凶器は持ってないんだった。もしも凶器でオレをどうにかするつもりなら、わざわざ服を脱ぐ必………って、ループしてどうする!


「ユウヤ?」

「ううっ!」


 優矢が身の危険について思考しているワリにその思考のみに集中していると、奈美は奈美で優矢の顔色を窺う余裕なく奈美の思惑のままに優矢に抱きついたので、優矢は漸く現実の光景に意識を戻した。と、言うよりも現実の奈美によって驚きをもって現実にかえされたと言うべきだろう。思考を脳で映像化していたので、奈美に抱きつかれた優矢は、奈美に全裸で抱きつかれたからではない理由で狼狽しかけた。


「こうしてるとさ、何だか昔に戻れたみたいな気がするね」

 一方で優矢に抱きついた奈美は、その途端に意識が過去の想い出とリンクし、思惑とはまた違った感慨を感じつつ、もしかしたらずっとこうして今まで時間をすごしてこれていたのではと錯覚してしまう程に現実を直視できないでいた。どの選択肢を選ぼうか心が揺れるとかいった冷静な思考から選んだ感想ではなく、心が渇望していた昔と同じ体感を得てしまった事で優矢への想いのみに支配されたから。


「………ね?」

「そ、そうだね」


 優矢はどう返せば良いのか判らないままに、それでもどうにか肯定の意を示した。脳で考えている事と心で感じている事が違ったから。どちらかを消すか、知らないフリをするか、それとも混合させるかするには、もう少し時間が必要だった。今は、狼狽が焦燥へと降下し、このまま落ち着く事が出来たら戸惑いにまで降下するだろうといったあたりにいる。


「………」

「………」


 暫しの沈黙。


 そこは、

 シャワーの音だけがする世界。


「あ、そうだ。アタマ、洗ったげる」

 優矢が色々と思考した揚句に様々な答えらしきモノを見つけるに至り、逆に心ここにあらずな状態に陥ってしまった先程から、徐々に気持ちを落ち着かせようとしている段階にいるという事までは流石に読めなかった奈美ではあったが、暫しの沈黙のおかげで思惑を計画どおりに進めるという意識を取り戻す事が出来たので、唐突と言えば唐突だったが優矢にそう話しかけた。


「ほら、ユウヤ、座って」

 そして、シャワーのネックをフックから外して浴槽に沈めると、そう言って微笑みながら優矢を促した。


「う、うん」

 言われるままに、促されるままに、優矢はシャワーチェアに腰を下ろす。


「ユウヤ、洗うよ?」

 そう告げると、奈美は優矢のサイドにスライドした。そして、シャンプー液を小さな手に受け止めて更にはそれを泡立てると、その手を直に優矢の頭へと這わせていった。


「あっ」

 その途端、優矢はまた一つ昔の事を思い出した。その洗い方が、昔と同じだったから。


「同じだ………」

 思い浮かべながら、ポツリと呟く。


「………覚えててくれたんだね」

 優矢が呟いたのを聞き逃さなかった奈美は、それを耳にした途端に更に心が高鳴り、脳が思惑に自信を持つ。


「じゃあ、じゃあ、カラダも洗ったげるね」

 嬉しさを抑えきれず、声にその感情が乗る。


「あ、流しちゃうよ?」

 そして、嬉しいままにそう続けると、泡をシャワーで優しく洗い落とし、顔を拭く為のタオルを優矢に手渡しした。


「はい、ユウヤ」

「う、ありがと」


「じゃあ、立って」


「うん」

 奈美にされるまま言われるままに優矢が立ち上がると、奈美は優矢の背中にスライドしてソープ液を手に取り、それを泡立てて優矢の身体に這わせた。


「えへへ」

 昔と同じように。


 そして。


「はい、終わり。ユウヤ、温まってイイよぉー」

 シャワーで泡を優しく洗い落とした奈美は、そう言って優矢を浴槽に促した。


「う、うん」

 奈美にされるまま言われるままに、優矢は浴槽に身を沈めた。


「アタシも洗っちゃおー」

 その様子を静かに見届けた奈美は、そう呟くと自身の身体を洗い始めた。


「ふふふん、ふんふん♪」

 どこかで聴き覚えのある唄をハミングしながら。


「ふふふん、ふんふん♪」

 昔と同じように。


「………」

 その様子を横に優矢は天井を見上げ、そしてゆっくり目を閉じた。優矢が考える事は勿論、あるのかもしれない奈美の意図と、もしもそれがあるのなら自分はどうすれば良いのかという事である。


「ふふふん」

 そんな優矢を、奈美は横目で窺っていた。


「ふんふん」

 たしかに、奈美には意図する事がある。


「ふふふん」

 この家に泊まらせる事もそうだし、まだ二人で暮らしていた昔を思い出させる事もそうだ。二人きりで暮らしていた頃の幸せだった何もかもが、此処には想い出と共に共存しているのだから。


「ふんふん」

 しかし、優矢の部屋だけは事情が少し違っていた。あの部屋だけはこの日の為にというワケではなく、ずっとそのまま昔のままにしてあったのだ。仕方なく買い換えた物以外は全て。代えるつもりも変えるつもりもなかった。


「ふふふん」

 奈美にとってあの部屋は、今も昔もこれからも優矢の部屋だから。


「ふんふん」

 ずっと、ずっと。


 ずっと。


「ふふふん」ユウヤはアタシを棄てようと、ううん。あの時、きっとアタシは棄てられたんだろうけど、でも、でも仲が悪いワケではない。あの後だって、昨日だって、今だって、こうして優しくしてくれるのだから。これはたぶんきっと、姉というポジションが役に立っているのだろう。けれど、でも。そう、言ってみればアタシ達は、別居中みたいなモノ。だからアタシは、今でもユウヤのお嫁さんなの。いつかきっと戻ってきてくれる。いつかきっと帰ってきてくれる。その機会が必要なだけ。そう、キッカケさえあればイイの。それさえあれば、ユウヤもアタシの元に帰ってきやすい筈。だからアタシは、そのキッカケを作らなければならなかった。そう思ってた。でも、キッカケを与えてもらえた。ならば、その次。そう、大切なのはその次なのよ。


「………」

 奈美はこれまで、そう思い込みながらなんとか生き続け、漸くキッカケを手に入れ、やっと昨日、目の前まで手繰り寄せた。何年もかかった。


 長かった。

 苦しかった。


 気がオカシクなってしまっても、オカシクない程に。長く、苦しい時間だった。


「………っ?!」

 暫くして奈美からハミングが消えている事に漸く気づいた優矢は、慌てて奈美の方を見た。イヤな予感がした。


「………っ」

「………!」

 すぐに目が合った。


「どうしたの?」

「うくっ、うう」

 奈美が見つめて………いいや、見据えていたからだ。


「どうしたの、かな?」

 表情を変えず、声に抑揚なく、奈美が訊く。


「………」

 優矢は声が出せない。


「何か言いたかったんじゃないの?」

 奈美が再び訊く。


「いや、あの」

 優矢は言葉が見つからない。


「「………」」

 暫し、沈黙が続く。


 そして。


「アタシも入ろっかなぁー」

 言いながら、奈美はゆっくりと立ち上がった。


 渡さないからね。


 アタシだけのモノよ。


「う、うん」

 優矢は漸くそれだけ返したが、その頃にはもう奈美は優矢に重なるように浴槽に身を沈め、しがみつくように抱きついてきていた。


「ねぇ、ユウヤ。おはようのキス、まだだったよね」

 優矢と正面から目を合わせた奈美は、そう言ってゆっくりと目を閉じた。


「う、んぐ」

 奈美にそう促された優矢は、まるで催眠術にでもかかったかのように奈美に引き寄せられていった。


「んっ、ん」

 直に唇が触れ合い、その瞬間に奈美がビクンと震え、その刹那だけ後に嬉しさが全身を駆け巡る。


「んんっ、ユウヤぁ………」

 途端に際限なく高揚していく心が、脳を屈服させて欲望を映像化させ、更なるその次を求めて身体を支配する。


「………もっと長いのがイイなぁ」

 そして、声に乗せる。


「ね、お願い………ね?」

 優矢を従わせる為に。


 ………。


 二人が浴室を出たのは、それから四十分程が費やされた頃だった。


「前にもこうして湯あたりしたよね。何度も、何度も」

 恥ずかしそうに、けれど窺いながら、奈美は優矢に話しかけた。


「うん。そうだね」

 昔と変わらない華奢な奈美の身体をバスタオルで優しく拭きながら、優矢はそう言って頷いた。


「何かさ、フラフラするかも」

 やっと手繰り寄せたこの幸せが、近い内にもう二度と体感できなくなるかもしれないのかと思いながら、奈美は優矢を見つめて微笑んだ。湯あたりだけではない理由でもフラフラしていたし、ジンジンもしていたのだが、勿論それは幸せの余韻なので苦ではない。


「ゴメン………」

 が、しかし。優矢は心が痛んだので、申し訳なく思って謝った。不安だったのに、不安なままだったのに、結局は奈美を求めてしまった自身に、少なからず戸惑いを感じていた。決して身体だけが欲しいわけではないのに、心はたしかに不安だったのに、身体が反応して赴くままに奈美の身体を求めてしまった。だからこそ、心が痛んだのだろう。


「どうして謝るの? アタシね、今、凄い幸せなんだよ?」

 本当にそうだった奈美は、そう言って再び微笑んだ。


「………」ありがと、アネキ。アネキはホントに優しいよ。


「………」ありがと、ユウヤ。永遠にアタシだけのモノよ。


 暫しの沈黙の中、奈美は優矢を見てあらためて感じた。その体つきがまだ十代だった昔よりも逞しくなっている事を。明るいからか、筋肉のラインがハッキリと判った。


「はう、う」ユウヤぁ………。

 引き締まっていようが緩んでいようが優矢ならどちらでも構わないが、今こうして目の前に居る逞しい優矢はそれはそれでカッコイイと奈美は思った。


「あっ」

 そして、気づく。


「あう、う」

 優矢は誰よりも優しいから敢えて言わないだけで、もしかしたら。と、多大な不安の中で思った奈美は、優矢の手から力無くタオルを引き寄せて身体を隠した。


「どうしたの?」

 奈美の意図が判らなかった優矢は、あらたな戸惑いを感じながら訊いた。


「ユウヤ、ホントはさ………ガッカリとかしてるでしょ」

 今にも泣いてしまいそうな表情で、奈美は力無く訊いた。


「えっ………」

 しかし優矢は、何の事を言っているのか判らない。


「だって、アタシさ………もうピチピチじゃないし、括れとかもないし、それにさ、その、オッパイ小さいまんまだし」

 声が徐々に小さくなっていきながら、奈美はそう呟いた。そこには、昔からどうしようもなく感じていたコンプレックスも含めていた。


「ピチピチ、って」

 何故か女性はそういう所を気にする。そんな奈美を目にした優矢は、可愛いらしいなと素直にそう感じた。すると、先程までたしかにあった不安がスーッと萎んでいった。


「あの、さ。昨夜もリビングでは灯り付けっぱなしだったしさ、勿論さっきだってそうだったんだけどさ、もしもガッカリとかしてたら、そんなに何度も元気になったりはしないんじゃないか、って………思わない?」

 気に病む必要なんてないという事を奈美に判ってもらおうと思った優矢は、昨夜から今に至るまでを思い出させるように努めて優しく言った。


「あっ。あう、う………」

 昨夜から既に何度も明るい所で隅々まで見られていたという事実に今になって漸く気づいた奈美は、そんな自身を思い出して更に落ち込んだ。しかし、優矢の言う元気も思い浮かべてみた。


「うう、う………」

 が、しかし。それを思い浮かべるまでもなく、そのどれもがたしかに元気だった。元気になってくれていた。少なくとも先程のその感触は、両手や口内や膣内にそれぞれまだ宿っていたから。


「ユウヤぁー」

 奈美は、途端にポーッとなった。


「二階、行こっか」アネキ………。


「えっ、え?」ユ、ユウヤ?

 そんな奈美をヒョイと抱えた優矢は、そのまま部屋へと向かった。


「恥ずかしい、よぉ………」


「もっと恥ずかしいトコ、見られてるのに?」


「そ、それは、そうだけど………」


「イヤ?」


「ううん。そんな事ない。そんな事ないけど………」


「けど、恥ずかしいの?」


「だって………」今はユウヤ以外、何も考えらんない状態なんだもん。触ってもらう前にもう変な感じになってたりしたら………って、たぶんなってるんだけど、なってるからそんなの見たらきっとユウヤ、エッチな女だって思うでしょ? 嫌いになっちゃうかもしれないでしょ? アタシ、そんなのヤダもん………そういうのもう何度も見られてるかもだけど。


 がちゃ。


 ドアを開け、部屋の中に入ると、優矢は奈美を優しくベッドに乗せ、そして額に柔らかなキスをした。


「んっ、あう、ユウヤ………」

「着替え、取りに行ってくるね」

 優矢がそう告げて微笑む。


「えっ、あ、う、うん。あのさ………早く帰ってきてね」

 部屋を出ていく背中に、奈美は話しかけて見送った。


 ………。


 そして。


「遅いぞぉー。ユウヤ、さては誰かと浮気してたなぁ?」

 暫くして漸く戻ってきた優矢に、奈美はそう言って甘えた。


「あのさ、その………うん。逆ナンされてさ。あはは。マイったよ、ホント」

 優矢は微笑みながらそう返した。努めて明るく。


「ユウヤはモテモテさんだもんねぇー」


 が、しかし。


「え、いや、そんな事ないよ………」

 実は優矢はこの時、奈美が望んでいる事は復讐であると確信してしまうに至る証拠を、おもいがけず見つけてしまっていたのだった。


 ………。


 ………。




        第5話 白いシーツ  完

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