◆4-2
「いやもう本当、詐欺じゃない? 大丈夫? 貴女この肉団子に騙されてない? 生活に困ったらいつでも言ってね、一年ぐらいは無償で援助するから」
「い、いえそのような……」
「ンッハッハ、いきなり離縁した後の話から入るとは容赦ないな親友!」
狭い庭に設えられたテーブルに肘をつきながら、すっかりいつもの口調で真剣にリュクレールへ訴えかける瑞香に、ビザールは朗らかに笑って腹を揺らす。ふん、と鼻を鳴らして瑞香も退かない。挟まれたリュクレールは戸惑いっぱなしだ。
「賠償金も払えない貧乏男爵が生意気言うんじゃないわよ。まず先日のお代を取り立てに来たんですけど?」
「ンッハッハ、昨日の内に洞窟街からも報酬は貰って来たから問題は無い、確かめてくれたまえ」
先日――つまり、首吊り塔の事件においてかかった必要経費の精算である。コンラディン家からの報酬だけでは補填出来なかったようだ。
ドリスが金貨の詰まった袋をテーブルの上に差し出し、小目が受け取り目方を計った後、別の従者に渡すと中身を確認する。特に問題は無く、支払いは完了した。
「はい、確かに。相変わらず取って出しの生活みたいだけど、今回の支払いは大丈夫なんでしょうね?」
「ンッハッハ、先刻まさにツケで良いと言っていたではないか、月末まで待ってくれたまえ。しかるにリュリュー殿?」
「はい?」
瑞香が土産に持ってきた、皮の中に潰した豆と胡桃が入っている不思議なケーキを小鳥のように啄んでいたリュクレールがはっと顔を上げると、男爵はもっちりと不敵な笑みを浮かべながら囁いた。
「此度の晩餐会に、王太子殿から正体を受けていてね。ついては、貴女のドレスを新調しなければならないので、瑞香に一役買ってもらうのだよ」
「とりあえずうちのお抱えの、仕立て屋と針子連れて来たから、今日は採寸と型紙決めだけやって貰っていい? 幾らになるかは材料と手間次第だし」
「え、え、ええ!?」
突然の事態におろおろと視線を動かすが、ヤズローは納得したように一つ頷き、ドリスは「それはようございます」とだけ言って瑞香に頭を下げた。男爵とその悪友は当然のように満面の笑みで、逃げ場がない。
「あ、大丈夫よあたしは採寸とかに立ち会わないし、呼んだのは全員女だから。幾らあたし自身女が対象外でも見られるのは嫌でしょ?」
「吾輩も御免であるな!」
「うっさい丸い生物。じゃあ準備しちゃって。ドリス、部屋ひとつ借りても良い?」
「ご用意しております、どうぞこちらへ。さ、奥方様も」
「は、はい! あの、男爵様」
「ふむん? 何かね、リュリュー殿」
「あの……社交の場に、お連れ頂けるのでしょうか」
おずおずと声を出したリュクレールの顔に滲む戸惑いを打ち消すように、男爵はいっそ不敵に笑う。
「おや、妻をお連れするのに理由が要りますかな?」
「本人が嫌がったら止めてあげなさいな」
「ンッハッハ、真理が痛いぞ親友」
「い、いいえ、嫌がるなど! ……光栄です、男爵様」
混ぜ返す瑞香とやりあっている内、リュクレールの顔は安堵に綻ぶ。どこか満足げな空気を出すドリスに促されるまま、屋敷へと入って行った。その背を見送りながら、茶を一口飲んだ瑞香が呟く。
「……いい子ね」
「ああ、吾輩には勿体ないほどのね」
「あらやだそこまで傲慢じゃなかったのねあんた」
「ンッハッハ、吾輩ほど謙虚な貴族もそうそういるまいよ」
「最近忙しくて寝不足かしらぁ? 何だか寝言が聞こえるわぁ」
「ンッハッハッハッハッハ」
「ほほほほほほほほほほほ」
暫く見詰め合って笑いあう親友を横目に見ながら、ヤズローは皿に乗ったままの豆ケーキを一個抓んで口に入れる。ドリスが居なければ、ずっと佇んでいる小目含め咎める者はこの場にいない。遠慮なく頬張っている内、瑞香が素に戻って口を開いた。
「本気でドレス代、ツケにしてあげるからさ、一枚噛ませてよ」
「ふむん? 何か気になるものでもあるのかね」
「最近お貴族様の間で有名でしょ? オルゴール・ゴーレム。あれ、うちの国でも欲しがってるのが多くてねぇ」
ゴーレム、の名を聞いてヤズローは自然とミロワールの顔が思い浮かび、渋い顔をする。ゴーレム自体は地上の魔操師達も様々な理由で普通に作成するそうなので、決して今の貴族界では珍しくないようだが。
オルゴール・ゴーレムもその名の通り、歌を歌ったり楽器を演奏したりするのが役目のゴーレムだ。形も大小さまざまだが、今の貴族の間で流行っているのは人間と見紛うほどに美しい人型だと瑞香は言った。当然、その手のものは数も少なく、かなりの値段になることも。
「洞窟街のジジイは敵に回したくないし、中々市場にでなさそうだからさ、最新式の現物を一遍見てみたいのよ。今度の晩餐会、アルブル家のとっておきがお披露目されるんでしょ?」
洞窟街のマーケットは、互助会の長の一人である“蛞蝓”のラングにより完全に牛耳られており、地上の商人がおいそれと手を出せるものではない。外国からの参入である瑞香なら輪をかけて難しいだろう。アルブル家はこの国では歴史の古い方の子爵家であり、次の晩餐会のメインになる歌唱を披露する為、歌姫を連れてくるらしいということはヤズローも知らされていたが、まさかゴーレムだったとは。
何分魔操師とその作成物にいい思い出がほぼ無い為、不満げな顔を隠せないヤズローに構わず、ビザールはもちもちと顎を揺すりながら頷く。
「ふむ、ふむ、ふむん。ここ暫くお前には世話になったしね、構わんよ。友人枠で同行してくれたまえ」
「やった、ありがと! お礼に気合入れて、奥様のドレス仕立ててあげるわ!」
ぱちんと扇子を鳴らして喜ぶ親友に、主がおどけた礼をかましているのを横目で見ながら、ヤズローは三個目の豆ケーキを遠慮なく手掴みで抓んだ。甘いものにだけ関して言えば、主と同じぐらい食い意地が張っているのである。
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