転 救世主の兄妹

 魔物を狩る職業があった。危険な仕事であるため、訓練された騎士のみが行うものである。

 だが、王都よりうんと離れた所の部隊などは、騎士然とした部隊は少なく。

 荒くれ者が多く、捕まえた魔物のメスを強姦することもしばしばあった。


 基本的にその後魔物のメスは殺されるのだが。

 偶然にも生き残り。


 偶然にも受胎し。


 その後魔物の集落で生まれた子供が居た。


「お前達は生まれた時から、奴等にとても似ていた。それを儚んで、お前達を生んだ母親は身を投げてしまった」


 それから、15年。

 集落の村長は、並んで立つふたりの子供へそれを話した。

 偶然にも子供は、双子だった。男と女。兄と妹である。


「これまでの戦争の歴史は先日話した通りじゃ」

「——ああ」

「ええ」


 だが成長するにつれ、ふたりの外見は少しずつ変化していた。


「俺達は『魔物』を知りたい。今の世界を支配し、『人間』を迫害する彼らのことを」


 竜の角と蛇の鱗、鬼の肌に獅子の顔。兄の外見はより色濃く、『今の時代の人間』と酷似していた。精悍な顔付きも相まって、人間達が見れば伝説にある王と瓜二つと言うだろう。


「でも向こうでは、彼らが『人間』と自称していて、私達のことを『魔物』と呼んでいるんでしょう? なんだか怖いわ」


 白い透き通るような肌。靡く金色の髪。大空のように青い瞳。爪も牙も無い。体毛も頭にしか無い。妹の外見は全く、『今の時代の魔物』そのものだった。


「1000年毎に、『人間と魔物』の序列が逆転している。でもそれは、悲しい争いの歴史だ」

「そうね。それを終わらせる手段を見付けましょう。これは私達にしかできないわ」


 ふたりは旅の支度をしていた。これから、『人間』の王都に向かうのだ。そこで『人間』達の生活や宗教、文明を学ぶ。人間と魔物の世界、どちらもよく知ろうとしているのだ。


「俺達には名前が必要だな」

「そうね。じゃあ……」


 出発の日。兄妹はお互いの名前を決めた。

 兄を、デウス。

 妹を、レヴラとした。

 『人間』の英雄の名を拝借したのだ。『人間』達の社会に忍び込むに当たって、警戒されないように。


「レヴラ。お前の見た目は目立ってしまうから、隠さないとな」

「ええ。でも『人間』にはそんな宗教があるんでしょう? 妻の肌を他人に見せない宗教が。その設定で行きましょう」


 騎士の強姦によって誕生した、人間と魔物の混血児兄妹。

 彼らは後に救世主と呼ばれるが。『人間の救世主』でも、『魔物の救世主』でも無い。

 誰もが想像しえなかった逆転の発想で、世界を救わんとするのだ。


——


 兄妹はまず始めに、神殿へ向かった。魔物達が隠れて再建したものである。魔法により人間達の目から隠されているが、どちらの血も引く彼らはすぐに見付けることができた。


「神殿ね。この下に、『白き獣』が眠っているのね」

「どうだろう。1000年前に魔王レヴラデウスによって全て壊されて、それから隠れて再建したものだからな。場所はずれてしまっているかもしれない」

「……当時の人間の歴史が殆ど残っていないのが悔やまれるわね」

「そうだな。それとレヴラ」

「なあに、兄さん」

「人間と魔物、人によってや時代で逆転しているから少し混乱する。『白き民』『黒き民』で統一しないか」

「そうね。良い案だわ」


 つまり今、世界を支配しているのが黒き獣から生まれた『黒き民』。

 1000年前まで栄えていたが、今は『黒き民』に迫害されているのが『白き民』。

 兄デウスが『黒き民』に似ていて。

 妹レヴラは『白き民』に似ている。


 彼らの父親が『黒き民』の騎士で。

 強姦された母親が『白き民』だ。


「神殿では神——いや。『白き獣』の加護を貰えた筈だが。混血の俺達じゃ無意味なんだろうか」

「それとも、『白き獣』はこの地に眠っていないのかしら」


 蔓の巻き付いた石造りの古い神殿。再建されて、もう数百年経っているだろう。だがそれでも一番新しい、唯一の神殿だ。


『いいえ。私はここに居ます』

「!」


 その最奥。祭壇と呼ばれる小さな部屋へ辿り着くと、どこからか声が聞こえてきた。


「どこだ? 何者だ?」


 デウスが警戒する。


『下ですよ。地中奥深く。私は、あなた方の呼び方では「白き獣」と言うのでしょう』

「白き獣!」


 不思議な感覚がした。通常届く筈の無い地中からの声が、耳ではなく直接頭に響いている。


『「黒き民」達の動きが非常に活発化しています。もうすぐ、「黒き獣」が復活するでしょう』

「なんだと」

『急いで止めねばなりません。私の加護を、あなたに授けましょう。——レヴラ』

「!」


 声は、レヴラを指名した。

 白い肌を持つ、妹を。


「私だけ? 兄さんは?」

『彼には「黒き獣」の力が宿っている。私の力は及びません』

「待て『白き獣』よ。俺達は兄妹だ。白と黒、どちらの血も継いでいる。だからこの神殿に来れたのだろう」

『…………』


 デウスは『白き獣』を説得しようとした。


「『黒き獣』が復活するならそれは止めない」

『!』

「そして、お前も復活させる」

『……なんと』

「それには『白き民』の数が足りないのは知っている。だから、増やすんだ。今の『黒き民』から権利と土地を勝ち取って。お互い、世界を半分にして。数を同じにする」

『……良いでしょう。応援します。そうなれば、今度こそあの「黒き獣」を完全なる死へ追いやりましょう』

「違う」

『!』


 デウスは既に、頭の中で未来を描いていた。


「仲良くしろ。今度こそ。俺達兄妹を見ろよ」

『なっ……!』


 デウスもレヴラも、外套を脱ぐ。


「『俺達』は仲良くできる。共に生きることができる。それは『お前達』もだ」

『…………デウス』

「多少の戦争や小競り合いは仕方ないだろうが、種族として完全に迫害するのは間違ってる。俺達は本来知能と知性があり、世を発展させるより良い工夫ができるんだ。高い知能を持つ生物はもう、『自然の摂理』から脱却できる。理性と知性を以て、『世界』を動かすんだ」


 白き獣は、デウスにも加護を与えた。そもそも、黒き獣と何故争っていたのか。それはもはや思い出せない。

 話し合えば。

 もしかしたら仲良くできるのかもしれない。

 思い出せるのは。黒き獣の。

 優しそうな笑顔だった。

 兄妹を見ていて。思い出すのだ。


——


 神殿を離れ、海を渡り。王都へと到着した兄妹は現在の『王』への謁見を希望した。


「お前達みたいな田舎者が、王様と会える訳がないだろう」


 だが、容易くは無かった。白き民の集落の村長は家に行けばいつでも会えたが。黒き民は集落ではなく王国を築いていた。人口も多く、都市は栄え、暮らしはとても豊かだった。


「ひと目見るだけなら、今度建国1000年の記念パレードがある。その主催者席にいらっしゃるだろうな」

「……ありがとう」


 良い情報を得たと、デウスは口角を上げた。


——


 建国記念日当日。

 パレードの舞台となっている大通りと、円形の巨大な闘技場には兄妹が見たこともないくらいの人が集まった。都市中、国中から集まっているのだ。数万人ではきかないほどの群衆が。


「どうするの?」

「『白き加護』を発動させる。王ならば気付く筈だ」

「分かったわ」


 パレード自体は、滞りなく進んでいく。皆がお祭り騒ぎ。はしゃぎすぎた怪我人も数人出よう。

 その主催者席に。

 王が姿を表した。


「!!」


 皆は、気付かない。誰も兄妹のことなど見ていない。

 だが、王にははっきりと確認できた。懐かしき感覚。覚えのある感覚。魔王レヴラデウスの子孫ではあるが、身体が。細胞が。遺伝子が覚えている『力の波動』。


 兄妹は歩いて、その席までやってきた。


「貴様ら! 無礼だぞ!」

「良い。下がれ」


 護衛が止めようとしたが、王はそれを遮った。


「……あんたが王か」


 デウスが口を開く。

 竜の角と蛇の鱗、鬼の肌に獅子の顔。デウスとそっくりである。否。黒き民の標準的な顔である。だが目付きか表情か、着ている服か。威厳と圧力はこれまで出会ってきた黒き民の中で最も強く感じられた。


「『それ』は白き獣の加護だ。悪魔の。魔物の力だ」

「そうよ」

「!」


 そこで。レヴラが外套を脱いだ。隠されていた白い肌が露になる。

 それを見た護衛が驚いて飛び退く。


「まっ! 魔物!? 何故ここに!?」

「黙れと言っている」


 王がそれを制し、視線をレヴラへ移す。


「私達は人間と魔物の子。『救世主』として、貴方と話がしたいの」

「…………良いだろう」


 王は意外にも理性的で、冷静にそれを受け入れた。

 恨みが残ればいずれ牙を剥かれる。それを最も良く知っていたからだ。

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