逆転のレヴラデウス

弓チョコ

起 1000年の戦争

「ねえお婆ちゃん!」

「なんだい坊や」

「面白いお話聞かせて!」

「そうさねえ。じゃあ、昔々の、この世界ができた時のお話でもしようかねえ」

「やったー!」




 1000年も昔。

 巨大な、白と黒の2頭の獣が激しく争った。

 その余波は大地を割き、雲を割り、海を干上がらせ。

 世界は滅びようとしていた。


 2頭の獣の実力は拮抗していたが、やがて決着することになる。

 別の生物が、介入してきたからだ。

 その生物は、身体も小さく、牙も爪も翼も無い。

 だが、賢く知恵の働く生物であり。

 白い獣に荷担し、それを勝利へ導いた。


 生物は、自らを『人間』と名乗り。

 人間は、勝利した獣を『神』と崇めた。


 神は、戦いで負った傷を癒すために、大地に身を沈め、深い眠りに着いた。

 そして、人間はその上に神殿を建造し、神を祀ると共に。

 その力を借りる仕組みを作った。

 その後1000年に渡り、人間達は世界中に栄えていくことになる。


——


 一方、敗れた獣は。

 人間達から、『悪魔』と呼ばれるようになる。

 死んだ悪魔は、人間達とは別の大地に埋まり。

 その死体と力を養分として、新たな生き物達を生み出した。

 それらの生き物は、人間から『魔物』と呼ばれる。


 魔物は知っていた。人間が介入してきたせいで悪魔が敗れたことを。

 魔物は、その遺伝子の全てに、人間への敵意を刻み込まれていた。

 人間を見ると襲う性質を持つ魔物達は。

 神の力を借りた人間達に狩られるようになる。


 その後1000年に渡り、魔物達は世界中で忌み嫌われ、蔑まれ、殺されることになる。


——


 魔物達の怒り。嘆き。悲しみ。恨み。

 ——絶望から、かの魔王は誕生する。


「この薄汚い魔物がっ! 死ね!」

「……いずれ、魔王様が現れる。その時、我々——『魔物』と呼ばれ、蔑まれた生き物達の悲願が果たされる」

「正義の! 神の裁きだっ!」


 魔物達の間での、伝説だった。誰が言い出したかは分からない。真実かどうかも分からない。

 だが、魔物達はすがるしかなかった。恨むしかなかった。

 理不尽な世界を。

 いつかきっと。

 魔物の王が現れて。

 人間を滅ぼしてくださる。


——


——


「魔王レヴラデウス! もうこんなことはやめるんだ!」


 悪魔の大陸。

 荒れ狂うどす黒い天候の中、唯一その影響の受けない中心地。

 その丘に築かれた城へと、彼らはやってきた。


 幾度の困難を退け、敵を屠り、仲間達と絆を深めながら。


 彼らのリーダー、美しい銀色の鎧に身を包み、壮麗なる剣を腰に差した青年ロックスが一歩前へ勇み出て。

 禍々しい雰囲気を放つ装飾のされた、巨大な椅子に座るレヴラデウスに向かって叫ぶ。


「お前達は、これまでどれだけ、我らを殺してきたと思う」


 対するは、レヴラデウス。

 人間達に魔王と呼ばれている存在。

 竜の角と蛇の鱗、鬼の肌に獅子の顔。

 立てば3メートルは越すだろう体躯。それらを包み込む漆黒の外套。

 溢れんばかりの威圧感と殺気を振り撒きながら、その視線からは何故か知性を感じさせる佇まいをしている。


 レヴラデウスはここまで来た人間達に向かって、まずは問答をして、その心内を理解しようと試みた。


「なによ! 偉そうに! 魔物の被害は多いんだから!」


 青年ロックスの脇に控える少女が応える。彼女は人間達が『神』と呼ぶ古の獣の力を借り、仲間の傷を癒したり、火や雷を操って魔物を殺してきた。名はエルミィ。


「そうだな。この1000年での『魔物による人間の死亡者数』は、年間100。つまり占めて10万だ」

「じゅ! 10万人もお前達に殺されているのか! 畜生!」


 レヴラデウスは。普通の生物とは異なる誕生をしている。これまで殺された魔物の思念が、彼を作ったのだ。

 家族の死を忘れる者は居ない。レヴラデウスは、『全ての』魔物を覚えている。


「逆に」

「!」


 10万という数字を聞いて、口を開けたのは大柄な男性。巨大な肉厚の剣を背中に差した、歴戦の戦士である。名はブレイク。

 そのブレイクの声を遮り、レヴラデウスは続ける。

 今、この場でレヴラデウスを遮る者は居ない。


「『人間による魔物の討伐数』は、年間100万だ」

「!?」


 ひとつひとつ。レヴラデウスは同胞の命を忘れはしない。中には名もない魔物も居た。まだ卵の魔物も居た。子や卵は特に、念入りに焼かれた。


「つまり占めて、10億。……なあ人間」

「……!!」


 10億という数字が、重くのし掛かる。


「釣り合うか?」


 際限無く湧き上がり、沸き上がる憎しみを抑えることはせず。

 だが努めて冷静に、理性的に語り掛けるレヴラデウス。


「その内、ここ数年間は……。100万の内、2割がお前達だ。『ロックス一行』」

「なっ!」


 どう、考えているのか。レヴラデウスはそれを知りたがった。一体どういう思考回路をしていれば、ここまでの虐殺ができるのかと。

 恨み怒りはさておき、そればかりは疑問でしかなかった。


「殺しすぎだ」

「う! うるせえ! お前達が暴れるから、畑は荒らされ、兵士は殺され、国が滅んだりするだ! 魔王!」

「『お前達が暴れるから』、我が誕生したのだ。人間」


 人間は、弱い。

 だが希に、その基準に合わない戦闘能力を持つ人間が居る。

 そして、神から力を得た人間は言うまでもなく強い。

 これまで幾度と無く、力のある魔物を送り出してきたが。

 その全てが、全滅。人間達によって皆殺しにされている。


「もう止めろ! 戦いなんて、復讐なんて虚しいだけだ!」

「…………軽い」


 ぼそりと、レヴラデウスは呟いた。

 余りにも、言葉に重さが無さすぎる。人間とは。

 なんと羽根のように軽く、薄っぺらい生き物か。


「散々、我々を虐殺してきたお前達が、それを言うのか」

「俺達は分かり合える筈だ!」

「お前は、自分の親兄弟を悉く皆殺しにしてきた相手にそれを言われて、納得できるのか?」

「…………!」


 ロックスの口が止まった。

 反論が無い。できる筈が無い。

 ロックスの旅は。この人間の旅は『楽しかった』のだろう。それが想像できた。

 色んな所を旅して。世界を巡って。出会いも別れもあって。

 必死に修行したのだろう。困難は沢山あっただろう。


 だがやっていることは。

 彼らは。

 レヴラデウスの愛する『家族』を殺し回って、ここまで来たのだ。


 殺す、とは言わない。

 止める、とか。退治する、とか。倒す、とか。

 人間は、殺意が無いのに平然と生き物を殺すのだ。


 そんな奴が、魔物の悲哀で出来たレヴラデウスのことを理解できる筈が無い。

 許せる筈が、無い。


「お前達はここで殺す。1匹も逃がさん。それから、お前達の大陸にも行くぞ。我々が世界を支配するまで、人間を殺して回る」

「そんなこと、させるか!」

「……やはり分かり合えはしない」


 レヴラデウスの、溜め息混じりの宣言を受けて、ロックスはようやく腰の剣を抜いた。

 神の恩寵受けし霊剣。その刃は魔物とって、かすり傷ひとつでも致命傷となる最悪の武器。


「俺達は、世界の! みんなの! この世に生きる人々の『希望』を背負ってるんだ!!」


 ロックスが叫ぶと同時に、エルミィとブレイクもそれぞれ武器を構える。


「10億か」

「!?」


 レヴラデウスも、ぬらりと立ち上がった。黒き外套から、樹木のような腕が現れる。その先に、悪魔の力を全て込めたようなオーラを放つ大剣が握られていた。


「お前達は、今を『生きる10億の人間』の為に、戦うのだ」

「そりゃ、そうだろ!」

「我は。今までに『殺された10億の魔物』の為に戦う」

「!」


 人間が荷担した方が逆であれば。

 レヴラデウスは恨みも悲しみも持たなかった筈だ。


「我はこの世界の魔物の『絶望』を背負っている」


 問答は、無用だった。

 人間はひどく利己的な考えで、何も考えずに、ただ魔物を殺していた。


 我々を、悪者と一方的に決め付けて。


「行くぞ! 魔王レヴラデウス!」

「だから、戦争なのだな。悪魔よ」


 1000年前は。

 正義も悪も無い。そもそも価値観など存在しなかった。

 神も悪魔も無い。ただ2頭の獣。人間も魔物も無い。ただ、2種類の生き物。


 突き詰めれば。

 『戦い』があるだけだ。


 この期に及んで、3対1で戦う人間に対して、しかしレヴラデウスは何も言わない。

 その条件下で勝利する。それこそが彼の信念だった。

 正々堂々、正面から。


 人間を殺す。

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