081 後編




 そうこうしているうちに、あれ、見たことあるぞって場所に出てきた。


「ひろばだ!」


 前にお姫様とお茶したところが見えた。ここ、馬が暴れた場所だ。噴水もある!


「すごーい! ハスちゃん、えらい!」

「わぉーん!!」

「ここからなら、ムイちゃんかえれる!」


 方向分かるもん!

 ハスちゃん、すごくない?

 って、さんにんでキャッキャと笑い合っていたら――。


 ドドドッて音がして、ビックリして振り向いたら頭をゴツンとやられた。


「ふぇっ?」

「このっ、心配かけやがって!」

「えっ、え? フラン?」

「そうだ! ルシから緊急の連絡が入って捜し回っていたんだぞ。それを、まぁ、楽しそうに笑い転げて……」

「ふぇ、フラン、フランー!!」

「わぉーん!!」

「ぴゃー!!」


 ほんとはほんとは、ちょっと寂しかったの。

 このまま人知れず行方不明になっちゃって、どこかの悪い奴等に「可愛いレッサーパンダだ」って目を付けられたらどうしようとか、悪い王様に捕まって「こんな珍しいふわもこはない、よし襟巻きにするぞ」って言われるところまで想像したら……!

 オレはフランの足に抱き着いて泣いた。釣られてハスちゃんも遠吠えするし、コナスもオレとフランに挟まれて鳴いてる。


「お、おい」

「ふぇーん!!」

「悪い悪い、痛かったか? そこまで強くやってないのによぉ」

「さみちかったー!」

「お、おう、そうか」

「あと、ごつんはいたかったー!」

「……悪い」


 泣き叫んでたら、人が集まってきてフランが困ってたのが面白かった。

 でもそのおかげでルシも気付いて駆け付けてくれた。

 呆れたような溜息ついて、でも、ホッとした顔。


「ムイちゃんが無事で良かったよ」

「ルシ、ごめんしゃいー」

「よしよし。ほら、こっちにおいで。ああ、あちこち擦り剥いて。泥だらけだねぇ」


 それはハスちゃんの案内してくれた道がですね。

 って言い訳したかったけど、えぐえぐ泣いてたので無理。

 それにルシなら分かってるだろうな。



 その後、ルシとフランに連れられてリスト兄ちゃんのお屋敷に戻った。

 ルソーが鬼みたいな顔してて怖かった。オレに怒ってるんじゃないよ。ハスちゃんにです。

 まあ、リードを無理矢理外して転ぶまではいいとして(それも良くないらしいけど)、主のオレを巻き込んで転んだのは良くないそうです。

 あと、素直にルシのところに戻らなかったのも。


「とはいえ、タイミングが悪うございましたね。獅子獣人族が突然目の前に現れたら、竜人族の子でも驚きます。ましてや集団では、ムイちゃんも怖かったでしょう」

「慰安旅行で観光に来ていたそうです。学校の先生たちで、小さなムイちゃんを驚かせてしまって申し訳ないと一緒に捜してくれたんですよ。せっかくのご旅行中に悪いことをしました」

「それはそれは。でしたら、後ほどこちらでお礼をしておきましょう」

「助かります」

「ルシ殿も大変ですなぁ」

「いえいえ」


 なんて大人の話を聞きながら、オレはリスト兄ちゃんに抱っこしてもらってた。

 フランは甘やかしてくれないので、帰ってきてたリスト兄ちゃんに手を伸ばしたのだ。

 リスト兄ちゃんはオレのあげたレッサーパンダのヌイグルミと毎晩一緒に寝ているらしいので、抱っこも板に付いてきましたよ。うむ。


「本当に毎回毎回、何かしら騒ぎを起こすよな」

「フラン?」

「兄貴も甘やかしてばかりじゃダメだぞ」

「こういう時は甘やかしていいんだ」

「そうかよ。だがなぁ。ムイちゃんは楽しいと思ったらそっちに乗っかるだろ。こいつ、頭は良いんだから、絶対に戻れたはずなんだよ。そうだろ?」

「……ぴゅー」

「下手くそな口笛を吹くな」


 手を上げようとするので、オレは慌ててリスト兄ちゃんの胸に頭を擦りつけた。


「ごちん、いや!」

「よしよし。フラン、もういじめるのは止めなさい」

「いじめてねぇっての。はぁ。とにかく、次は犬を止められなくてもいいから、お前だけで戻ってこい。犬はなんとでもなるんだ」

「はーい」

「全く堪えてねぇじゃねぇか。絶対いじめられたとか思ってないだろ」

「ムイちゃん、わかんない」

「そうかい。まあ、無事で良かったさ」


 今度は優しく撫でてくれた。だからオレも顔を上げて「ありがとー、フラン」とお礼を言ったのだった。




 そんな大騒ぎの翌日、チョコレートのお返しプレゼントは全員にちゃんと届けることができた。

 お姫様は残念ながら用事があって会えなかったけど、代わりに受け取ってくれたメイドさんに渡したら「素敵なプレゼントね、ありがとう」と喜んでもらえた。


 使い魔の先輩たちからもお菓子の詰め合わせが届いた。オレ、いっぱいいると思って小さなチョコレートの詰め合わせしかあげなかったから、きっと一人一個だったと思うんだ。なのに、オレにはたくさんのお菓子。

 いいのかなって思ったけど、代表して持ってきてくれたノーラ先輩が「あなたの気持ちが嬉しかったのよ。だから受け取ってね」って。

 でもそのあと「ああ、だけど、ほどほどに食べるのよ? ルシにお菓子を食べ過ぎだって怒られないようにね」って釘を刺されて「んぐぐ」ってなっちゃった。

 きっと言われるよね。

 言われる前に自分から言ったら勝てる気がしたので、言ってみた。


「リア婆ちゃん、ルシ、おかえしのおかし、ありがとう! あのね、もらったおかしは、まいにちちょっとずつたべます」

「おや、偉いじゃないか」

「ふふふ、どうやら先輩方に言われたようですね」


 バレてる。


 でもいいのだ。オレは勝った!

 そう、ホワイトデーにも勝ったのだー!!


「ムイちゃん、高笑いしてないで、お口を閉じて食べようね」

「はーい」

「ああ、ほらまた、ポロポロ零してる。『白竜様の愛の日』に贈るお菓子はクッキーじゃない方がいいね。来年からそうしてもらうかい?」

「いやー」


 騒いでいたら、リア婆ちゃんが眉をひょいと上げてこう言った。


「なんだいそりゃ。あたしの愛の日? 止めなよ、そんな名前。そうだねぇ、前にムイが言ってたろう。黒じゃなくて白の日だって。それをなんて言うんだったかい、ムイ」

「ホワイトデー!」

「じゃ、そう呼びな」

「はい。承知いたしました」


 かしこまって返事したルシ。きっとルシの力で呼び方が周知徹底されるんだろうな。

 来年はホワイトデーが広まってるかも。

 あ、でも。


「ルシ、クッキーをなかまはずれにしないでね?」


 きっと来年のオレはクッキーを零していないのだから。



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