こんなに近くにいるなんて

「ただいま~」

 誰もいない部屋に僕は帰宅を告げた。父はシンガポール、母はマレーシアへ単身赴任中。僕は言葉の壁と飛行機への恐怖心から海外行きに尻込みし、結果一人暮らしを始めた。


「ひどい目に遭ったな~」

 誰も聞いてくれるわけもない部屋で僕は嘆いた。カバンを机の上に置き、ベッドで大の字になる。入学式から間もない時期なのに色々あり過ぎて、疲れてそのまま動けない。このまま寝くさってもいいかな。


「ピンポ~ン」

 唐突にインターホンが鳴り響く。軽くイラッとしながら僕はベッドから立ち上がる。ドアホンの映像をのぞき込む。映し出された光景を見て、衝撃が走った。


「どうも」

 そこにいたのはあの女子だ。桃色と桜色のストライプの、ソレを身に着けていた女の子!

「今度は何?」

「忘れていたので自己紹介します。オクハラミリアです」

「オクハラ……ミリア?」


 僕は困惑しながら彼女の名前を復唱した。一方のミリアちゃんは生徒手帳を取り出し、「奥原美里愛」という名前を堂々と示す。

「ああ、そう書くんだね」

 僕は苦笑いしながら彼女の生徒手帳に反応した。


 でも何でわざわざ僕を訪れてまで自己紹介するんだ?明日また学校で会ったときでもいいはずなのに。いや、そもそも何で彼女はこんなに僕に興味を示しているんだろうか。


「奇遇だね、お隣さんで」

 答えがわかった。僕の体を、一陣の雷が貫いたようだった。

 僕がうっかりパンツを見ちゃった相手は、まさかの隣人だったのだ!


「じゃあ早速、中に入れてよ」

 間髪入れず次の要求が来た。

「部屋に?」

「それ以外何がある?」

「ちょっと待って。初対面だよね?今日会ったばっかだよね?」


「ええ、4月1日に家族とともにアンタの隣に引越してきたの。エイプリルフールだけどウソじゃないよ」

 冷静な調子でしょうもないボケを放り込む美里愛ちゃんに、僕は戸惑うしかなかった。

「家族は?」

「パパもママも仕事中。少なくとも最近は2人とも7時までに帰ってきたのを見たことがない。それにお兄ちゃんはアメリカに留学中。『WWEを見たい』とか意味不明なことを言って出て行っちゃった」


「そうか」

「納得したら早く入れて」

「何で入れなきゃいけないの!?」

 僕は仰天しながらツッコんだ。

「もしかしてあれ?エロい系DVD再生中?」

「そんなDVDありません。つーか女の子が『エロい系』って言っちゃダメだって。その前に僕はエロい系苦手すぎてたまんないし」


「じゃあ何で私を入れちゃだめなの?」

「だって、今日初めて会ったばっかりだし、そんな人をいきなり家に入れるのは荷が重いって言うかさ」

「知り合いとか友達とか恋人とか夫婦っていうのは、誰にでも初めての出会いがあるもの。そして気がついたら同じ家であんなことやこんなことをやっているもんでしょ。それがコミュニケーションでしょ」

 美里愛ちゃんは平常時の表情を一切変えないまま、至極真っ当なようなそうでないような、どこか過激な反論を返してきた。


「それわかるけどさ、入学式当日に知り合ったばかりの同級生を入れるのは違うんじゃない?」

「私があなたと仲良くなりたい」

「えっ、いきなり何言いだした?」

「何焦ってんの?そこにニートのパパでもいるの?」

「ウチのパパをニートとか呼ぶな!単身赴任中です!」


「じゃあニートのママ?」

「ニートじゃなくてせめて『主婦』と言ってくださ~い」

 僕は憤りのあまりに変なテンションでツッコんじゃった。

「ちなみにウチのママも単身赴任中です」


「かわいそう、アンタ置き去り?」

 という美里愛ちゃんの顔には、やっぱり感情があんまり込められていないみたいだ。

「人聞き悪いこと言うなよ。確かに僕も両親が揃って別々の国に単身赴任なんていわゆる事故だと思ってるけど」

「へえ、両親いないならやりたい放題じゃないの?こっそり年齢偽りながら、ネットからR-18系DVD借りるとか」

「いやいやいやいや!」

 僕は衝動的に首を横に振った。


「確かに、独りぼっちだけど、一人の方が落ち着くんだよね」

「どうしても入れないなら、もっと落ち着けない状況になるよ?」

「何だそれ?」

 僕は美里愛ちゃんの意味深な言葉にちょっと身構えた。


 次の瞬間、彼女の左手が、スカートのファスナーにかかり、ジリジリと下へ……!

「ああああああっ、ダメ、ダメ!美里愛ちゃん、何しようとしてるの!?」

「いやあ、ちょっと楽になりたくて」

「楽する場所間違えてる!そんなの人に見られたら余計楽にできないよ!」


「じゃあ、お部屋に入れてくれる?」

「自分の部屋に入れよ、お隣さんだろ?」

「え~っ」

 美里愛ちゃんは不満そうに、襟元に手を添えた。と思ったらその手は、一つ、二つと器用にボタンを外している。純真無垢な素肌がYシャツの向こうから覗きはじめた。


 僕はパニックになりながら、玄関を駆け、扉を開いた。美里愛ちゃんの制服は、ギリギリまで着崩され、ちょっと動けばスカートが落ちたり、Yシャツの下のブラジャーが見えてしまいそうだ。露出という新手の脅迫方法に屈するなんて夢にも思わなかった。マジで、奥原美里愛ちゃんとは何者だ?


 美里愛ちゃんがずり落ちそうなスカートを手で押さえながら、靴を脱ぎ、部屋のなかを進んでいく。僕は彼女の全神経を疑いながら扉を閉め、部屋へ戻っていく。

「あの、美里愛ちゃん?」

 僕がおそるおそる呼びかけるが彼女は応えず、僕の自室にためらいゼロで侵入した。


「ちょっと待って、そこには勝手に入っちゃダメだって!」

「何?別にエロイ系ないんでしょ」

 美里愛ちゃんは振り向きも止まりもしない。僕は初めて女子を簡単に部屋に入れてしまったという現実に愕然とし、ツッコむ言葉さえ返せなかった。僕は無我夢中で彼女を追いかけ、自室に入る。すでにど真ん中を彼女に奪われていた。


「何よ、大丈夫?」

 彼女が相変わらずクールな顔で振り向いてきた。

「いや、一応、大丈夫だけどさ」

 と僕が答えているときに、彼女のスカートがついに支えを失い急降下した。

「ひやああああああっ!!!」

 僕は絶叫しながら、ベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。


「何よこれ、見せパンだけど」

 確かに、それはさっきまでの桃色と桜色のストライプとは違っていた。黄色くて、レースがふんだんについていたペチパン……。

「ああ、そうか、って、それもよくない!」


「それにしても笑っちゃうわね」

 美里愛ちゃんはからかうような笑みを浮かべながらスカートを戻していく。


「一日で二度も私のパンツを見たぐらいで鼻血を出すなんて。正直、見られた私もまさか二度も同じ人に、とは思ったわよ。それにしてもアンタぐらいの免疫のなさ、前代未聞なんだけど」

「すみません」

 僕はベッドに座ったまま頭を深く下げた。美里愛ちゃんの冷たくもズバリとしたダメ出しに負けたのだ。

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