フルーツバイキング、女、ふたり。再会。
オグリアヤ
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「うおおおー!!!バイキングじゃーあああー!」
もはや怒号とも呼べそうな勝どきをあげる。女子高生らしき女の子達から還暦を迎えただろう奥様方まで、老いも若きも集うフルーツバイキング。かしましい空気の中でも、その勝どきはあたりに響いた。
「市子さぁ……どうしてあんなにテンション高いの?」
「いやー……ずっと来たかったらしいよ。なんか前職止めてからずっとフルーツ食べてこなかったらしくて」
私の後ろでは友人達がなにやら噂している。そんなことしてる時間があったらトングをとれ。制限時間90分は刻々と失われていくのだ。
(うーん……ここはやはり目玉のマスクメロンから行くか……いや、こってりしたケーキのほうはあとあと厳しくなる可能性も……)
頭の中で策略を立てつつ、トングをとる。
(よし、君に決めたっ……!)
すこし古いアニメの主人公のセリフを脳内で叫びつつ、トングはイチゴのショートケーキへ一直線。
その瞬間、カチンと軽い音が鳴った。
「……え、あ、すみません」
トングの先に触れたのは柔らかいクリームではなく、私と同じトング。とっさに謝りつつ顔をあげるけれど、そこには一瞬で高揚感が冷める顔があった。
「げ…………り、リーダー……」
「……市子さん。お久しぶり」
冷たい眼差しに筋の通った鼻、バイキングを食べに来たとは思えない真っ白な開襟シャツが印象的なオフィスカジュアル。その人は、私の前職の上司、柿原さんだった。
「ひ、久しぶりですね~」
「ええ、あなたが業務中にバックれてから、もう半年かしら」
「ああー、その節は……」
……とそこまで言いかけて、私は頭の中を高速で回転させる。まずい。これはまずい。早くこの場を去らなくては……でも、制限時間まであと85分……何も食べずに離脱するわけにはいかない。
「あ、あーケーキの生クリームが、賞味期限切れちゃう!早くとらないと!」
「じゃあ取ってあげる」
「え、あ!!!すみません!!!」
せっかくショートケーキをとるついでにうやむやにして、会話を変えようと思ったのに……柿原さんはゆっくりとした手つきでショートケーキに手を伸ばす。その間の時間が惜しくて、思わずちらちらと壁にかかっている時計を見てしまった。
「どうぞ。1個でいい?」
「……は、はい!いいっす」
営業先の百貨店に向かったまま仕事を放棄して、そのまま離職までした元部下のはずなのに、なぜか柿原さんは優しくほほえむ。
仕事中はあんなに厳しくて、辛辣だったのに、こうして見ると表情はとてもおだやかだ。
(むしろ……綺麗、だよね)
そんなことを考えていたら、柿原さんは自分のお皿にもケーキを盛り終えたようで、次のフルーツコーナーへ向かっていた。そのあとを追うようについていくと、こちらを見ないままに語りかけてくる。
「今はどこで働いてるの?」
「あ、えっと。メーカーの事務職です」
「そう」
そんな端的なやり取りを交わし、フルーツコーナーへ。マスクメロンやオレンジ、いちごなどその時季に合わせたフルーツが並んでいる。
目移りしながら、ぼーっと眺めていると、すこしだけ昔のことを思い出した。前職はフルーツの卸問屋で、毎日必死になって百貨店相手に果物を売りさばいていた。
枕営業、横領なんでもござれの業界で、へとへとになって結局取り扱ってる果物全般食べれなくなったんだっけ。
「……市子、食べれるようになったの?」
「え……」
「フルーツ」
隣の柿原さんは、はじめて私をしっかりと見つめる。その目には心配するような色が写っていた。
「……はい、今日、久しぶりに食べようって気持ちになって」
「……そう」
呟くような言葉。その声があまりに優しくて、急に胸の奥が苦しくなった。
(柿原さん……気づいてたんだ)
厳しくて、辛辣で。でも私が契約をとってくるたびにこの人は拙い言葉でも全力で褒めてくれた。
会社も、職場も取引先も大嫌いだったけど、この人のことは好きだったんだった。
「柿原さん、なにか取りましょうか?」
「え」
「せっかくなので」
そう言えば、柿原さんはしばらく考えこんでしまう。その表情がおかしくて、私はすこし笑ってしまった。
「じゃあ、1番好きなのを……」
そう言って、柿原さんはおずおずと並んだフルーツの中から山盛りになったイチゴを指さす。
「……ふ」
「な、なんで笑うの?」
「や、似合わないなーって」
私が笑ったのが気に入らないのか、柿原さんは不服そうに眉根を寄せる。仕事中はこわかったはずね表情なのに、不思議と愛しくなるのはなんでだろう。
「別にいいでしょ。好きなのよ。イチゴ」
そんなふうに不貞腐れる元上司がかわいくて、私は思わず頬をゆるめた。
「……実は私も、好きなんです。ずっと、前から、前職の頃から忘れられなくて」
[end]
フルーツバイキング、女、ふたり。再会。 オグリアヤ @oguri_aya
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