第29話 奥田陽子の独白
中学時代、私は恋愛に興味がなかった。
その頃は男の子のことをうるさくて子供っぽいのばっかりだと思っていたから、そんなところに惹かれることがなかったからだ。
もちろんそれは同級生や年下に限ったことで、年上の人には落ち着いた人もいるだろうから、全ての人に当てはまるわけじゃない。
けどやっぱり私は、恋愛に興味を持てなかった。
自慢するわけじゃないけど、結構中学時代から告白されることはあった。
それは学校の同級生もそうだし、部活関係で知り合った人もそうだった。
いつしか、とあるバレーの大会で他校の男の子から告白されたこともあったっけ。
私にとってそれは数ある中の一つにすぎなかったから、断った後はすぐに記憶の中から消えていた。
それから時が経ち、高校に入学する。
私は中学時代、バレーでそこそこの成績をおさめていたので、高校はバレーの強豪に入ることができた。
中学時代は惜しくも全国には届かなかったけど、高校ではその目標を達成したいと思ったから入学したのだ。
私と同じように考えている新入生は当然多い。レギュラーをつかむためには、彼女たちを押しのけて自分が優れていることをアピールしなければならない。
私は自分の実力に自信があったし、強豪校の練習にもついていけると思っていたから、たとえ練習が厳しいものでも苦ではなかった。
さすがに夏の大会にはベンチ入りしかできなかったが、秋の大会では無事スタメンに入ることができた。
だが、一年でベンチ入り、スタメンに入れたのは私だけではなかった。もう一人いたのだ。
その子の名前は吉田美穂子。
普段はおとなしい性格の子だが、バレーに関しては別人のように存在感をアピールしていた。
実力の高さもそうだが、彼女のプレーはどこか人を魅了する力があったのだ。
私も初めはライバル意識バリバリで彼女に対抗していたが、次第に苦労を分かち合う友人として接するようになり、いつしか高校の中でも一番の親友と呼べる存在になっていた。
そんなある日のこと、私は美穂子から恋愛相談をされていた。
「あのね、陽子。私好きな男の子ができて、今度告白しようと思うの」
「へえ、まあ美穂子だったらどんな男の子でもOK貰えるでしょ」
美穂子はバレーが強いだけじゃなく美人でもあったから、そんな女の子から告白されて断る男子なんていないだろうと私は思っていた。
「でも、どういう風に告白すればいいのかな」
「そうだねえ、私も告白したことなんてなかったから、わかんないや」
お互い告白されることはあっても、したことがなかったのだ。
だから私たちは恋愛本を読んだり、恋愛経験豊富な友人たちに相談したりしてどう告白すればいいのかを考えていた。
そして当日、美穂子は意中の男の子に告白したようだ。
告白する男子の名前は聞いていない。だが美穂子ならきっと付き合えるだろう。
しかしその返事はいいものではなかった。
美穂子から聞いた話だと、彼は考える素振りもなくきっぱりと断ったらしい。
その断り文句が、「ごめん、今部活にしか興味ないから。それによく知らない人と付き合おうと思わないし」というものだった。
よく知らない。確かにその通りかもしれない。
だからといって、一生懸命考えて準備もした決死の告白を、そんな簡単に切り捨てていいものだろうか。
私は告白を断った男の子に怒りを覚えた。
「美穂子、その男子の名前何!? 私ちょっと言ってくるよ」
「やめて!」
文句を言いに行こうとした私を、必死の形相で美穂子が止める。
「いいよ、そんなの。余計なことしないで!」
美穂子は涙ぐみながらも枯れた声で叫び、どこかへ走り去ってしまった。
翌日、美穂子は学校を休んだ。
フラれたことがよっぽどショックだったのだろう。失恋とはそれほど重いものなんだな、と私は思った。
帰りに美穂子の家に寄って行こう。
お見舞いじゃないけど、何かデザートでも買っていこうかな。
コンビニで適当なデザートを購入し、私は美穂子の家に向かった。
家に着き、美穂子のお母さんに部屋の前まで案内される。
「ごめんね、陽子ちゃん。何かあの子嫌なことがあったみたいで。こんな風にひきこもることなんて初めてでどうしたらいいのかわからないのよ」
「大丈夫ですよ、おばさん。私美穂子に話を聞いてみます」
美穂子の部屋のドアをノックする。
「美穂子、いるんでしょ?」
「……何?」
「ちょっと話さない?」
「帰って」
美穂子からの返事は淡泊だった。
「ちょっと美穂子、せっかく来てくれた陽子ちゃんに失礼でしょ」
「うるさい! いいから帰って!」
大声で怒鳴る美穂子。
私もこんな彼女の姿は見たことなかった。
「今日はダメみたいなので、帰りますね。また明日きます」
「ごめんね。いつでもいらっしゃい」
その日はとりあえず帰ることにした。
その後も美穂子は学校を休み続けていた。
クラスの担任からも、部活の顧問からも何かあったのかと聞かれていた。
私はその度に適当にごまかし、部活を休んで美穂子の家に通っていた。
来る日も来る日も、美穂子からは良い返事は聞けなかった。
はじめのうちは「帰って!」という言葉ばかり浴びせられたが、次第にそれもなくなっていた。
そしてある日のこと、私の携帯に一通のメールがきた。
送信者は美穂子だった。
読んでみると、そこには「さようなら」という五文字がかかれていた。
嫌な予感がした私は、急いで美穂子の家に向かった。
おばさんに事情を説明し、美穂子の部屋の前まで案内される。
その日はいつもよりも大きくドアをノックした。
「美穂子! 開けてよ!」
だが返事はない。
思い切って私はおばさんと一緒にドアをけ破った。そして美穂子を見る。
しかしその姿は、以前まで私が知っていた彼女のものではなかった。
天井から吊られていたロープに首を捧げた彼女の姿は、もうこの世に存在しないのだと、実感させられるものだった。
そばには遺書が置かれていた。
中を読んでみると、そこには自殺した理由が書かれていた。
「好きだった人にフラれ、生きる希望が無くなりました。その日から、何もかもが無色に見えます」といった内容が記されている。
その中でも私の目を惹いたのは、「親友を憎む前に、私は今の状態のまま旅立ちます」といった文章だった。
それがどういう意味なのか、この時の私はわからなかった。
美穂子が、私を憎む……?
でもそんなことよりも、今は美穂子が自殺したという事実を受け入れられないでいた。
美穂子が自殺した翌日は、私も学校を休んだ。
あれだけ彼女に学校に来るように言っていた私が休むなんて、滑稽な話だなとは思いつつも、さすがに学校に通う気力はなかった。
だがいつまでもそうしていられない。明日は学校に行くことにした。
そして翌日。
まだ気持ちの整理はついていないものの、私は学校に向かった。
学校に着くと、友人の池田千歳から心配された。
「大丈夫、陽子。顔青いよ」
「平気よ」
我ながら説得力ないな、とは思いつつも心配させたくなかったのでそう答えた。
授業中もまともに耳に入ってこなかった。ただノートをとる振りをするだけで精いっぱいだった。
部活の時間も普段とはかけ離れた動きしかできなかった。
入学当初は目標にしていた全国出場も、今はどうでもよかった。
そんな無気力な生活を続けて一週間ほど経ったある日、その私の姿を見かねてか隣の席の男子が声をかけてきた。
「奥田さん、大丈夫?」
彼の名前は河本雄太。
男子バレー部に所属しているらしいが、よく知らなかった。
「うん……」
私はとりあえず生返事をする。
「そっか……」
それ以上会話はなかった。
休み時間になり、トイレに行った帰り道、私はある話を耳にした。
「聞いたか? 自殺した吉田ってやつ、自殺する前に河本に告白していたらしいぞ」
「まじかよ」
「しかもばっさりと断られたんだってさ。吉田って結構美人なのに、河本の奴もったいないことするよな」
「好みじゃなかったんじゃないか?」
その何気ない会話は、私を驚かせるには十分だった。
美穂子が告白した相手が、隣の席の河本くん?
じゃあ美穂子は彼に酷いことを言われて、自殺しちゃったの?
「……許せない」
その時私は、生きる目的を見つけた。
美穂子の仇を取る。
そのために私は生きるのだ。
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