第17話 莉奈のシナリオ
数日後、式は久しぶりに学校に通っていた。
脅迫状の依頼を受けてから、式は碌に学校に通っていなかったので、授業を久しぶりに受けるのも新鮮な気分だった。
そして放課後、式は部室に行き榊と事件について話していた。
「記念すべき一つ目の事件、何とか解決できましたね」
「……うん」
式の表情はどこか暗い。
「とはいえ、殺人事件が起きて依頼者の渋沢正さんは殺害されてしまいました。無事に解決とは言えませんね」
式の心情を察したのか、榊は小さな声で言った。
「……榊さん、あの事件は完全に解決したとは言えないんだ」
唐突に、式はそんなことを言い出した。
「ど、どういうことですか?」
榊が驚いた表情で尋ねる。
「あの事件は、もう一人犯人の可能性のある人物がいた」
「誰ですか?」
「莉奈さんだよ」
渋沢正の娘である渋沢莉奈。
式によれば、彼女も犯人の可能性があるという。
「そう考えられる根拠があるんだ」
「それは一体……」
「犯行で使われた自撮り棒だよ。あれを凶器として紹介した時、莉奈さんは自分のものだと言っていたよね」
式が言うには、あの自撮り棒がもし本当に莉奈のものであるならば、冬彦はどうやって手に入れたのかという謎が残る。
元々現場にあったというなら、何故そんなところにあったのかという疑問も生まれる。
だが持ち主である莉奈自身が犯人ならば、自分の部屋から持ち出して正を殺害すればいいだけだ。
「しかし、それだとあの倉庫前の道を通る時に冬彦さんに見つかってしまうのでは」
「冬彦さんなら、莉奈さんを見逃す可能性もある」
これは夏海も言っていたことだ。
彼女に好意を寄せている冬彦なら、莉奈の犯行を見逃してしまう可能性も考えられる。そうなると証言全てが嘘になってしまい、証拠も残らない。
「それに、遺体発見時に第一発見者である冬彦さんの次に早く来ていたのが莉奈さんだ。これも莉奈さんが殺害した後、冬彦さんが現場に来て口裏を合わせれば、誤魔化すことも難しくない」
「それは確かに……」
「そして動機だけど、莉奈さんには正さんが亡くなれば遺産が入り込んでくるという非常にわかりやすいものがある。以前彼女の部屋を調べるときにも確認したけど、ブランド物のバッグがあったことから、彼女も金には興味があることは間違いない」
「な、なるほど」
「そして最後は、冬彦さんが俺のことを知っていた可能性。これは事件の時にも言ったよね」
榊は事件の様子を思い出す。
確かに式はそんなことを言っていた。
「あれも莉奈さんが冬彦さんに教えたとすれば、俺のことを元々知っていたとしても何もおかしくない」
「つまり式くんは、冬彦さんと莉奈さんが共犯関係にあったと思っているということですよね」
「恐らくね」
「それなら、何故あの時に言わなかったのですか」
「証拠が何もないからね。それに客観的に見るんだったらあの時話したみたいに冬彦さんが犯人である可能性が非常に高かった。莉奈さんも疑いがあることは確かだけどね」
仮に莉奈が犯人だとしても、冬彦が自白してしまえば警察は冬彦が犯人だと断定し、捜査を打ち切ってしまうことも考えられた。取り調べの時の発言からしても、冬彦が犯人の第一候補であるのは間違いないからだ。
「ここからは俺の推測だけど、莉奈さんが犯人だとすると、この事件は二年前くらいから始まっていたことになる」
式はそこから莉奈犯人説の推理を述べた。
莉奈はまず、自分が思うように動かせる人物を探すことにした。そのターゲットとなったのが冬彦だ。彼女は冬彦を自分の虜にし、彼女の館で働くことになるように仕向ける。
そして彼女は冬彦と親しくなったころに、自分の父親である正が違法ドラッグの取引をしていることを話す。父を止めたいが自分ではどうすることもできないと言えば、好意を持っている男性ならば悲劇的な立場にいる莉奈を何とかしたいだろうと思い、そこから殺意が芽生えることも不可能ではなかった。
そして冬彦はメイド館で働き始める。正は男性従業員を雇わない方針であったが、娘からの推薦ともなれば強く言えなかった。それを利用し、冬彦は正の信頼を得ていく。
信頼を得て正の身の回りの世話をするまでになれば、そこからようやく本番開始だ。今回起きた事件のように正を殺し、冬彦をスケープゴートにする。こうすることで、自分に疑いの目が行くことなく冬彦が逮捕されるようになるのだ。
「そしてその事件の解決役は俺たちの探偵会になった。これも彼女が仕組んだことだと思う」
冬彦と莉奈はまず、脅迫状を作って館に送る。脅迫状が送られてくれば、悪事に心当たりがある正も心中穏やかであるはずがない。
そこで莉奈が警察に相談することを提案する。しかし正はそれを断る。もちろん正が断るのは想定していることだ。
次に莉奈は式たち明戸高校探偵会に依頼をしてみればどうかと提案する。
「俺たちの探偵会に依頼する理由は簡単だ。俺たちは素人だから、この事件を解決できない可能性があった。犯人がわからず事件が迷宮化すればそれはそれでよかったし、仮に解決されてしまったとしても、冬彦さんを犠牲にすれば自分は助かるから、どっちにしても問題ない」
「そんな……。それでは冬彦さんは自分を犠牲にしすぎでは」
「彼にとっては、自分が好いているお嬢様を守ることができればそれでいい。だから彼が犯人になり、逮捕された時点で彼女たちのシナリオは完結したんだよ」
式にはそう思う根拠があった。
それは、連行される間際冬彦が式に呟いたあの一言だ。
『僕の勝ちだ、式くん』
式の脳裏には、あの言葉がいつまでも反響していた。
もし式の推理通りなら、冬彦の言う通り莉奈のシナリオ通りに事が進んでしまった。全て彼女たちの手のひらの上で踊っていたことになってしまう。
しかし、シナリオ通りにいかない要素がただ一つだけあった。
それは人の心だ。
これだけは、予め描いていたシナリオ通りにいくとは限らない。
そのことに、式も冬彦も莉奈も気づいていなかった。
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