第16話 脅迫状の謎

「さて、まだあと一つ謎が残ってますが」

「残っている謎?」

「脅迫状を出した犯人ですよ」


 式は脅迫状を取り出した。


「そもそも俺たちは、この脅迫状を出した犯人を突き止めるためにこの館に来たんです。それがいつの間にか殺人事件が起きてしまった」

「そうですね」

「だから、この事件を全て解決するためにはこの脅迫状を出した犯人を突き止めなければならない」

「それで、脅迫状を出した犯人は?」

「その犯人は……」


 式はある人物をちらりと見て、


「……冬彦さんだよ」


 と不服そうに言った。

 その言葉で、全員の視線が冬彦に向かう。


「そ、その理由は?」

「まず冬彦さんは何かしらの方法で渋沢家が行っていた『悪事』を知った」

「悪事?」

「そのことについては、畠山さんお願いします」

「は、はい!」


 式にそう言われ、薫が前に出た。


「私は式さんに言われて、この館に飾られているお酒を調べてきました。そしたら、そのお酒にとんでもないものが入っていたんです」

「とんでもないもの?」

「違法ドラッグですよ」


 式の発言に合わせて、薫が証拠品を取り出す。


「違法ドラッグ……!? そんなものがこの館に……」


 薫が取り出したものを見た木戸が表情を強張らせる。

 どうやら彼女はその存在を知らなかったようだ。


「だが式くん、何故そんなものがこの館にあるとわかったんだ?」

「そうですよ。いつ頃から気づいていたのです?」

「最初に違和感を覚えたのは、正さんの見た目と年齢があってないと思った時だった」


 式は初めて正と莉奈にあったとき、正と莉奈が歳離れた親子なのではという質問をした。その時正は見た目は老けているが、年齢はさほど離れているわけではないという回答をする。


「あの時俺は、流石に容姿が老け過ぎだと思った。体質とかそういう問題じゃなく、何か重大な疾患を持っているんじゃないかと。その時点ではまだそんな感じに思っていた」


 そこで式は、二つ目の疑問を取り上げる。


「次に疑問に思ったのが、正さんの会社の経営が良くないということ。だがこの館は見るからに豪華だし、正さんも莉奈さんもお金に困っているような生活はしていない。おまけに働いている人の数もそこそこいる。なのにあの会社の売り上げではこのような生活をできるとは思えなかった」

「確かに、それは私も疑問に思いました」

「だから俺は、もしかしたら別に収入源を持っているんじゃないかって考えた。それならば、会社の利益は少なくても、その収入源のお金を使えばこのような生活もできるだろうと」


 式は酒の一つを持ち上げた。


「そして最大の疑問はこの酒だ。この館には至るところに酒が飾られていた。一見お金持ちで酒を収集するのが趣味のように見えるけど、不自然なところがある」

「不自然なところとは?」

「酒の保存方法だよ。酒というものは保存方法によって品質が大きく変わってくる。安物ならともかく、高級な酒ほどこの傾向は大きい。たとえばワインなんかは、ワインセラーの用意が必要なほど繊細なものだ」


 酒を収集しているなら、当然酒の保存方法についても知っているはず。

 それなら、いくら見せびらかすためとはいえ流石にあんな保存方法をとることは考えられない。

 ということは、この館に飾られている酒は普通のものではなく、何か別のものかもしれないと式は考えていた。


「まあそんな感じで、この館にある酒は怪しいと思ったんだ」

「しかし違法ドラッグとは……。これは渋沢さんの会社も改めて調べ直さないといけませんね」


 もしかしたら、まだ隠された悪事があるかもしれない。

 警察はさらに渋沢正という人間について調べ直す必要があるだろう。


「莉奈さん、あなたはこの違法ドラッグのことを知っていましたか?」

「……」

「莉奈さん?」

「あ、いえ私は知りませんでした。父がこんなことをしていたなんて」

「知らなかったということは、あなたはこの渋沢家の金の入りをどういう風に思っていたんですか? 会社の利益くらいは調べればわかりますし、知っていたでしょう」


 莉奈を問い詰める式。


「待った、式くん。莉奈さんは父を亡くし、その犯人が友人だったということで深く傷ついている。一旦彼女を休ませてまた後日話を伺おう」

「いや、それは……」

「刑事さん。もう話は終わりでしょう。ご主人様を殺したのも、脅迫状を送ったのも全て僕がやったことだ」


 話を打ち切るかのように冬彦が言う。


「お嬢様にはご主人様がこんな悪事を働いていることを知ってほしくなかった。だからあの脅迫状を送り、そしてチャンスが来たのでご主人様を殺した。これが動機だ」


 淡々と語る冬彦。


「さあ行きましょう。もうここにいる意味はない」

「あ、ああ」


 逮捕される側の冬彦が、まるで先導するかのようだ。

 式とすれ違う瞬間、冬彦は


「僕の勝ちだ、式くん」


 と呟いた。

 その表情には笑みが見えたような気がした。

 彼の言葉の意味がわかっていた式はその表情を見て、


「……勝ち負けなんてありませんよ」


 と言った。

 こうして、メイド館で起きた脅迫状事件と殺人事件は幕を閉じた。





 ように見えた。

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