第14話 犯人指名

「まずは消えた凶器の謎から話しましょうか」

「そういえば、ご主人様を殺した凶器は一体なんだったんだ?」


 冬彦が質問する。


「警察の調べでは、鈍器のようなもので殴られたといわれています」

「鈍器ねえ。ハンマーとかこん棒とか?」

「ハンマーはともかく、こん棒なんてものがこの家にあったでしょうか」

「確かに、鈍器ときけばハンマーを真っ先に思い浮かべますよね。実際俺も最初はそうでした」


 まるで、別の何かを使って殺害したような口ぶりで話す。


「だから現場捜査をしているときに、そういった鈍器のようなものが見つからないのが疑問だった。でも、これは犯人が仕組んだものだったんだ」

「どう仕組んだんですか?」

「凶器はあったんだ。はじめから俺たちの目の前にね」


 そういって式が取りだしたのは、現場に落ちていた湯呑みだった。


「あ、それは父の湯呑みですね」

「まさか、そんなものが凶器だというの?」

「確かにそれは頑丈だけど、そんなもので殴ってもあんまり威力でなさそうだけどな」


 各々が疑問を示す。


「もちろん、このまま使ったわけではありません。犯人はあるものと組み合わせたんですよ」

「あるもの?」

「これです」


 榊が自撮り棒を取り出した。


「あ、それは私の自撮り棒」

「莉奈さんのものだったんですね。これは現場の正さんの机の引き出しにしまってあったそうです」

「なぜそんなところに……」

「それよりも、その自撮り棒をどうしたっていうの?」


 痺れを切らしたように夏海が尋ねる。


「犯人はこの湯呑みを自撮り棒のホルダー部分に巻きつけ、簡易ハンマーを作成して正さんを殴ったんです」

「あ、なるほど!」


 式の説明を聞いて薫が納得した。


「そうして殴った後、自撮り棒から湯呑みを外し、現場に置く」

「待って。ご主人様の頭からは血が出ていたわよね。それなら湯呑みにも返り血があるんじゃないの?」


 夏海から当然の疑問をぶつけられる。


「そのために、犯人はこぼれたお茶の上に湯呑みを置いたんですよ」

「え?」

「湯呑みハンマーで殴った後、犯人は湯呑みに返り血がついていることに気付いた。どうにかして拭き取ろうとしたものの、洗ってしまうと湯呑みが濡れているのがバレてしまう。そこで犯人はお茶を床にぶちまけ、その上に湯呑みを置くことで濡れていても別段気にならないような状況をつくったんです」

「なるほどね。それなら湯呑みを洗ってもごまかせるってわけね」


 納得したようなので、式は話を進めようとした。

 しかし、今度は木戸から質問される。


「ですが、湯呑みを洗うとしたら洗面所などの水道がある場所にいかなくてはならないのでは? 水道があるのはお手洗いと食堂、あとは浴室のすぐ隣にある洗面所くらいのものですが」

「トイレなら十分あり得るんじゃないですか?」


 当たり前だという風に夏海が尋ねた。


「いえ、それは考えられません。仮にお手洗いで洗うことができても、犯人は再び現場に戻って湯呑みを置いたことになりますよね。そんなことをしたら冬彦さんをはじめ色々な人に見つかってしまうと思うのですが」

「あ、そうですよね」


 木戸の回答に、納得する。


「もちろん、トイレで洗った可能性もあるとは思います。しかし俺は別の方法を行ったんじゃないかと考えてます」

「別の方法とは?」

「お茶ですよ」


 式は缶のお茶を取り出した。


「犯人はあらかじめこのお茶を持っていて、正さんを殴った後にその場で湯呑みをこのお茶で洗ったんです。お茶で洗っても、こぼれているものと区別なんてつきませんから、湯呑みに直接かけてこぼれてしまっても何の問題もない。余ったら飲んでもいいですし、そのまま床に捨ててもいいですしね」

「だとしても、そんなお茶を都合よく持っていることなんてあるの? それ自体はどこでも買えそうだけど、殺害するときまで持ってるとは思えないけど」

「もちろん、俺も都合よく持っていたとは思いません。だから取りにいったんですよ、食堂にね」


 そういって式はある人物の方へと視線を向けた。


「いや、ついでに持って行ったという方が適切かもしれませんね、冬彦さん」


 式が指名した人物は、この館で執事として働いている荻原冬彦だった。

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