第1話 職場の事件
○オドバシアキバ・6階玩具・ゲーム売り場
三列に整列する社員たち。役所、ボード片手に社員たちに向く。役所の隣にフロアリーダーの田村。
役所「七月十日、朝礼をはじめまーす。ハイ」
全員「おはようございます」
役所「おはようございます。連絡事項はありますか?」
営業マンA、“ハイ”といって手を上げる。役所“ハイ”と応えて発言許可。
営業マンA「ゲームソフトの『恐竜ハンター』が本日発売となりました。すでに列が作られています。列内にガクフク(学生服)はありません。オタ専(オタクの専門学校生)のため、防戦シフトをお願いします」
カメラ、役所と林原に。
役所「かねてからの打ち合わせ通り、入店時に防戦シフトに入ります。特に琴橋さん、一階の守りは重要ですよ」
琴橋「はい、承りました」
林原、“ハイ”といって手を上げる。役所“ハイ”と発言許可。
林原「他店ゲハからの情報ですが、万引き常習犯の杉山がアキバに戻ってきました。内線一番放送と声掛けの徹底をお願いします」
役所「他、ありますか? ……。なければ接客六大用語のご唱和をお願い致します」
カメラ、社員(販売員)たちを映しながら。
役所「(大声で)オドバシアキバ、接客六大用語、しょーわー! (ひと呼吸おいて)おはようございます」
全員「(大声で)おはようございます」
役所「いらっしゃいませ」
全員「(大声で)いらっしゃいませ」
役所「かしこまりました」
全員「(大声で)かしこまりました」
役所「少々お待ちください」
全員「(大声で)少々お待ちください」
役所「お待たせいたしました」
全員「(大声で)お待たせいたしました」
役所「ありがとうございました」
全員「(大声で)ありがとうございました」
カメラ、役所と田村のアップ。
役所「はい。ご協力ありがとうございます。続いて田村フロアリーダーからのお言葉、お願いします」
田村「はい。みなさん。おはようございます」
全員「(大声で)おはようございます」
田村「中国古典のなかに“李下(りか)に冠(かんむり)を正さず”という言葉がありますこれは~」
カメラ、列の中の安藤と伊藤のアップ。
安藤「(小声で)おい、これ先月やったんじゃないか?」
伊藤「(小声で)杉山が戻ってきたんだ。期待でちょっと(自分の頭を指差す)……な」
安藤「は?(けげんな顔)」
田村「(スピーチ続き)李 ( すもも ) の木の下で、冠をかぶり直すと、手を伸ばして 李を盗んでいるかと思われるので、冠を直さない。
そのいわんとすることは、人間は事の起こらぬ前に、あらかじめそれを
防ぎ、人の疑いを受けるような行動派はじめからしないことが大切である
ということです。同じような言葉に
“瓜田 ( かでん ) に 履 ( くつ ) を 納 ( い ) れず”というのもあります。
瓜畑に入って靴をはき直せば、その人は瓜を盗んだのではないかと疑われる。
だから、人の疑いを受けないよう、細心の注意を払うことを教えています。
政治家の証人喚問の放送などを見ますと、“秘書が勝手にやったことだ”とか
“ただ、食事をしただけだ”などと茶番劇そのもの見苦しい弁明です。
世の中全てが綺麗事ですむとは限りませんが、少なくても自分を信頼していて
くれる人たち、会社からあらぬ疑いを持たれないよう、自分の行動には注意を
してまいりましょう」
田村以外の全員拍手。
カメラ、役所をアップ。
役所「朝礼は以上です。本日もニコニコ接客応対でお願いします」
全員「はい!」
カメラ、不思議な顔つきの安藤をアップ。
役所「明日の朝礼担当は安藤さん……。(返事なし)安藤、安藤!」
考え事をしていた安藤だがハッと気がつき返事する。
安藤「あ、はい! 担当を承りました!」
役所「これにて解散。開店準備にとりかかってください」
社員、それぞれの持ち場に散っていく。
安藤、朝礼用のボードを受け取ろうと役所に近づこうとする。役所、ボードで安藤の頭をバンと叩く。
役所「反応速度が遅いぞ!」
安藤「すみません」
役所「明日の当番、ちゃんとやれよ」
安藤、ボードを受け取る。
安藤「はい」
○オドバシアキバ一階・午前十時直前
カメラ、『恐竜ハンター・本日発売! T名人が来る!』の広告をナメ、店内正面入り口前でプラスチックの小型盾を構えた五人の販売員(真ん中の三人が琴橋、林原、伊藤)たち。真ん中に立つ林原のアップへ。
林原、つばを飲み込み正面見据える。彼の視線の先にはガラス扉をつきやぶらんばかりのオタク風の客の一団。中でも凶悪そうな青いベレー帽の男と目があってしまう。
おもわずひるむ林原。
開店のチャイムが鳴る。身構える真ん中の三人。
女性アナウンサー「皆様、お待たせいたしました。オドバシアキバ、開店のお時間です」
警備員Aが扉下のロックを外して逃げる。すぐさま扉が開く。
客たち「フオオオオッ! (言葉にならない叫び)」
開店したとたんに入店するオタク風の客の一団。
林原「商品はたくさんあります! 走らないでください!」
林原、走る客の前に飛び出して静止させようとするが、太った客のタックルを受けて、携帯電話売り場に飛ばされる。携帯電話のサンプルが吹き飛ぶ。
他の盾を構えた販売員たちもふっとばされる。走る客の下敷きになる伊藤と琴橋の叫び。
○オドバシアキバ2階~5階・午前十時
カメラ、エスカレーターの上を走るオタク風の客たちを追いかける。2階の盾を構えた販売員たちが吹き飛び、3階へのエスカレーターへターン。3階では関取のような体格の大きな営業マンBが手を広げてたちはだかる。
営業マンB「走らないで!」
営業マンBもふっとばされ、時計のショーケースにぶつかる。ガラスの割れる音を尻目に、客の集団は安藤の待つ4階へ。
安藤「走らないで、走るな!」
カメラ、スローモーション。先頭の客からのタックルをかわす安藤。そのまま先頭の客を掴んで(柔道のように)押さえ込む。
青いベレー帽の男「俺の仲間に何するだぁ!」
ベレー帽の男からのキックを腹に受けてふっとばされる安藤。ベレー帽の客は押さえ込まれた仲間を引っ張り、自身は列の先頭になる。カメラ、ベレー帽の客の視点からエスカレーターの5階を見上げる。腕を組んだ黒いシルエットの足が見える。(顔まで映さない)
?「ボクの怒りが有頂天!」
青いベレー帽の男「邪魔すんなよおぉ!」
ベレー帽の客、叫びながら黒いシルエットに殴りかかろうとするが、ひらりとかわされ、“ピキーン”という効果音と共にシルエットからベレーの顔面に向けてビンタが飛び、画面下に技名『十六連射ビンタ』とテロップ。
青いベレー帽の男「おあっ!」
ベレー帽、頭が床へ、足が天井に向かって回転し、その後ろでシルエットの顔が鬼の形相(T名人メーキャップ)に変化し、さらにベレー帽が回転して、鬼の形相がT名人本来の顔に戻る。
カメラ、驚く客たちナメ。
客たち一斉に「ああっ! あなた様は!」
ハドソンキャップ帽を被ったT名人の顔アップ、それにかぶさるように客たちの驚きの声。
客たち一斉に「T名人!」
後光さすT名人のご尊顔。客たちの歓声。
一部の客たち「本物の名人だ~」
6階フロア天井からの視点に切り替わる。客たちがものめずらしげにT名人のまわりを囲む。彼らの後ろで失神した青いベレー帽の客の足を持ち上げて移動する安藤。
T名人「みんな、しゃがめ!」
客たちおとなしくそれぞれの方法でしゃがみ始める。青いベレー帽の客が画面外へ消える。入れ替わるようにしてフラフラの林原、琴橋、伊藤たちが画面内に入る。
カメラ、T名人を正面から捕らえる。
T名人「君たち! ゲームを愛する人の心は大歓迎だ! だが、ゲームを早く遊びたいからといって、バリケードを破ったり、店員の誘導を無視して暴走したりするとゲームをプレイする普通の子供たちが迷惑をこうむったり、社会から白眼視される原因になるんだぞ。わかったか!」
客たち一斉に「はい! ごめんなさい」
T名人「(戻ってきた林原たちを指して)店員さんたちにも謝れ!」
客たち一斉に「(林原たちに向き直り)はい! ごめんなさい」
客の中にいたオセロ(マエダ教信者)、戻ってきた安藤と目があう。
○オドバシアキバ正面玄関・午前十一時
正面入り口前に大勢の人ごみ。カメラを構えているマスコミもいる。店内からベレー帽男の大声。
青いベレー帽の男「暴行に器物破壊行為の現行犯ですか、ああっ! わかりました。わかったから、ひっぱるなよ!」
複数の警官が道を分けようとする。
警官二人に引っ張られるようにして逮捕されたベレー帽男と共犯の男(先頭の客)が入り口から出てくる。一斉にたかれるフラッシュ音、ケータイカメラのシャッター音を打ち消すようにベレー帽男が再び吠える。
青いベレー帽の男「どういう結果になるか分からないけれど、俺はこのままでは終われないですよ!」
警官たちに囲まれた男たちはパトカーに乗せられて発進。カメラのフラッシュ音は立て続けに鳴り、数人のカメラマンはパトカーを追う。画面暗転。
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