ショートストーリーず
朝月
バナナフィッシュを見つけた日
ちくしょう、何も上手くいかない。
俺は、公園に置いてあるベンチに座りながら悪態をついた。何も上手くいかない。
朝から、悪いことばかり、満員電車に詰め込まれ1時間、発狂したくなる状態で出社して、出迎えてくるはクソみたいな仕事や人間ばかり、やめたくなるが生活のために仕方ない。我慢して我慢して、休憩時間に吸うたばこの数も増えている。仕事が終わればまた満員電車に押し込まれ、くさいにおいと、気持ち悪い熱気の中、ゲロをまき散らしたくなる状態で1時間。おまけに今日は、酒に酔っているやつが多かった。金曜日だからか。酒臭いおっさんの息がかかる。そいつの顔面にパンチしたくなるが、満員電車の中、身体が人で固定されて動かない。
やっと、家の最寄り駅についたかと思ったら、雨が降っていた。それも結構な雨。今日は雨は降らないって天気予報で言っていただろ。傘を持っていない。鞄で頭を隠して、結局頭頂部以外はびしょぬれになりながら、家路を急ぐ。大きなトラックが水たまりに突っ込んで、その水を全部俺にかけてきた。おかげで唯一守っていた頭頂部すらも濡れて、俺はもうやけになって、鞄を放り捨てて、今こうして公園のベンチに座っている。何も上手くいかない。
途中コンビニで買った缶チューハイを開けて、飲む。アルコールが身体に入ることで、多少気持ちが落ち着いた。缶に描かれているレモンの絵を眺める。
「今日はバナナフィッシュに最適な日だな」
突然そんな声が聞こえた。横を見ると、オッサンが座っている。
「なんだあんた」
「今日は天気が良いから。バナナフィッシュが見れる日だよ」
オッサンは訳の分からないことを言う。オッサンは俺と同じようなスーツを着ていて、でも鞄などは持たず、持っているのはウイスキーの瓶だけ。見た目は、俺と同じぐらい。30歳ぐらいか。
「バナナフィッシュってなんだ?」
「私も知らない。昔、本で読んでね。バナナフィッシュというのが見れると、ちょうどこんな天気の良い日にだよ。良かったね」
「その、バナナフィッシュが見れたらどうなるんだ?」
「そんなの知らないよ。どうにかなるかもしれないし、どうもならないかもしれない。どうでも良いんだそんなこと、あっ、でもあそこにバナナフィッシュが隠れてるかもなー。見に行ってみる?」
「行かないよ」
こんな頭のおかしいオッサンと話してたらこっちまでおかしくなる。せっかくたまりにたまったストレスがどっか行こうとしてたのに、また戻ってきた。
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ。バカかあんた?風邪ひかねえうちにどっかいけよ。俺もどっかいくから」
そういって立ち去ろうとした。
「そっちじゃないよ」
振り返る、オッサンが笑っているだけだ。気にせず家に帰ろうとする。
「そっちじゃないって」
もう一度振り返る。オッサンが笑っている。
「なんだよ?」
「そっちじゃない。そっちにはバナナフィッシュがいる」
バナナフィッシュがいるってどういうことだ。
「仮にそいつがいたとしても、だからどうだっていうんだ?」
「バナナフィッシュにあったら、君はどうなるかな」
「どういう意味だ?」
オッサンに近づいていく。オッサンの顔が良く見える。笑っているように見えたが、にらみつけているようにも見える。
「意味は無い。好きにしなよ」
オッサンは言い放った。
「あっ、でも、そっちじゃないからね」
「じゃあ、どこに行けば良いんだよ」
オッサンの顔から笑みが消えた。
「どこもダメだね。私たちはバナナフィッシュに囲まれている」
オッサンは笑い出した。
「囲まれてる。愉快だ愉快。こんな愉快なことがあるか!さあ、君もこのベンチに座って、酒を飲もう。私と一緒にこいつを一杯やろう。なぜなら、今日はバナナフィッシュに最適な日だからね」
オッサンが近づいてくる。思わず顔面にパンチをくらわしてしまった。オッサンがよろめいて倒れる。
「お前おかしいよ」
俺は逃げるように立ち去った。オッサンの笑い声が後ろから聞こえた。
おかしい。どこまで走っても公園から出ることが出来ない。それどころか、どんどん木が生い茂ってきて、おまけに霧まで出てきて視界が悪くなる。本当にここは公園か?いつも、会社の帰り道にある公園だ。そんなに広いはずがない。5分も歩けば端から端まで歩けるそんな公園、それなのにもう1時間も走り回っている気がする。なぜだ。
誰かの後ろ姿が見える。
「あの、すみません。公園から出たいのですが?」
その人が振り向く。
「出る必要なんかないでしょ」
オッサンだった。鼻から血を流している。
「僕と一緒に、バナナフィッシュを見ようよ。ほら、あそこだ」
オッサンの指さす方向を見る。何もいない。
「何言ってんだ。あんたおかしいよ!!」
「この場所では」
オッサンはニヤニヤしながら言う。
「君のほうが、おかしいよ」
オッサンは我慢しきれず笑い出した。
「ふざけんな!!」
俺はオッサンを突き飛ばして走りだした。オッサンの笑い声が背中に聞こえる。
どこまで行っても、どこまで行っても、外に出られない。嫌な客の応対もするし、臭い満員電車も我慢するから、だから家に帰してくれ!俺は疲れてるんだ!!
恥ずかしいことに泣きながら走り回っていると、少し先に道路が見えた。あの道路は、この公園の先にある国道だ。戻ってこれた。やっと。安堵する。この異常な世界から現実に戻ってこれた。車の排気ガスすらうれしい。
道路のほうに向かおうとした時、肩をたたかれた。振り向く。
「バナナフィッシュを見つけたよ」
オッサンの声がした。
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