アンダーフィールド

栞菜蝶

プロローグ 「少年の記憶」

 雨が降り注ぐ山道を少年は歩く。


「.......」


 強く吹く風が未だ降り続く雨を凶器と化して少年に襲わせる。

 時折、激しい音とともに青い閃光が空気を裂く。


「.......」


 少年にはそれらの音が耳に届かず、目は虚空を見ているように感じる。


 ーー!!.......来た…


 足音が聞こえるよりも早く少年はその気配に気づく。


 ーー前から一人…後ろからもたくさんの人が…!


 それに気づいた少年は走る速度を上げようとするが思うように足が動かない。

 少年は見るも無残な状態で頭部は赤く染まり、手枷の後がまだ青々と残っている。

 三日間逃げ続けた足は訓練を重ねられているといえど、子供の身体である少年には石のように重く、疲労が重なっている。


「.......」


 足を止めると、嗚咽をもらし始める。

 剣の才能がない、ただただそれだけの事。

 それだけの事が少年の道を潰えさす原因となってしまう。


 ーー自分が強ければどれだけよかっただろう。自分が強ければ妹のあの顔を見ることなんてなかっただろう。


 少年の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

「.......」

 少年が目を開けると目の前に仮面(フード)を被った人がいる。

 暗闇の中鋭く光る刃物が天へと向けられる。

 同時に少年は覚悟を決めた...

「もう一度会いたい…」


 天へと向けられた刃物が振り下ろされる。

 少年は目を瞑り、一人の名前を呟く。

「ルナ.....」






 ーーーーーーーーーーーーーーー





 ーー死んだの…


 何処なのかもわからない空間に一人。夢から醒めた夢のような感覚 否、夢なのかもしれない。そう思わせるほどに身体が軽く感じ、今自分が寝ているのか起きているのかそれすらも理解できない。


 そのような今確認に襲われる中、聞いた事のある音が耳に入り込んでくる。

 それは鉄と鉄がぶつかり合い、はじき、そして削れる音。


 ーー誰かが戦っているの…


 そう考えた瞬間、少しずつ光が入ってくる。

 朝が来た、と思わせる光が.......


「ッ!…」


 目の前では一人の老人が複数の敵を相手にし剣を交えている。

 よく見ると先程まで自分を追いかけていた仮面を被る相手と対峙している。

 すると少年が目が覚めたことに気がついたのか、老人が口を開き呟く。


「必ず守る、安心せい」


 その言葉を聞いた瞬間、自分の意思とは関係なく意識が暗闇へと引きずり込まれる。


「.......」







 ーーーーーーーーーーーーーーー







「.......」


「.......ねぇ…」


 一人の女の声が聞こえる。


「.......ねぇって」


 安心する。妹の声によく似ている、そう思わせる声だ。


「もうっ....このっ!」


 今となっとはこんな痛みさえも気持ちいい。


「なに気持ちよさそうな顔してんのよ!」


 ーーゴンッ


 鞘でどつかれた。


「痛いな…なにすんだよ…」


「あんたが呼んでも返事しないからじゃない!それに気持ちよさそうな顔して…気持ち悪い!」


「夢を見てたんだよ。」


「どうせ綺麗なお姉さんの事でも考えていたんでしょっ!ほんと変態!無能!」


「お子ちゃまのお前はさぞかしお姉さんが羨ましいんだろ?」


「うるさいわね!そんなこと言いながらあんた私と喋る時凄い楽しそうに笑うじゃない?それはどうなのかしら?」


「お前の事を馬鹿だなと思って笑ってるだけだ。」


「ふんっ!この変態剣士!」


 ーー怒ってるなぁ…


 この口の悪い少年こそ、リアム・アーカイラ。

 剣の才能がないことを理由に殺されかけ、一人の老人に救われた。

 この物語の主人公である。

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