第95話 双子

 クオンは心の奥底に一抹の寂しさを覚えながらも、イリード兄弟を見つめる。


(聞いた話によると、大剣媒体クレイモアを持っている方がガイさんで、細剣媒体レイピアを持っている方がカイさん……でしたか)


 猛々しい顔つきをしたガイ・イリード。


 穏やかながらも緊張感を滲ませた顔つきをしたカイ・イリード。


 気性は対象的なようだが、顔の造形も、橙色の髪も、蒼玉色の瞳も、完璧なまでに相似。

 それこそ、わたしたち姉妹と同じように。


(もし〝ナイア〟が怪我することなく、養成施設の最終試験を乗り越えていたら、彼らのように肩を並べて戦うことも、あったのかもしれませんね)


 それが良いことなのか悪いことなのかは、正直判断がつかなかった。

終末を招く者フィンブルヴェート》は、常に死の危険と隣り合わせにある。

 怪我のせいで下半身不随になってしまったが、それゆえに〝妹〟は今、魔法研究員という死の危険からは程遠い仕事に従事できている。

 そういった意味では、〝妹〟は今、《終末を招く者フィンブルヴェート》の養成施設にいた頃よりも、はるかに安全な場所に身を置いていることになる。

 それ自体は、たぶん、きっと、悪いことではないはずだ。


(――と。いけませんね)


 物思いに耽りかけた意識を、イリード兄弟に戻す。

 本当に七至徒かどうか値踏みしているのか、ガイもカイも油断なく武装媒体ミーディアムを構えたまま、睨むような視線をこちらに向けていた。


(見たところ、個々の実力はテストさんや騎士団長さんよりも数段劣っているようですが……)


 二人一緒に戦った場合は、今名前を挙げた二人に匹敵する脅威になるかもしれない――理屈抜きにそう感じたのは、自分も彼らと同じ双子だからなのかもしれないと、なんとはなしに思う。


 不意に、ガイとカイの雰囲気が一変する。

 どうやら、こちらの値踏みが済んだらしい。

 二人から醸し出される〝圧〟を前に、クオンは〝仮面〟の下で緊張を滲ませた。


 転瞬、


 クオンとガイは全く同時に床を蹴った。


 クオンは接近と同時に左刃を振るい、弟の前に出たばかりのガイが大剣媒体クレイモアでそれを受け止める。

 続けて右刃を振るおうとしたその時、兄の背後にいたカイが跳躍。

 兄もろともこちらを飛び越え、挟み撃ちにしようとしていると判断したクオンは、すぐさま攻撃を中断し、背後を取らせまいと大きく飛び下が――


「らぁッ!」


 目の前にいるガイが突然、大剣媒体クレイモアをぶん投げてくる。

 これには、さすがのクオンも驚いてしまい、慌てて後退を中断。

 半身になって至近距離の投擲をかわした。


(いったい何の意図があって……!?)


 そう考えてしまったことで、クオンの判断が一手遅れる。

 その隙にカイは、兄もろともクオンを飛び越え、背後に回ったところで宙返りを打ちながら細剣媒体レイピアを振るい、彼方へ飛んでいこうとしていた大剣媒体クレイモアガイに向かって弾き返した。

 兄弟の間に挟まれていたクオンは、背後から迫る大剣媒体クレイモアを身を沈めて回避する。

 全く同時に、ガイは大剣媒体クレイモアを掴み取り、カイは床に着地した。


「これなら、きみの〝足〟も活かしづらいだろう?」


 背後にいるカイが、細剣媒体レイピアを構えながら訊ねてくる。


「戦う相手と場所が悪かったってこったな」


 眼前にいるガイが、大剣媒体クレイモアを構えながら獰猛に笑う。


 ここで気を抜いてくれるような相手ならば楽だったが、優位を確信している言葉とは裏腹に、二人からは微塵の油断も見受けられなかった


(苦戦は避けられそうにありませんね……)


 心の中で嘆息する。

 ヨハンがいつ現れるかわからないこの状況で、こんな面倒な敵の相手は、できればしたくないというのが本音だった。


 しかし自分は今、この空中回廊の守りを任されている。

 アルトランに頼まれたとおり、少なくともヨハンが現れるまでは空中回廊ここを死守しなければならない。


 それに、他の騎士ならともかく、このイリード兄弟だけは絶対に空中回廊ここを抜かせるわけにはいかない。この二人の実力の前では、ユーリッド直属の親衛隊といえどもひとたまりもない。


 今この場において、イリード兄弟に対抗できる戦力が自分しかいない以上、


(わたしがやるしかありませんね。どのみち、将軍さんへのお礼代わりに仕留めると決めていましたし)


 ここでイリード兄弟を討ち、その事実を伝達兵を使って大々的に広めれば、《グラム騎士団てき》の士気を大きく下げることができる。

 そうなれば、前線で指揮を執るアルトランも戦いやすくなるはずだ。


 苦戦を受け入れる覚悟を決めたクオンは、


「ふふふ、場所が悪いのは認めますが、相手が悪いというのは面白い冗談ですねぇ」


 不気味に、不敵に、みを浮かべた。


「相手が悪かったのはどちらなのか、すぐに思い知らせてあげますよ」


 次の瞬間。


 武装媒体ミーディアムが描く蒼光の軌跡が、夜闇にまたたいた。



 ◇ ◇ ◇



 ガイはその手に持った大剣媒体クレイモアを、クオンの左肩目がけて全力で振り下ろす。

 クオンの背後にいるカイが、フォローしてくれると信じ切った上での豪快極まる一閃だった。

 軽刃媒体ブレードで、ましてや女の細腕で受けられるわけがないという自信を踏みにじるように、クオンは左刃一本でガイの一閃を受け止め――否、受け流す。

 結果、ガイは甚大な隙を晒すことになるも、クオンはそれに釣られることなく、背後から襲い来るカイの刺突を見もせずにかわし、右刃でこちらの喉を裂きにかかる。

 ガイは体を反らすことで右刃を回避するも、切っ先が喉をかすめ、赤い滴が視界に舞い散った。


「だらぁッ!」


 返礼代わりにはすの斬り上げを放つも、クオンは上半身の体捌きだけで難なく回避。ほぼ同時にカイが繰り出した斬撃を、クオンは左刃で受け止めた。


(クソがッ! 言うだけのことはありやがるッ!)


 心の中で悪態をつきながらも大剣媒体クレイモアを振るい、その度に、かわされ、受け流され、肝が冷えるような角度から飛んでくる反撃の刃を凌ぎ……決定打を得られないまま時間と体力だけが浪費されていく。

 苛立ちを募らせるガイに、カイは刺突の連撃でクオンを牽制しながら、目配せもせずに釘を刺してくる。


 ――焦ったら負けだよ、ガイ。


 声が聞こえたわけではない。

 ただなんとなくわかるのだ。

 弟が何を考え、何を伝えようとしているのかを。


(わぁってる。この勝負が根比べだってことは)


 応じながら、カイの牽制で左刃を封じられたクオンに向かって大剣媒体クレイモアを振り下ろす。


 ――本当に?


 揶揄するような気配にうんざりしながらも、斬撃をかわされたばかりの光刃を返し、こちらの脇を裂こうとしていたクオンの右刃を打ち払う。


(本当だっての)


 怪物クオンと激闘を繰り広げながら、言葉も視線も交わすことなく双子の弟と〝会話〟する。

 こんな〝会話〟は、常日頃できるわけではない。

 危機的状況、あるいは死線の上に立っている時に、自然と、当たり前のように、何の疑いもなくできてしまうのだ。


 双子だからこんなことができる――などと言うつもりはない。

 ガイにとってカイは半身そのもの――などとも言うつもりはない。

 ただ、これからも、こいつとはこうやって一緒に戦って、一緒に生きていくんだろうなと、自然と、当たり前のように、何の疑いもなくそう思う。


 クオンを挟み撃ちにしてから、一〇分の時が過ぎた頃。


「いい加減……! しつこいですね……!」


 クオンの表情からみが消え、代わりに苛立ちが顔を覗かせ始める。

 巧緻を極めていた軽刃媒体ブレード捌きにも苛立ちという雑味が混じり、少しずつ、確実に、荒くなっていく。


 ――そろそろ仕掛けるよ。


(あぁ。おいしいところはもらうぜ)


 ――それ、ぼくじゃなくてヨハンに言うべき台詞だと思うけど。


 クオン・スカーレットはヨハンの仇。

 そんなことはガイも知っているが、


(はんッ。巡り合わせのわりぃ野郎に、お伺い立てていられるような相手かよ。このバケモンはやれる時にやっとかねぇと、こっちの命がいくつあっても足りやしねぇぞ)


 ――だね。……いくよ!


(あぁ!)


 ガイとカイが、今までよりも一歩深く踏み込もうとしたその時だった。





 苛立ちを募らせていたはずのクオンの表情に、狂気のみが舞い戻る。

 直後、先の意趣返しだと言わんばかりに、クオンはその手に持った二本の軽刃媒体ブレードを二人の眉間目がけて投擲した。


 ガイとカイは劇的な反応で武装媒体ミーディアムを振るい、眼前まで迫っていた軽刃媒体ブレードを弾き飛ばす。

 結果、致命的な隙を晒すことになったが、これで相手も丸腰。

 ガイが弾き飛ばした方は空中回廊から外れて天守キープの屋根に、カイが弾き飛ばした方ははるか後方の回廊の床に落ちていったため、すぐには回収できない。

 よしんば予備の軽刃媒体ブレードを持っていたとしても、取り出して光刃を具象するまでの間に充分体勢を立て直すことができる。

 ガイも、カイも、そう思っていた。


 そんな甘い見立てを嘲笑うように、クオンは右の袖口から手品のように黒塗りのナイフを取り出し、



 ガイの目の前で、カイの喉笛を斬り裂いた。



「か……ッ……!?」


 カイは喉から血の噴水をしぶかせながら、数歩後ずさり、くずおれる。


「……は?」


 ガイの口から、間の抜けた声が漏れる。

 目の前の出来事に頭がついていかなかった。ついていけるわけがなかった。

 弟が喉を裂かれ、血を噴き散らしながら頽れる現実など。


 ガイの思考が停止している間に、クオンは身を翻しながら斬撃を放ってくる。

 それに反応してカウンターの横薙ぎを繰り出せたのは、忘我に陥ってなお戦いを放棄することを良しとしない、騎士の本能が為せる業だった。

 もっとも、実の伴わない攻撃がクオンに届くわけもなく、彼女はナイフの軌道を斬撃から刺突に変化させ、ガイが大剣媒体クレイモアを振り切る前に持ち手――右前腕を刺し貫いて横薙ぎを止める。


「が……ッ!?」


 激甚な痛みがガイの右手から握力を奪い、大剣媒体クレイモアを取り落としてしまう。


「安心してください」


 そう言いながら、クオンはガイの右前腕からナイフを引き抜く。


「すぐに弟さんと同じところへ送ってあげますから」


 その声音に哀切にも似た響きが混じっていたのは、ガイにとってはこれ以上ない嘲弄だった。


「てめぇえぇえぇえええええぇぇえええぇえぇええぇッ!!」


 怒りと悔しさと悲しさと……激流の如く荒れ狂う感情に押されるがままに、クオンに向かって左拳を振り抜く。が、首を傾けるだけで容易くかわされた挙句、今度は拳打を放った左前腕にナイフを突き立てられてしまう。


「……ッ!!」


 二度目の激痛を歯が砕けんばかりに噛み締めることでこらえ、前蹴りを放つ。

 だがこれも、クオンは半身になるだけで容易くかわし、ガイの左前腕に突き刺していたナイフを引き抜いて、そのまま喉笛を斬り裂――


「!?」


 突然クオンは攻撃を中断し、即座に飛び下がった。直後、岩の砲弾がガイの眼前――一瞬前までクオンがいた空間を突き抜けていく。

 さらに、二発、三発、四発、五発と岩弾が空を突き抜け、クオンはそれを身を屈め、飛び上がり、宙返りを打ち、片手を床について後方に転回することでかわしきった。


 かわされた五つの岩弾は虚しく夜天を突き抜けていくかに思われたが、五つ全てが弧を描くようにして旋回し、再びクオンに襲いかかる。

 かわすだけ無駄だと判断したのか、クオンは第一尖塔側に後退し、空中回廊の床に落ちていた、カイが弾き飛ばした軽刃媒体ブレードを回収。

 武装媒体ミーディアムを手放した場合、具象していた光刃は一分と経たずに消失する造りになっているが、今回はそこまで時間は経っていないので再具象する必要はなく、クオンはそのまま軽刃媒体ブレードを振るって、自身に迫っていた五つの岩弾全てを斬り払った。


 クオンは一つ息をつき、岩弾が飛んできた方角――こちらとほぼ同じ高さにある、城壁に視線を向ける。

 まるでもう、ガイには興味はないといった風情で。

 

 そんなクオンの反応と、追尾する岩弾を見て大方の察しがついたガイも、岩弾が飛んできた方角に視線を向ける。

 その先にはいたのは予想どおり、


「やっぱ、てめぇだったか……!」


 闇色の外套に身を包んだ、ヨハン・ヴァルナスだった。

 彼の姿を認めた瞬間、この怪物の相手は魔法士こいつに任せればいいと一瞬でも思ってしまった自分の弱さが、ただただ許せなかった。

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