第50話 化け物

 岩の防御結界――〝ブラウンサンクタス〟で、四方八方から飛んでくる短銃媒体ピストル穿弓媒体アローの牽制を防ぎながら、ヨハンは、敵の攻撃が徐々に消極的になっていることに眉をひそめていた。


 初めの内は鬱陶しいほどに襲いかかってきた帝国兵たちも、今は付かず離れずの位置を維持し、無駄な犠牲を出さないよう細心の注意を払いながら、ただひたすらに遠距離攻撃が可能な武装媒体ミーディアムで牽制するだけに留めている。

 まるで何かを待っているような、そんな風情で。


(だとしたら、帝国兵やつらはいったい何を待って――)


 不意に帝国兵たちの攻撃が止み、ヨハンは思考を中断する。

 続けて歓声が上がり、気になったヨハンは状況を確かめるために、不意打ちを警戒しながらも〝ブラウンサンクタス〟を解除した。

 直後、敵方の陣地から一個の鉄塊が砲弾さながらに飛び出してくる。

 鉄塊は放物線を描きながらヨハンから一〇メートルほど離れた地面に激突――否、


 落ちてきた鉄塊は、甲冑を着た人間だった。

 それも、ヨハンが知る限り最も体格に優れていたレグロさえも小さく見える、ありえない程の巨躯を誇った大男だった。


 大男は右手に、自身の背丈を上回るほどに巨大な騎槍を握っていた。

 その騎槍は、傍目からは実槍にしか見えないが、おそらくは具象時に穂先からにかけて魔力光で包まれるタイプの武装媒体ミーディアムだろうとヨハンは推測する。

 その騎槍媒体ランスに負けず劣らず、左手に持たれた大盾もまた冗談のような大きさだった。

 それこそ、並みの兵士では三人がかりでも持ち運べるかどうか怪しいと思えるほどに。


 巨躯、甲冑、騎槍媒体ランス、大盾……その全てが、ストレイトスから聞いたの特徴と一致していた。

 もはや誰何すいかするまでもない。

 ヨハンの前に現れた大男は、


「ジスファー・ラウンド……!」


 呻くように漏らすヨハンをよそに、ジスファーはその手に持った騎槍媒体ランスを掲げ、叫ぶ。


「この一帯を我の戦場と定めるッ!! 同志たちよッ!! 巻き込まれたくなければ下がるがいいッ!!」


 かすれている割には不思議とよく通る声が響き渡り、ヨハンを遠巻きにしていた帝国兵が、さらにその円を拡げていく。

 ここでようやく、ヨハンは悟る。

 敵の攻撃が消極的になっていたのは、ジスファーの到着を待っていたからであり、自分とジスファーの一騎打ちをお膳立てするためであったことを。


(僕の魔法をジスファー一人に向けさせることで、被害を最小限に留めつつ、僕を潰すつもりか……!)


 ナメた真似を――とは、微塵も思わなかった。

 ジスファーの内から放たれる暴力的なまでの〝圧〟が、そんなナメた考えを浮かべることを許さなかった。


(これが《終末を招く者フィンブルヴェート》の最高幹部――七至徒か)


 ストレイトスの読みでは、この戦いにおいて、ジスファーと相対する可能性が最も高いのがヨハンであり、ジスファーと最も相性が良いのもヨハンだという話だった。


(後者についても、是非ともストレイトスさんの読みが的中してほしいところだな……!)


 ヨハンは、詠唱省略の魔法陣が描かれた左掌を天にかざす。

 ジスファーは、こちらを遠巻きにしている帝国兵みかたの輪が拡がり切るのを待っている様子だったが、まさしくその帝国兵てきを葬ろうとしているこちらがそれに付き合う義理はない。

 ゆえに、躊躇も容赦なく、ヨハンが持ちうる氷属性最強の魔法を発動した。


「〝グレイシアファランクス〟ッ!!」


 具現するは、百を超える氷の攻城矢バリスタ

 ヨハンが左手を振り下ろした瞬間、氷の攻城矢が密集陣形ファランクスを組んでジスファーに、その後ろにいる帝国兵に襲いかかる。

 人間相手に向けるにはあまりにも破滅的すぎる暴威を前に、ジスファーは事もなげに呟く。


「温い」


 直後、ジスファーの甲冑が、騎槍媒体ランスが、大盾が、青白い魔力の光に包まれる。

 騎槍媒体ランスを持つ右手が霞んで見えたのも束の間、目にも止まらぬ速さで繰り出された刺突と殴打が、百を超える攻城矢を一本残らず粉砕した。

 ジスファーの後ろで死を覚悟していた帝国兵たちが歓声を上げる中、ヨハンは苦々しげに呟く。


「化け物め……!」


 ディザスター級澱魔エレメントをも貫く攻城矢を一撃で粉砕する膂力も異常だが、あの巨大な騎槍媒体ランスで百を超える攻城矢を一本たりとも漏らすことなく捌き切ったその技量は、もはや超常としか形容しようがなかった。

 本当に、現実に起きた所業なのかと疑いたくなるほどだった。


「さて、お互い〝挨拶〟はこれくらいでいいだろう」


 言うや否や、地を揺らすほどの激烈な踏み込みでジスファーが突貫してくる。と思った時にはもうジスファーの巨体は眼前まで迫っており、ヨハンは一も二もなく全力で後ろに飛んで間合いを離した。

 さらにジスファーは地を蹴り砕いて追ってくるも、機動力は〝シルフィーロンド〟を使ったヨハンの方がわずかに上回っていた。

 おかげで、なんとか詠唱できるだけの時間を確保することができたヨハンは、


「煉獄の業火よ、愚かなる罪人を焼き払え――〝インフェルノレイ〟!」


 前方に両の掌を掲げ、極太の熱線をジスファーに照射。

 単純な威力ならば〝グレイシアファランクス〟をも上回る熱線を、ジスファーは真っ向から大盾で受け止めた。

 その隙に、さらに呪文を詠唱しようとしていたヨハンだったが、


「な……ッ!?」


〝インフェルノレイ〟を受け止めながら、速度を緩めることなく真っ直ぐに突っ込んでくるジスファーに瞠目する。


 熱線の照射が止んだ刹那、突進の勢いを乗せた刺突が、ヨハンの鳩尾目がけて飛んでくる。

 すんでのところで真横に飛ぶも、騎槍媒体ランスの切っ先がヨハンの着衣をかすめていく。


 どうにか騎槍媒体ランスの間合いからは離れることはできた。が、それも一瞬のことで、すぐさま追撃をかけてきたジスファーが、騎槍媒体ランスによる刺突と殴打で攻め立ててくる。

 ヨハンはそれを、ギリギリのさらにギリギリのところで、なんとかかわし続けてみせる。

 あらかじめ〝シルフィーロンド〟を纏い、なおかつ、テストに〝視〟る鍛錬をつけてもらっていなければ何回死んでいたかわからない、苛烈なまでの猛攻だった。

 

 だが、このままではジリ貧になるのは必至。

 どこかで攻撃に転じなければ、騎槍媒体ランスはいずれヨハンを捉え、その命を貫くだろう。


(詠唱の時間を稼ぐために、遠巻きにしている帝国兵どもに飛び込んで盾にするか?……いや、露骨に巻き込んだとなれば、さすがに帝国兵どもも一騎打ちに介入してくるかもしれな――くッ!?)


 穂先が肩をかすめ、体勢を崩しながらも飛び下がる。

 騎槍媒体ランスの間合いに一瞬以上いようものなら、〝グレイシアファランクス〟を粉砕せしめた連撃に身を晒すことになる。

 いくら〝視〟えていようが――いや、〝視〟えているからこそ、連撃アレを凌ぎきる自信はヨハンにはなかった。


 呪文の詠唱はもちろん、詠唱を省略した〝グレイシアファランクス〟を唱える隙も見出せない。

 右掌に仕込んでいる、魔名が短いもう一つの詠唱省略魔法――〝レッドボム〟ならば唱えることもできなくはないが、魔力光に包まれた甲冑の守りを破るほどの威力はない。


(いや、待てよ)


 直後、脳天はおろか人という存在そのものを砕かんばかりに、ジスファーが騎槍媒ランを振り下ろしてくる。

 ヨハンはそれを後ろに飛んでかわしながら、右掌を前方に掲げ、


「〝レッドボム〟!」


 ジスファーの顔面目がけて火球を飛ばした。

 かわすまでもないと判断したのか、ジスファーはあえて前に出て顔面――正確には兜――で火球を受け止め、その直後に起こった爆発すらも平然と受け止める。


 刹那、ヨハンは懐から長剣媒体ソードを取り出し、光刃を具象。

 地を蹴り、〝シルフィーロンド〟の力を最大限に借りて突貫した。

 その勢いたるや〝飛ぶような〟どころの騒ぎではなく、ヨハンは文字どおり疾風となって、兜の視界確保用の隙間目がけて刺突を繰り出す。


 魔力光に守られているとはいっても、間接部などの隙間に関しては、オディックヘドロン製の甲冑といえども通常の甲冑と同様に守りは薄い。

 


 ヨハンは勢いをそのままに、反転しながら長剣媒体ソードを持たぬ左掌を天に掲げ、〝グレイシアファランクス〟を発動。

 具現した百を超える氷の攻城矢がジスファーに殺到するも、またしても、騎槍媒体ランスの連撃によって次々と砕かれてしまう。


 当然この結果を読んでいたヨハンは、着地と同時に長剣媒体ソードを地面に突き刺し、ジスファーが〝グレイシアファランクス〟を凌いでいる隙に呪文を詠唱する。


「我がたなごころに握りし大海、矮小なる身では受け止めること叶わず――〝オーシャンズリジェクト〟!」


 魔名を唱えきると同時に両掌を前方にかざし、最後の攻城矢を粉砕したばかりのジスファーに向かって巨大な水塊を発射した。

 ジスファーは大盾でそれを受け止めるも、


「ぬぅ……ッ」


 直撃すると同時に水塊が爆発し、その衝撃で地面を削りながら十数メートル後退。

〝オーシャンズリジェクト〟発動と同時に、すでに別の呪文の詠唱を開始していたヨハンが、たたみかけるように水属性最強の魔法を発動する。


「我願う、蒙昧もうまいなる愚者に裁きがくだ)ことを、我願う、断罪の先に救いがあらんことを――〝サフィールジャッジメント〟!!」


 天空に浮かんだ直径五〇メートルの巨大魔法陣が、蒼き輝きを放つと同時に、巨大な水の奔流を発射する。

 断罪の蒼は、その真下にいるジスファーを、防御も回避も許すことなく呑み込んだ。


「これなら、どうだ……!」


 肩で息をしながら、ヨハンは天地を繋ぐ蒼き水柱サフィールジャッジメントを睨みつける。

 ディザスター級澱魔エレメントですらも無事では済まない、最上級魔法による連続攻撃。

 オディックヘドロン製の甲冑といえども、到底耐えきれるものではない。

 ここまでやってなお倒せなかったら、それはもう人間ではない。

 比喩でもなんでもなく、正真正銘の化け物だ。



 そしてまさしく、ジスファー・ラウンドは正真正銘の化け物だった。



 突然、〝サフィールジャッジメント〟の蒼を圧する青白い光が、ヨハンの視界をも圧する。

 直後、蒼き水柱から魔力の砲弾が飛び出し、反応が間に合わなかったヨハンに直撃。

 ヨハンの体は玩具のように吹っ飛び、嫌というほど地面を転がったところで、ようやくその勢いを止める。


 体のそこかしこから訴えてくる痛みを無視し、立ち上がったヨハンが目にしたのは、ズシリズシリと一歩一歩踏みしめながら蒼き水柱から出てくるジスファー・ラウンドだった。

 甲冑、大盾、騎槍媒体ランスの全てが、鮮烈なまでの魔力光を放っていた。


〝サフィールジャッジメント〟が止んだところで、ジスファーが口を開く。


「我の武具は全て特別製でな。我の意志一つで、魔力光の硬度を高めることができる。最高硬度でなければ凌ぎきれない魔法の数々は見事だが……こうなった以上、いかに貴様といえども、我の守りを破ることはできない」


 言い終わると同時に、大盾が上下に割れ、その隙間から砲口が顔を覗かせる。

 次の瞬間に起きることを幻視したヨハンは、砲口が雄叫びを上げるのと同時に真横に飛ぶ。

 幻視どおり砲口から放たれた魔力の砲弾が、半瞬前までヨハンが立っていた地面を吹き飛ばした。


 大砲媒体カノン――その重量と魔力の消費量から、個人では決して運用できないと言われている武装媒体ミーディアム

 ストレイトスから聞いた話によると、ジスファーはこの大砲媒体カノンを使って、王都ルタールの城門を破壊し尽くしたとのことだった。


(近づけば騎槍媒体ランス、離れれば大砲媒体カノンとは、厄介極まりない……!)


 次々と発射される魔力の砲弾をかわしつつ、ヨハンは歯噛みする。


(僕の魔法を無傷で防ぐ防御力を維持しつつ、大砲媒体カノンを乱発するなど、魔法士であってもあっという間に魔力が枯渇してしまうはずなのに……もしかしたら、奴の魔力は――……)


 僕に匹敵するかもしれない――認めたくはないが、認めざるを得なかった。

 事実ジスファーは、湯水のように魔力を使いながらも、まるで勝負を急いでいない。

 少なくともこの一騎打ちの間は、ジスファーの魔力が枯渇することはないと見た方がいい。


(強すぎる……!)


 化け物じみた武力と魔力。

 その力を最大限にまで引き出す最高の武具。

 ジスファーのあまりの強さに、ヨハンの内に眠っていた弱気の虫が一瞬だけ顔を覗かせてしまう。


 その一瞬の怯みに目聡く気づいたジスファーが、大砲媒体カノンを乱射しながら突撃してくる。

 反撃の手がいまだ思い浮かばないヨハンは、考える時間を稼ぐために逃げの一手を打つも、


「甘いぞ!」


 大砲媒体カノンで逃げる方向を限定され、いよいよ騎槍媒体ランスが届く間合いまで踏み込まれてしまう。

 放たれる刺突。

 ヨハンはそれを横に飛んで回避する。

 今まで同様、ギリギリのさらにギリギリのところで回避が間に合ったことに安堵するも、今までとは違うと言わんばかりに、ジスファーは強引に刺突を中断。飛び離れていくヨハンを追うように、殴打を繰り出してくる。


「ぐふ……ッ!」


 打速はヨハンが飛び離れる速度よりも明らかに速く、騎槍媒体ランスが脇腹に直撃し、そのまま殴り飛ばされる。

 折れたかヒビが入ったか。肋から聞こえてきた不吉な悲鳴に顔をしかめながらも、〝シルフィーロンド〟の力を借りて、かろうじて着地。と同時に、すぐさま地を蹴り、飛んできた大砲媒体カノンの砲弾をかわした。


(まずい……! このままでは詠唱の隙をつくるどころじゃない……!)


 次々と襲い来る砲撃をかわしながら、思考に思考を重ねる。


(戦っていて気づいたことだが、ジスファーは戦いそのものを楽しんでいる節がある。ならば……危険な賭けだが……この手でいくしかない!)


 妙策を思いついたヨハンは、砲撃が降り注ぐ中、突然その場に立ち尽した。


「なんのつもりだ? ヨハン・ヴァルナス」


 さしものジスファーも砲撃を止め、訝しげに訊ねてくる。

 ヨハンが、立ち尽した分、余計に不審に思ったことだろう。


「……ジスファー。お前は自身の守りに絶対的な自信を持っている。そうだろう?」

「肯定だ」

「ならば、僕の〝とっておき〟を真っ正面から受け止める自信はあるか?」

「ほう……」


 ジスファーが興味深そうに吐息を漏らす。


「我の守りを突破する自信があるというのか?」

「なければ、こんな言葉は吐かない」

「面白い」


 言葉どおり、どこか楽しげにジスファーは応じる。

 賭けに勝ち、策が通ったことに、ヨハンもまた凄絶な笑みを浮かべる。


 ジスファーのような戦闘を楽しむ手合いは、無抵抗の相手を倒すことを〝つまらない〟と思う傾向にあることを、ブリック公国軍兵士としての経験上、ヨハンは知っていた。

 ジスファーという化け物の性格を把握した上で、わざと無防備を晒して攻撃を中断させ、言葉を以て〝とっておき〟を詠唱する時間を確保する――それがヨハンの策だった。


 絶好の好機を掴み取ったヨハンは、左手を頭上に掲げ、ディザスター級澱魔エレメントを葬った改編魔法を詠唱する。


「白銀の陣よ、その武力を束ね、行く手を阻みし者を貫き、圧し、薙ぎ払え――〝グレイシアペネトレイト〟ッ!!」


 直後、具現した百を超える氷の攻城矢が、ヨハンの掌上に集約していく。

 ほどなくして顕われたのは、長さ二〇メートルを超える馬鹿げた大きさの攻城矢。

 それを目の当たりしたジスファーが、兜の下で笑っているように見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。


「受け取れッ!! ジスファー・ラウンドォオオオオォォオオオオォオオオォオッ!!」


 左手を振り下ろし、巨大攻城矢グレイシアペネトレイトを撃ち放つ。

 当然ジスファーは回避などという無粋な真似はせず、大盾を前面に構えて真っ向から巨大攻城矢を受け止めた。


「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


〝オーシャンズリジェクト〟の爆発をはるかに上回る衝撃が、ジスファーの巨体を一方的に押し込んでいく。

 やがてはヨハンたちを遠巻きにしていた帝国兵のところまで押し込まれそうになったところで、ジスファーは両脚でしかと地面を噛み、味方を巻き込む数メートル手前で踏み止まった。が、その代償は決して安いものではなかった。


 パキ――


 何かが、割れるような音がした。


 パキ――


 パキ――


「なんと……!」


 いよいよ音の正体に気づいたジスファーが、驚きの声を漏らす。

 音の出所は、今まさに巨大攻城矢を受け止めている大盾。

 音の正体は、巨大攻城矢の威力に耐えきれなくなった大盾に亀裂が走る音だった。


「まさか、これほどとは……!」


 呻くように漏らした声音は、窮地に追い込まれたに充ち満ちていた。


 パキパキパキ――


 亀裂が、いよいよ大盾全体に拡がり始める。


(いける……!)


 ヨハンは巨大攻城矢にさらなる魔力を注ぎ、推進力を増幅させる。

 その直後、ジスファーが自身の背後を一瞥したことに、ヨハンは眉をひそめる。

 背後にいた味方が避難しているのを確認したような、そんな素振りだった。


 いったい何を――と、口に出そうとした瞬間、ジスファーは、巨大攻城矢を受け止めていた大盾を手放し、同時に、騎槍媒体ランスを両手で握り締め、引き絞りながら大きく後ろに飛び下がる。

 ジスファーが着地すると同時に、巨大攻城矢は大盾を粉砕。

 微塵も勢いを落とすことなく、ジスファーに突貫する。


 直後、


「つぇえええええええええええいッ!!」


 ジスファーは裂帛の気を吐き出しながら、巨大攻城矢目がけて渾身の刺突を繰り出した。

 騎槍媒体ランスの穂先と巨大攻城矢のやじりがぶつかり合い、衝突点を中心に突風が吹き荒ぶ。


 そして、


 数瞬の相克を経て、



 騎槍媒体ランスは、巨大攻城矢グレイシアペネトレイトを粉々に突き砕いた。



「馬鹿……な……」


 この結果には、ヨハンも愕然とするしかなかった。

 

「ディザスター級を倒した魔法でも、駄目なのか……」


 勝てない――嫌でも、どうしても、その一語が脳裏に浮かんでしまう。


 意気消沈するヨハンとは対照的に、ジスファーは意気揚々といった風情で地を蹴り砕き、初めて姿を現した時と同様、冗談のような跳躍力を以て、一足でヨハンの前に舞い戻ってくる。


「今の魔法で、ディザスター級を屠ったのか。確かに素晴らしい魔法だった。さすがに我も、盾を失うとは思わなかったぞ」


〝グレイシアペネトレイト〟を受け止め、はるか後方まで押し込まれていたにもかかわらず、しっかりとヨハンの嘆きが聞こえていたジスファーが心底満足した声音で言う。


「魔名からして〝グレイシアファランクス〟の亜種のようだが、貴様のオリジナルか?」

「……オリジナルというより改編アレンジだ。ディザスター級と戦っていた時に即興で編み出した魔法だ」


 話しかけてくるのを良いことに、素直に応じながらも頭の中でジスファーを倒すための魔法を探す。

 ジスファーは大盾を失い、防御力が大幅に低下している。はずなのに、改編魔法を含めても、どうしてもジスファーを打倒する魔法を見出すことができなかった。

 

「ほう……即興でか。ならば、期待できそうだな」


 興味深そうに言いながらも、ジスファーは騎槍媒体ランスを構える。

 このままではまずい――そんな焦りを押し殺し、ヨハンは努めて感情を込めずに言う。


「もう一度くらい、付き合ってくれると思ったんだがな」

「そうしてやりたいのは山々だが、二度もサービスをくれてやっては、せっかくの〝熱〟に水を差すことになる。ここまでの〝熱〟を抱けたのは久々だからな。どうせなら、少しも冷ますことなく決着を迎えたい」


 言っていることの意味の半分も理解できなかったが、こちらの口車に付き合う気がないことだけは理解することができた。


 絶望が、鎌首をもたげ始める。

 それが顔に出てしまったのか、


「……まさか、ここに来て戦意が失せたなどと言うつもりではないだろうな」


 怒気すら孕んだ声音で、ジスファーが指摘してくる。

 さすがに、こうもはっきり言われては、ヨハンも少なからず憤りを覚えてしまい、


「そんなわけ――……!」


 声を荒げようと息を吸い込んだことで負荷がかかってしまったのか、激甚な痛みが肋に走り、ヨハンは思わずうずくまってしまう。


「戦意があることはわかったが……どうやら、終わりは近いようだな」


 ジスファーの声音には、嬉しさと寂しさが入り混じっていた。

 どうにもこの男、戦いを楽しむどころか、戦いに狂っている類の人間なのかもしれない。

 少しでも戦いを長引かせようとしているのか、うずくまって痛みに悶えるヨハンに対し、仕掛ける素振りすら見せようとはしなかった。


(しかしこの痛み……完全に無視を決め込むのは難しそうだな)


 そんなことを考えながら、無意識の内に掌で肋に触れようとした、その時だった。

 偶然指先が、着衣越しから〝それ〟に触れ、ヨハンはハッとする。

 すぐさま〝それ〟をまさぐり、着衣越しながらも壊れていないことを確認して、思わず安堵の吐息をついてしまう。


(どうやら無事のようだな、レティアの短銃媒体ピストルは)


 そう思ったところで、苦笑してしまう。

 この期に及んで、自分の身よりもレティアの形見ピストルの心配をしていることが、我が事ながらおかしかった。


(そういえば……)


 ふと、レティアに射撃の基本を教えていた時の思い出が脳裏をよぎり、


(こんな時に、僕は何を考えて――)


 嘆息しようとした瞬間、唐突に逆転の一手が閃く。


 レティアに射撃の基本を教えていた時に、魔力の枯渇について話したこと。

 魔力が枯渇したら、酸素欠乏にも似た症状に襲われるとレティアに教えたこと。

 この二点が、ヨハンに逆転の一手を閃かせた。


 ヨハンはレティアに感謝するように、着衣越しから心を込めて短銃媒体ピストルを握り締め、独りごちる。


(お守り代わりとは、本当によく言ったものだな)


 そして、死線の上に立っているとは思えないほどに穏やかな笑みを浮かべながら、立ち上がった。


「もういいのか?」


 と、訊ねてくるジスファーに、さすがのヨハンも呆れた声音で応じてしまう。


「おかげさまで助かったが、サービスはこれ以上くれてやらないと言ったのは嘘だったのか?」

「嘘は言っていない。サービスとは、貴様の魔法を真っ正面から受け止めてやることに対して言った言葉だからな。もっとも――」


 ジスファーは今一度、騎槍媒体ランスを構え直す。


「ここから先は、サービスそんなものは期待しない方がいいとだけ忠告しておこう」


 ここに来て一番の〝圧〟を放つ、ジスファー。

 その〝圧〟を前にしているにもかかわらず、ジスファーに応じるヨハンの声音には少しの気後れもなかった。


「心配するな。初めから期待などしていない」


 最後の攻防が、今まさに始まろうとしていた。

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