第14話 真実の奥底
公都ヌアークを離れ、仲間との集合地点を目指して夜の平原を歩いていたクオンは、前を歩くシエットに悟られないよう、心の中で深いため息をついた。
もう十年近くかぶり続けていたものとはいえ、久しぶりにかぶる、狂気という名の〝仮面〟は、少々……いや、かなり疲れるものがあった。
ヌアークに潜入したこの一年〝素〟の自分でいられた分、余計に疲れてしまうのだろうと、クオンは思う。
(でも、すぐにまた慣れなくちゃいけませんね)
素直でいい
常に狂気を振りまき、
同じ《
突然、前を進んでいたシエットが足を止め、こちらに振り返ってくる。
その時にはもうクオンは当然のように〝仮面〟をかぶり、
下手に知られるわけにもいかない。
〝素〟の
人外の巣窟たる七至徒には、あまりにもそぐわない。
〝素〟の
人殺しが得意という、《
七至徒とは、その名を聞いただけで敵味方問わず畏怖を抱く人外の集まり。
だからこそ、七至徒という肩書きは現状考えうる限り、〝妹〟を護る最高の盾となりうる。
七至徒の身内というだけで、《
〝妹〟を護るには、七至徒という肩書きがどうしても必要だ。
だから〝仮面〟をかぶり、演じる。
狂気と享楽に満ちた
「どうしたんです? シエットさん」
艶然と微笑み、わざとらしく小首を傾げながらシエットに訊ねる。
長年染みついた〝仮面〟はしっかりと機能しており、シエットはクオンの内心に気づくことなく、クオンの背後を指でさし示した。
「ヌアークを見てみろ」
言われたとおりに振り向いてみると、はるか後方に見えるヌアークの中心――城のあるあたりが煌々と燃えているのが見て取れた。
「おそらくヨハン・ヴァルナスが、城ごとセルヌント公たちを火葬したのだろう。城を丸ごと燃やすとは、やはり奴は、貴様の見立てどおり相当に優秀な魔法士らしい。もっとも、
そんなシエットの言葉を右から左に聞き流し、燃え盛るヌアーク城を見つめていたクオンだったが、
「く……ふふ……はは……あははははははははっ!」
唐突に嗤い出し、目の前にいたシエットが
燃えている。
一年間潜入していた城が、
嗤うしかなかった。
燃える公都を見て、嫌というほど実感が湧いてしまったから。
(ヨハン……今さら信じてくれないかもしれませんけど、わたし、本当にヨハンのことが大好きなんですよ? 今この時も……)
真実わたしは恋に落ち、今もなお恋い焦がれている。
ヨハン・ヴァルナスに。
(ヨハン……あなたに近づいたのは、確かに任務のためでしたけど……あの時、あなたに〝あんなこと〟を言われて、それ以来あなたのことが任務とか関係なく気になるようになって…………あなたがわたしを好きになるよりも前に、わたしがあなたのことを好きになっちゃったんですよ?)
ヌアークに潜入した一年間は、本当に幸せで、本当につらかった。
大好きな人と一緒にいられたから。
大好きな人を騙し続けていたから。
だからこそ、悩んだ。
任務など投げ出して、ヨハンに真実を告白しようとさえ考えたこともあった。
けれど、できなかった。
そんなことをしたら、確実に、見せしめという形で〝妹〟が殺される。
〝妹〟には一人で生きていけるだけの力はなく、当然《
そもそも後者に関しては、わたし自身も持ち合わせていない。
だから、わたしは選んだ。
引き続き《
でも、それでも、ヨハンを死なせたくなかった。
死んでほしくなかった。
ヨハンを生かす方法を考えて考えて考え抜いた結果、今まで築き上げた〝仮面〟の
ヨハンの存在がヘルモーズ帝国にとって有益だと思わせるために、ヨハン自身が父の手記以上のことは何もわからないと言っていた聖属性と闇属性についての知識を、
そうすることで、シエット以外の七至徒や、ヘルモーズ帝国の上層部に、ヨハンには生かす価値があると思わせる布石を打った。
それが、《
それゆえにヨハンの
その結果、これ以上ないほどにヨハンを傷つけてしまい、これ以上ないほどにヨハンに恨まれ、これ以上ないほどにヨハンに嫌われてしまった。
だから、嗤うしかなかった。
嗤うことしかできなかった。
でも、それでも、ヨハンを死なせたくなかった。
どんな形でも、生きていてほしかった。
ヨハンに会いたい。
ヨハンと話したい。
ヨハンと触れ合いたい。
けれど、それはもう許されない。
〝妹〟のためにも絶対に死ぬわけにはいかないから、仇として殺されてあげることもできない。
だから、嗤うしかなかった。
嗤うことしかできなかった。
敵も、味方も、何もかもを偽り、何もかもを嘘で塗り固めた少女は、夜空に向かってただただ嗤い続けた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます