写真家・遠山森道伝

高階經啓@J_for_Joker

序章

 きっかけは例によってツイッターだった。ある朝目覚めると、前夜何気なくつぶやいたツイートがたくさんリツイートされたり、お気に入りに入れられたりしていて、そういうことが久しぶりだったので嬉しくなって「どれどれ?」なんて具合に、リツイートした人や、お気に入りに入れた人のページを眺めにいった。


 元々のぼくのツイートが心身の制御に関わるものだったせいもあってか、パフォーマーやアーティストだとか、芸術全般の愛好家、食に造詣の深い人、セラピーを仕事にする人などが目立ち、その人たちのツイートはどれもぼくにとっても魅力的に映った。ツイッターおもしろいじゃん。気がついたらそんなことをつぶやいていて(ツイートではなく、リアルにつぶやいていて)、そう感じるのは、実は久しぶりの感覚で、楽しく画面をスクロールさせていた。


 その中の一つに遠山森道の写真を紹介したものがあった。それは廃墟を撮ったもので、全体に胸騒ぎのするような緊張感をたたえていた。打ち捨てられた駅。雑草の生い茂る車道。フォルムの歪んだ家屋。建物の中に入り込み、朽ち始めた家具や床板、住民が残した写真や人形、商売に使っていた道具、何かが潜んでいそうな暗がり、階段、窓枠。ざらっとした質感、褪せた色合い、ところどころにぎょっとするような鮮やかな色が目に飛び込んでくる。


 廃墟の写真は好物だし、遠山の写真にも廃墟写真にありがちなホラー映画めいた独特の怖さもあるのだが、ぼくの目を惹いたのはそれではなかった。遠山森道の写真には、なぜか郷愁をそそる独特のトーンが感じられた。付け加えて言うとユーモアさえ感じられた。別に笑いを誘う変なものを撮影している訳ではない。でもそこはかとない可笑しみ、言って見れば撮影者がおもしろがっていることが伝わってくるようなユーモラスな空気が、ほんの少しだが漂っていた。


 こうして、遠山森道はぼくにとって気になる写真家となった。


 遠山森道との短い交流についても書きたいことはたくさんあるのだが、いずれもいささか信じてもらいにくいエピソードばかりなので、今はまだ書かないことにする。それについては、この後たっぷり書くことができる。でも恐らくそれは「眉につばをして」読まれる内容になってしまうだろう。だから今ここでは事実として誰にでも確認できることだけ記す。それだけでも十分に(十二分に)奇妙な話なので。


 遠山森道には出生地が少なくとも二つある。一つは茨城県の明野という土地、もう一つは香川県の由佐という土地。この二つは出生届を確認したので間違いない。同じ親の手によって書かれた同年同月同日の出生届が存在するのだ。これらは確認済みだ。あと一つは未確認だが大阪府にも届け出がされているという。まともに考えれば、何らかの手続き上の間違いがあったのだろう、という他ないのだが、どうもこのあたりから森道をめぐる逸話は神話めいてくる。


 森道との最後の日々を思い返すと、それは「手続き上の間違い」などという散文的なものではないのではないかと夢想したくなる。誰かの出生地は一つしかない。それは我々の常識だ。疑ったこともないし、疑う理由もない。なぜなら我々の身は一つしかないし、我々をこの世に送り出す母親も一人しかない。だから一度に二カ所以上で生まれるということは起こりえない。それが我々の常識だ。


 でも。と、ぼくは思うのだ。もしかしたらその常識が間違っているかもしれない。ぼくなどには想像もつかない条件が整えば、人は明野で生まれると同時に由佐でも生まれることができるのではないかと。指宿に暮らすのと同時に鹿角で所帯を構えることもできたのではないかと。アフガニスタンの戦闘を追いながら、同時に東京のスタジオで広告写真を撮ることもできたのではないかと。


 幸運な過ち。


 遠山森道がしばしば口にした言葉だ。おれたちはね、ヒロ、幸運な過ちを繰り返して先に進むんだ。考えてもみろよ。おれたちの頭で立てる計画なんてこれから実際にやって来るものに応じきれる訳がないだろう? だから過ちを犯し続けるんだよ、おれたちは。これまでも過ちを犯し続けてきたんだし、これからも過ちを犯し続けるんだよ。それが少しばかり幸運な過ちなら、おれたちはもう少し続けていくことができる。


 1930年3月2日。インドでマハトマ・ガンディーが抗議運動を開始したその日、幸運な過ちによって、遠山森道は少なくとも二カ所で生を受けた。その写真が彼の死後に思いがけない形で世界を動かした大元の理由は、その最初の過ちにあるのかもしれない。 


(「幸運な過ち」ordered by 阿藤 智恵-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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