10年目の手紙

 あの日から、10年。

 10年前の5月。私は地方公務員として、被災地の業務を手伝う被災地派遣のために宮城県を訪れた。その時の日記。


***


 一日目は移動で終了。ホテルからは松島が見渡せた。松島の美しい風景がちゃんと残っていることは、宮城の皆さんにとって本当に良かったなぁと思いました。


 二日目から活動開始。


 女川町は、かつては「こじゃれた田舎町」だったそうです。「この町が好きで離れられない」という人達が暮らしていた町。

 町の中心部は役場も何もかも津波にさらわれ、見渡す限り瓦礫の山でした。

 建物の上に乗った車、横倒しになった電車。

 27mの津波の凄まじさ、それを目の当たりにした方々の恐怖を思うと、言葉がありませんでした。


 傘、手紙、学生鞄。

 足元に転がる物の一つ一つに、これまでの日常がありました。

 その中で、思い出の品を探す人、花を手向ける人。


 うまく言えないけど、今回の震災は決して「遠くで起きた悲劇」ではなく、この地で生きてきた人々が今も直面している現実で、一変したまま今も続いている日常で……。

 変わり果てた故郷を見下ろしながら、今も避難所で生活している人達がいる。

 何ができるだろうかと思ったら、自分の無力さが身に沁みました。


 津波の被害は無かった内陸部でも、皆さん様々な被害を見聞きされ、それぞれに凄まじい体験を抱えながら、毎日を送っておられました。


 活動拠点となった保育所は避難所にもなっていました。保育士さん達は本当に熱心で献身的で、自らも被災しながらも子ども達や地域の方々のために尽力しておられました。

 ただただ、頭が下がりました。


 活動を終えて思うこと。


 今回の震災は、これからもずっと支援が必要なのだと思います。いずれ、テレビや新聞で見かけなくなっても、ずっと続いていくことなのだと。


 何が自分にできるのか…。


 募金、東北産の物を買うこと……。

 思いつくのはわずかなことだけど、今も頑張っておられる皆さんのために、できることをし続けたい。


 また、今回私が行ったのは宮城だったけれど、地震と津波に加えて原発の問題も抱えている福島の方々は、どんなにか辛い日々を送っておられるだろうかと思います……。


 何ということが起きたのかと……。



 今もあの光景を夢に見ます。

 でも、いつかまた宮城に行きたい。


 被災地の皆さんが安心して暮らせる日が一日も早くくることを、お祈りしています。


***


 被災地派遣は3クールに及び、同じ職場の6名が派遣された。派遣後、活動拠点となった女川町の保育所の皆様に、チームの皆で手紙を書いた。

 チームの一人が言った。


 私たちにできること。せめて、心を寄せ続けたい。


 10年間、皆で手紙を書くことにした。そして10年後、新しい女川町を皆で見に行こうと約束した。


 10年間の間に、私は結婚し出産した。メンバーも皆異動し、中には退職した人もいる。それでも年一回集まって、3.11に向けて手紙を出した。


 「なみだはあふれるままに」という、あの日からの日々が綴られた絵本。女川町出身の神田瑞季さんに内田麟太郎氏が詩を贈り、内田さんが挿絵を描いた作品。書店で偶々見つけて、皆で読んだこともあった。


 何気なく眺めていたニュースに、女川町が出てきた。

 「女川は流されたのではない、新しく生まれ変わるんだ」

 当時小学生だった佐藤柚希さんが書いた詩の一節を役場に掲げ、復興に取り組まれていることを知った。


 「サンマとカタール 女川つながる人々」という女川町の復興を描いた映画を知り、DVDを取り寄せて観たこともあった。 


 10年目の今年。

 コロナ禍で、再訪は叶わなかった。

 先日、最後の手紙を皆で送った。


 2月には10年前の余震もあった。

 東北の皆さまは、どんな想いだっただろう。あの日が近づくにつれ、思い出が過る時期だっただろうに……。


 私たちが訪れた期間はあまりに短かった。あの日の話をいろんな方から聴いた。けれど、私たちは通り過ぎるだけの存在で、あまりに無力だった。

 お会いした保育所の先生方も残っておられるか分からない中で、手紙がどのように受けとめられたかは分からない。自己満足、と言われたらそうなのかもしれない。


 それでも、思う。

 あの時、出来ることは何も無いと思った。でも、せめて、忘れないことは出来る。


 10年前の5月。園庭の鯉のぼりの下で、力強く桜が咲いていた。

 劇務の中でも、保育士さん達はこども達のために鯉のぼりを掲げていた。

 季節の巡りと共に、花は咲く。必ず咲く。


 いつか再び、あの地を訪れたい。

 

 どれだけ歳月が流れても、3.11は私たち皆にとって特別な日で在り続けるのだと思う。

 祈りを込めて。




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