第12話 〈100PV、感謝✨〉傷
最近、入浴中に娘が「これ、何?」と私のお腹の傷を指差してくる。第6話に書いた通り、帝王切開で出産した手術痕だ。
「お腹を切ってもらって、ユヅちゃんが産まれてきたんだよ」と説明すると、嬉しそうに傷に触っている。
私には、もう一つ傷がある。
産まれた時、私は口唇裂だった。妊娠中に起こる先天性異常で、口唇に割れ目が残っていたのだ。生後3ヶ月で手術し、縫い合わせた痕が鼻と口の間にある。
他人が私の顔を見てどう思うかは知らない。私自身はもともと大した顔ではないし、普段意識することはない。
母は私に、「産まれる前、お母さんのお腹の中でケガをしたのよ」と話していた。
私もそれを信じていた。
小学生になった時、周囲から「その傷、何?」と聞かれた。母が言った通りに説明したら、相手は「ふぅん」で終わり。
でも、何気無くその話をした私に、母は言った。
「よしなさい、恥ずかしい」
恥ずかしい?何が?
私は混乱した。
母には、それ以上聞けなかった。
それまで何とも思わなかった傷が、「恥ずかしい」ものになった。
そんなエピソードも忘れた頃。
社会人になった私は、同僚から「その傷、何?」と聞かれた。
母の説明を繰り返すと、「赤ちゃんがお腹の中でケガ?そんな訳ないでしょ!」と突っ込まれた。
初めて私は、母の説明に疑問を覚えた。
この傷は、何なのだろう?
母に尋ねて、やっと口唇裂だと知った。
その時は「なぁんだ」としか思わなかった。なんでもっと早く言ってくれなかったんだろう?
やがて私は結婚し、息子を産み、里帰りをした。
娘の出産に自分の出産を重ねたのだろう、母は私を産んだ時のことをポツポツと話した。
私は双子の妹として産まれたが、母は双子の姉にはすぐ会えたものの、私には三日間会えなかったそうだ。
それは私を見てショックを受けないようにという病院側の配慮であり、まず父に説明し、父から母に伝えてもらうことになった。
その間、母はあらゆる想像をした。
だから、父から「赤ちゃんは口をケガしてる。でも、手術すれば治るよ」と言われ、私と対面した時、「なんだ、この程度か」と安堵したらしい。
けれど、退院後、近所の人達が赤ちゃんを見に来た時、こどもから「赤ちゃん、お口が変だね」と言われたそうだ。
「こどもは残酷よね」と母は笑った。
こどもは思ったままを言っただけだ。
残酷だと受けとらざるを得ないものが、母の側にあったのだろう。
幸い、腕のいいお医者さんに巡り会い、手術は成功した。
手術後、縫ったばかりの唇でうまくミルクが飲めない私に、母はパニックになった。
退院後は経過観察のために、姉と私を連れて通院した。
1日数本のバスを待ち、一時間以上かけて、大学病院の長い待ち時間を耐えて。
当時、26歳だった母。父は仕事漬、同居の祖父母は畑仕事で、日中は母一人。実家は遠方。
初めての、しかも双子の子育てはハプニング続き。まさかの手術。
心細い思いもしただろう。何故なのかと、問うたかもしれない。
今なら、「恥ずかしい」と言った母の気持ちが、少しわかる。
私が中学生の時、吹奏楽部でトランペットが吹けずにいたら、「唇のせいじゃないか」と気にしていた母。吹き方が分からなかっただけなのに。
私が息子を産んだ時、真っ先に唇を確認したという母。
母には、葛藤が残る傷だったのだろう。
けれど、私はやっぱり、この傷を何とも思わない。
母の苦労に対し、「大変だったよなぁ」という感謝はあるけれど、「なんでキレイに産んでくれなかったの?」なんて全く思わない。
たとえ、「お金は出すから、手術して傷を無くしてあげる」と言われても、断る。
良いとか悪いとか、美しいとか醜いとか、そんなことは関係ない。
これが無ければ、私じゃない。
母の苦労も苦悩も、ぜんぶぜんぶ含めて、これが私。
私は生活に何の支障もないから、のんきなことが言えるのかもしれないけれど。
でも、病気や障がいと言われるものって、どこかそういう面はあるんじゃないかな…。
周りがどう思おうと、当人には、それが当たり前。それを含めて、自分。
でも、もし私が周りから「変な顔!」と揶揄されていたら、傷の捉え方も違ったかもしれない。
傷自体に良いも悪いもないけど、周りがどう思うかで、当人の捉え方も変わる。
母が、思わず「恥ずかしい」と口走ったみたいに。
でもね、それでも。
この傷も、神様からのプレゼントなんじゃないかな。
この傷のおかげで、いろいろ考えたことがある。気付けたことがあるから。
娘はいつか、尋ねるだろうか。
「お母さんのお口の傷、なぁに?」って。
私は、お腹の傷と同じように、胸を張って答えたい。
「お母さんは、産まれた時から唇にケガをしてた。
だから赤ちゃんの時に手術をした。お医者さんや看護師さんが一生懸命治してくれたの。
ばぁばも、一緒に頑張ってくれた。
これは、そういう傷なのよ」…って。
恥ずかしくなんかないよ、お母さん。
この傷も含めて、私を産んで育ててくれたこと、ありがとう。
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