第726話 2021/10/9 誘導とか

 本日は5時起き。このまま二度寝しなければ、であるが。さすがに今日は買い物に行っておきたいところ。もう冷蔵庫が空になりそうである。ここんとこ食ってばっかりだからな。何とかせねば。


 人間は、頭の中に不快感があると、これをそのままの状態に放置する事を嫌い、不快感を打ち消そうとする思考や行動を取ろうとするらしい。これを「認知不協和理論」と呼ぶのだそうだ。思考誘導のテクニックの一つである。

 最近のわかりやすい例として挙げるならYouTuberではないか。彼らが世間に出てきたとき、「ああ、新しいメディアの活用法か」と受け入れた人も多いだろうが、苦虫を噛み潰したような顔で見ていた否定派もいた。そういった人々は口々に言ったものである。「こんなの、プロの芸能人や番組製作者が作れば、あっという間に状況は変わる」と。で、実際に芸能人やプロの製作者がYouTubeに進出して、どうなったかは言うまでもない。しかし、それが単なる失敗かどうか。おそらくは芸能人や製作者をYouTubeに誘導する事で、金を儲けた人々もいるはずだ。そこに意図的な思考の誘導が果たしてなかったのだろうか。

 認知不協和理論を使った思考誘導はそこら中にある。「運動しなくても飲むだけで痩せる」「飲むだけで男性器のサイズアップ!」「飲めばたちまちシミ・シワが消える」などなどのサプリメント広告とか。大半の人にとっては「そんな馬鹿な」で終わる事であっても、ごく一部の人間が「自分にだけは効果があるかも知れない」と誘導されてしまったら、それで商売になるのだ。

 すべての人間の思考をコントロールするのは難しい。だが一部の人間でさえ良ければ、比較的簡単に思考はコントロールされてしまう。悪用すれば、ただの一般市民を殺戮マシーンに変えてしまう事すらできるのだ。これは極論ではない。ナチスドイツ政権下でユダヤ人を排斥したのは軍人や役人だけではなかった。政府の宣伝に乗せられた市井の一般市民がユダヤ人を追い立てたのである。その陰には映画業界やマスメディアの協力があった。しかし当時のドイツ市民全員がユダヤ人を敵視した訳でもあるまい。そんな完全なコントロールは無理だからだ。

 外国の例を挙げるまでもない。日本が太平洋戦争へ突き進んだのも、メディアや映画産業が一体となった国威発揚による思考誘導があったためである。当時の日本人の中にだって戦争反対を訴える声はあった。しかしそれは無視され、あるいは摘発されかき消された。声がデカいヤツが目立つというのはネット社会だけに見られる傾向ではないのだ。

 そして忘れてはならない事がある。政府やメディアによる国民に対する思考の誘導は過去の話ではない。現在進行形の脅威である。選挙の時期が近付くたびにマスメディアは世論を誘導しようとする。あれも疑いようのない思考誘導の試みである。我々はメディアとはそういう存在なのだと理解し、その行為を監視し、こちらに手を伸ばそうとする意図に備えねばならない。彼らは間違っても我々一般市民の味方などではない。

 そんな認知不協和理論の悪用の一例が目に付いた。ブラジルのリオデジャネイロ警察が6日明らかにしたところによると、自分の12歳の息子に対して虐待をした容疑で近隣住民から通報され逮捕された男の自宅から、大量のナチス関連のコレクションが発見されたそうだ。その数8000点余り、男の主張によれば250万~300万ユーロ(約3億2000万~3億9000万円)の価値があるという。また、男のPCからは児童ポルノが見つかったらしい。

 この事件をAFPとCNNが報じている。記事のタイトルはこうだ。

「児童虐待容疑の男、自宅から大量のナチス関連品 ブラジル」(AFP)

「ナチス関連のコレクション8千点余、小児性愛容疑者の自宅から発見 ブラジル」(CNN)

 日頃「容疑者の人権ガー」とうるさい欧米メディアの皆さんだが、ことナチス関連となると手のひらを返す。おそらく欧米には「ナチス関係者ならどんなに貶めても構わない」といった不文律があるのだろう。こういういかにも「ナチス賛同者は変態」と言わんばかりのタイトルを平気で付けるのだ。推定無罪の原則はどこへ行った。

 誤解のないよう一応書いておくが、ナチスの行ったユダヤ人虐殺など非人道的行為が否定されるのは当たり前であり、それについて文句を付けるつもりなど毛頭ない。ただ、「○○は差別してもOK」「××は人権を無視しても大丈夫」という一方的な物差しをマスメディアが保有しているのは危険なのではないか。彼らはその物差しに従って自身の言動を正当化し、多くの人々の思考を誘導しようとする。そんな連中が「メディアの職務は権力の監視」などと平然と主張しているのである。背筋に冷たいものが走らないだろうか。

 奇しくも今年度のノーベル平和賞はロシアとフィリピンのジャーナリストが受賞したが、自由と民主主義における報道の持つ役割は小さくない。彼らが社会から必要とされる仕事をしているのは間違いないと言えるだろう。だが、だからといって手放しで信用し信頼しても良い存在では絶対にない。

 国が報道を規制するのはいろんな意味で問題があるが、一般市民が報道により被害を受けた際、それを救済するシステムは必要だ。もしそのシステムを「健全なジャーナリズムを阻害する」などと言って否定するようなメディアがあったなら、それは正しいメディアではあるまい。国民から美味い汁を吸おうとする寄生虫である。全否定されてしかるべきであると思うところ。


 ナチス関連でもう1つ。ナチスドイツのザクセンハウゼン強制収容所で看守として働いていた100歳になる男性が、ソ連軍捕虜など3518人の収容者殺害を「認識しつつ故意に」手助けしたとして、今年1月に訴追され、7日から裁判が始まった。

 これな、被害者遺族の感情は理解できるのだが、どうなのだろう。当時の被告の立場で「看守なんてできません」と言えたかどうか。て言うか、それを言ったとして、誰が助けてくれるのだ。いま被告を非難している人々は、スーパーマンよろしく助けに来てくれたのか。そんな訳はあるまい。仮に同時代を生きていたところで、知らん顔で見捨てられたに決まっている。いったいそれで何を裁こうと言うのだろうか。

 被告は無実を主張しているようだが、それを非難するような論調が目立つ。まあ欧米のメディアとしては「ナチス関連で裁ける者がもう誰一人として存在しなくなってしまった」という状況になるのが怖いのではないか。終わってしまったら飯の種が1つ減るからな。ナチスが完全に終わる頃には、今度は日本軍の残虐行為を取り上げ始めるかも知れない。もちろん根拠はないが、メディアなんてそういうものだと思っておいた方がいい。


 8日、アフガニスタン北部クンドゥズのモスクでイスラム教シーア派の人々による金曜礼拝が行われているとき、子供が1人入って来た。体に爆弾を巻き付けて。直後、この子供は自爆、少なくとも55人が死亡、IS系のジハード組織「イスラム国ホラサン州」が犯行声明を出している。

 イスラム教スンニ派であるISがシーア派を狙うのは、単に宗派対立だけが理由ではない。シーア派住民を混乱させ、タリバンによる支配に不信感を抱かせる事を目的としているのだ。現状、警察組織も国軍も持たないタリバンに、自爆テロを押さえ込む実力はないだろう。いずれトルコか、さもなくば中国辺りに治安部隊の派遣を要請するかも知れない。だがそうなればタリバンの面目は丸潰れだ。今回ようやく奪取した政権も、そう長くは続かないのかも知れない。


 本日はこんなところで。さあて、買い物に行ってくるかな。

 書く方はそこそこ進んでいる。しかし2万文字増やすのはちょっと並大抵ではないようだ。大幅な加筆と改変が必要かも知れない。何とか頑張ってみよう。

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