第501話 2021/2/26 経験とか

 本日は7時起き。体が重い。雨か。さすがの養命酒でも、これはどうにもならなかった模様。まあ今日は特に用事もないしな。ノンビリやるか。


 中学生や高校生になると必ず思う事の1つに、「こんな勉強して人生で何の役に立つんだ」というのがある。おそらくは義務教育という制度が始まってから現在に至るまで、絶えた事のない疑問ではないか。

 大人はしたり顔で「何事も経験だ」「人生に無駄はない」などと言う。しかし実際のところ、「それ単体では役に立たない、活用のしようがない知識や経験」はある。間違いなく沢山ある。ただ、人生は学習なしには語れない。学校を卒業しても、生きている限り何らかの形で学習は続けざるを得ないのだ。そのとき、「どんなジャンルの学習であっても、役に立たない情報は必ず含まれている」という事実を理解しているかどうかで、学習に対する取り組み方が変わるかも知れない。

 さらに言うなら、人生は想定外の連続だ。将来何が起こるかなど、誰にもわからない。学校を卒業してから何十年も使わなかった知識や技術が、ある日突然求められるという事も十分起こりうるのだ。だから知識が多くて損をする事はまずない。学校で学べるモノは学んでおけば、何らかのメリットはあるものなのである。

 また、創作活動をするに当たっては、知識と経験は武器である。知識と経験のあるジャンルとないジャンルとでは、文章の説得力に雲泥の差が出る。学校の勉強をサボるシーンなら誰にでも書けるが、勉強に必死で取り組んで模試で全国1位を取った者の心情を細やかに描ける作家はさほど多くない。どんなに想像力が豊かでも、空想だけでは経験に裏打ちされたリアルさに勝てないからだ。

 たまに「作家は経験した事しか書けないのか」が議論となる事がある。結論から言えば、作家は経験した事しか書けない。と言うと、「じゃあスペースオペラは? 異世界ファンタジーは?」などと突っ込んでくるアホがいるが、そんなもん、経験してるに決まっているではないか。疑似体験という形で。

 もしかしたら頑なに何が何でも疑似体験を経験だとは認めたくない者もいるのかも知れないが、疑似体験は紛う事なき経験である。遠い過去から人類は疑似体験を通じて様々な経験をし、それを己の行動に反映してきた。創作もまたしかり。疑似体験なしに創作など有り得ない。そんな事にすら頭の回らないヤツが想像力万能論を唱えるのだ。想像力さえあれば何でも書けるという連中は、想像力が欠落している。

 閑話休題。ともかく、どんな形であれ知識と経験は創作の糧となる。あって邪魔になる事はない。

 虫けらは大学に行っていない。当時の虫けらは学校という機関に絶望していたし、高校を出た後でさらにまた4年間も学校に行かねばならないなど、どうしても耐えられなかった。しかし、そこまで酷い状態でないのなら、大学には行く価値があると思う。まず第一に、「大学生」という存在が、何を考えどう行動するのかがよくわかる。「大学生も高校生もたいして変わらないぞ」という声もあるかも知れないが、その「変わらない」部分を理解できるかどうかは作品を創る上で大きい。それが理解できないので、虫けらは自作に大学生を登場させる事ができないのだ。創作者を目指すなら、大学に行くのは良い経験値稼ぎになる。もし学問的見地からはたいして意味のない結果に終わったとしても、創作的見地からはとても意味があると言えよう。

 サラリーマン経験を積むのも同様である。毎日満員電車に揺られるのも、仕事帰りに同僚とラーメン屋に寄るのも、上司の前で迂闊な事を言ってにらまれるのも経験である。それは物を書く上で必ず意味を持つ。やっておいて損はないと思う次第。

 さて、サラリーマンを経験した者は世に多いが、めったやたらと経験できない世界もある。国家の中枢で国を動かすとか、本当に限られたごく一部の人間にしか垣間見る事すら許されない。そういう世界を描くというのは、文章書きとしては憧れる。

 アメリカのヒラリー・クリントン元国務長官が、カナダのミステリー作家ルイーズ・ペニー氏と共同執筆で、ホワイトハウスを舞台にした政治スリラーを書いているらしい。凄いよなあ。世界最強の超大国を運営する現場を知っているのだものな。こんなもん、いまの虫けらには逆立ちしたって書けない。

 ただし、このクリントン氏とペニー氏が書いた本を読めば、ある程度は書けるようになるかも知れない。そういう意味で期待しているのだが、実のところペニー氏の著作は日本ではあまり翻訳されていない。この本はどうなのだろう。アメリカでは10月12日発刊らしいが。

 なおヒラリー氏の夫のビル・クリントン元大統領も先般「大統領失踪」というスリラーを書いている。この本は今日買った。何とか時間を見つけて読みたいと思う。


 昨年、隣国アゼルバイジャンとの間に大規模紛争を起こした挙げ句に敗退し、支配下にあったアゼルバイジャン領を奪還されたアルメニアであるが、現在政府と軍との間に緊張が生まれている模様。

 25日、ガスパリャン参謀総長ら軍高官の連名で「アルメニア国民にとって危機的で運命的な現状の中、首相と内閣は今後、適切な決定はできなくなる」(産経新聞)と内閣の総辞職を求める声明が出された。これに対しパシニャン首相は「クーデターの試みだ」と反発、Facebookで参謀総長を解任したと述べると共に、支持者らに集結するよう呼びかけた。

 現時点では衝突など起きていない模様。軍が実力行使に出るのかどうかもまだ不明である。とりあえずミャンマーと同じ事態ではない。

 まあ去年の紛争では、相手側の背後にトルコがついていたとは言え、アルメニアはボコボコにやられてしまったからな。軍部にも国民にも政府に対する相応の不満はあるだろう。アゼルバイジャンが今回の勝利に満足してこれ以上の戦闘を望まないのであればまだしも、まだ火種が残っている状態だ。アルメニア国民の間にはアゼルバイジャンが攻め込んでくるのではないかという恐怖感もあると思われる。混乱はしばらく続くに違いない。


 25日、アメリカ国防総省のカービー報道官は、シリア東部にある親イラン系のカティブ・ヒズボラやカティブ・サイード・シュハダなどイスラム教シーア派武装勢力の複数の施設に対して、アメリカ軍が空爆を実施したと発表した。バイデン政権としては初の軍事行動である。

 これを受けて一部ネットでは「トランプ氏は戦争をしなかったのに」みたいな声が上がっている模様。いやいや、シリアにミサイルぶち込んだのを忘れたのか。確かに本格的な戦争になりそうなところは避けていたものの、軍事力を使わなかった訳ではないし、平和主義者扱いするのはどうよと思うところ。


 本日はこんなところで。昨日は500文字くらいは書けたのかな。一番難しいところは抜けたかも知れない。とりあえずもう一度読み直して、おかしな部分がないか確認しなければ。上がれ~上がれ~調子上がれ~、と祈るばかり。

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